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雪は血を雪ぐ  作者: 結城朱琉
1/3

梅香

神官長・雪水様と真司の出会いだよ(/・ω・)/

帝の気まぐれにて、街の女とできた子供は、皇族からは目の上のたんこぶのような扱いだった。だが、帝は自分の子供だと他の子供たちと等しく扱ってくれた。


その恩は決して忘れぬと心に誓う。



雪水(ゆきみず)様!!」


「なんだ、(べに)


部屋の机にて勉強していると、慌てた様子で召使の(くれない)が部屋にやってきた。


「あぁ、よかった。ここにいらしたのですね。弓道場にいらっしゃらなかったものですから」


「弓はもう終えた」


「流石です。ですが雪水様。私はいつでも見ていられるわけではありませぬ。せめて御影を付けて頂けると助かるのですが」


「御影はいらない。気配がして落ち着かないからな」


御影とは、主を陰ながら守る者で、闇のスペシャリスト。夜は明かりをつけなくても周りが見えるし、動きは素早い。ならず者も御影を見れば逃げるという。気配も当然無いに等しいのだが、その僅かな気をも感知できてしまうのだから仕方ない。


皇居地区という、帝の御膝元にいれば物騒なことはあまりない。故に御影を付けなくとも過ごせていた。


紅はいつもいつも御影を付けろとうるさい。なので、御影がいると落ち着かないと告げれば大抵は引いてくれたのだが、今日は何故か食いついてきた。


「雪水様、そうは仰いますが、貴方様もいずれは帝位を継ぐ御方です。人の気配に慣れて頂かねばなりません」


「私は帝位を継がない。いや、継げないよ。兄様達もいるし、兄様達の子供達も帝位を継ぐ。それが定め。私のところへは回って来ない」


「雪水様・・・。紅はそうは思いませぬ。雪水様は帝位に就かれます。私の目にはそうしか映りませぬ」


「ありがとう、紅」


「・・・ですから、御影を付けてください」


「やだ」


たたたっと遠くから足音が聞こえた。珍しい。庭師がやってくる時間にしては早いし、そもそもこの足音は子供―――――。


「おいっ、お前っ。オレと遊べ!!」


首を傾げると、ギャーーーー!!と紅が叫んで障子を閉めた。紅が子供にどこから入ってきたのを聞いている。


ようやく子供が帰ったのか、紅がようやく部屋に戻ってきた。


「紅、先程の子供は・・・・?」


「雪水様が気に留める必要のない者ですよ。さ、隼う勉強を終わらせてしまいましょう」


そう言って、会話を途切れさせた紅は部屋の隅に座った。



次の日、再び子供がやってきた。


「おい、お前。帝の子供なんだろ?」


「そうですが何か御用でも・・・」


「なら、話は早い。見てほしい」


ぐっと手を捕まれ、眉間に皺を寄せた。


「放してくれませんか?私はまだやることがあるのです」


「いつだ?」


「は?」


「いつ終わる?」


いつと聞かれても困る。時間では決まっていない。


「わからない」


「じゃあ、終わるまで待つ」


「別に構いませんが・・・」


多分紅は許さないだろう。


そう考えて、障子を開けたまま勉強をしていると、襖を開けて入ってきた紅が子供を見て、急いで障子を閉めた。再び外でお説教の声だ。


ようやく説教を終えた紅が部屋に戻ってきた時にチラリと見えた外の世界に、子供はもういなかった。ふと、何を見せたかったのだろう?と思った。


「雪水様。あのような子供を傍に置くのであれば、御影を置いてくださいませ」


「私は別に置いたと思っていない。彼が勝手にそこにいるのだ」


「ならば御影を付けても構いませんね?」


「気が散る」


視線を落とすと、いつもより進行の遅い書物が目に入る。


「・・・雪水様」


「御影は付けない」


「分かりました・・・」


諦めた紅が、お茶を入れ直してきますと襖を開けると、紅の持っていたお盆の上から梅の香りが漂ってきた。


「紅、それは梅昆布茶か?」


「はい」


「冷めても美味しい。それをもらえないだろうか?」


「いえ、冷たいと体に障りますので」


「なんのために弓をやっていると思っている?早く、そのお茶をっ」


まるで我慢の効かなくなった子供のように紅を急かすと、紅は嬉しそうな、懐かしむような、悲しいような、そんな複雑な顔をした。


「わかりました」


スッと差し出される冷たいお茶はそこまで冷たくなく、生温い。だが、梅の香りは鼻をくすぐり、絶妙なしょっぱさと酸味が舌を濡らすと、自然と笑みが零れるのだった。


「美味しい」


「それはようございました。今温かいものを用意してきますのでしっかりと勉強をなさってください」


「わかった」


紅が出て行くと、入れ替わりで掃除が開いた。


「行ったか?」


先程の子供だった。説教されても懲りずに来たらしい。


「君は勉強しなくていいのかい?」


「何のために勉強するんだよ」


「それは、これからのために・・・」


「オレはもっと広い世界を見るんだっ!!だから――――」


スパンと後ろで勢いよく襖が開いた。誰かは言わずとも分かる。


あからさまに、げっ、という顔をした子供は急いで去って行った。


「雪水様っ。あることないこと吹き込まれていないでしょうね!?」


「あることとないこととは?」


「では、何を聞いたのですか?」


「彼が勝手に話し始めたのだ。もっと広い世界を見るのだと。私には関係のないことだが、彼にとって世界は広いのだな」


「雪水様」


「いいのだ。私は外に出られなくても。こうして、紅がいるのだからな」


「雪水様・・・それでも御影の件だけは通していただきますよ?」


「・・・・御影はいらない」


「雪水様・・・・」


困り果てた紅を見て心が痛むが、御影を付けるのだけは嫌だった。全身で闇を表している彼らが正直言って嫌いだ。


「はぁ。わかりました。ですが、何があっても、後悔だけはしないでください」


やけに現実めいた言葉に、ドクドクと胸がざわついたのは何故だろうか。


その日から、紅は御影のことを言わなくなった。なんだか、それが寂しいと思うのは変だろうか。そうしてもう一つ。毎日子供が遊びに来るようになった。どうやらその子供は隣の屋敷に住んでいて、名を真司というそうだ。真を司る。実に良い名だ。


私はいつもより勉強を早く終わらせ、真司の言う、見せたい場所に行くために紅を説得した。渋っていたが、最後には、紅もついて行くという条件で許可してくれた。真司は少々不貞腐れたようだったが、私がいることには変わりないので、了解した。


「こっち、こっち」


早々に門を出て行ってしまった真司の後ろ姿を見て、茫然としてしまった。だって、屋敷の門の外だ。未知の世界だ。その先に何があるのか分からない。知らない。そんな世界に躊躇なく出て行くということは、真司は何度もその世界を見てきたのだろう。


「雪水様。お戻りになられますか?」


ここで戻ったら、真司は拗ねるだろう。いや、怒るかもしれない。けれど、それ以上に、このままではいけないと囁きかける自分がいるのが分かる。


「いや・・・・行く」


「紅がついております」


その言葉がどれだけ私に勇気を与えたか、言葉にできないほどだ。


一歩屋敷の門を過ぎればそこは光り輝く外の世界だ。


「こっち!!」


無邪気に手を振る真司が太陽のように眩しい。


「待って!!」


自然と走り出した。体が勝手に動いたのだ。言葉だって、予想だにしなかった。


走り出す私の後をちゃんと紅がついてきてくれる。だから安心だ。前には道を照らしてくれる真司がいる。だから迷う心配なんかなくて・・・。自然と笑みが浮かんでいた。



着いたのは、梅がたくさん咲いている道だった。香りが途切れずに漂っていて、気持ちを晴れ晴れとしてくれる。


「ここ?」


「ううん。もうちょっと先」


では、前に自分が梅を好きだと言ったのを覚えていてくれたのだろうか。それはそれで嬉しいと思う。


「梅並木って早々ないと思う。桜の方がぱあって咲いてて綺麗だけど、梅は小振りな花が咲くだけだから」


それではなんだか梅が駄目なような言い方ではないか、とムスッとすると、真司は、でも、と続けた。


「オレこの香り好きだなっ。なんだか雪水みたいだ」


バッと自分の顔が赤くなるのが分かる。


「なっ・・・なっ・・・・」


「ふわっ、てさっ。なんか心まですっきりする・・・・大丈夫か?」


心配そうに顔を覗き込んでくる真司に顔を見せまいと必死に手で隠した。


「だっ、大丈夫・・・」


「あっ、ほらもうちょっと!!」


手を引かれ、自然と走り出す。


もうすぐ、もうすぐ、と言われて前を見ると、何もなくなったように空だけが見えて、不安になりそうだった。だけど、真司が手を引いてくれるから、大丈夫だと心からそう思った。


「着いたよ!!」


足が止まる。柵があって、その先は崖だけれど、それに対する恐怖よりも景色の方に私の心は囚われた。


「人が・・・」


街だ。


母が育った場所。父と母が出会った場所。そこは、自分にとってとても大切なところで、今、初めて見たその光景に唖然とすることしかできない。


「なっ!!すごいだろ!!こんなに人がたくさんいるんだ!!それに、オレの父様やお前い父様がこの国を守ってるんだぜ!!カッコイイよな!!」


守る、とは変な言い方だ、と思った。国の外には敵でもいるのだろうか?それに、カッコイイとは?見た目のことだろうか?見た目は他の人達と変わらないと思うのだが。


首を傾げると、真司になんだよと呟かれてしまった。


「やっぱり自分の父様が嫌いか?」


「あ、いや、そういう訳ではない。父上には感謝しきれないほど恩を感じている。私が疑問に思ったのは、真司の言い方だ。国を守るとは・・・敵がどこかにいるのか?カッコイイとは、見た目のことか?見た目ならば周りとそう変わらないと思うのだが・・・」


すると、ぶはっ!!と真司が笑った。


「何を笑っている?」


問いには答えずにただ笑う真司に肩を叩かれた。その力強さに顔を顰めると、私の斜め後ろにいた紅の顔がキツくなったのだろう、真司が私の肩を叩くのをやめた。


「いや、そんなに深く考えなかったからさっ!!」


自分だって、深くは考えていない。けれど、周りからは深く考えているということになるのか?


「べつに敵がいなくたって、皆の平和を守っていく立場につくだけでもすごいと思う。それだけの力と権力がある。見た目がカッコよくなくたって、その人の生き方とかがこう・・・雰囲気になって、滲み出てくるだろ!!カッコイイだろ!!」


つまり、誰かを守れる立場はカッコイイから、その人自体がカッコイイというなんとも子供めいた認識だ、と思ったが、自分も子供なのだそういう考えを持つ立場だ。だが、どうも性に合わないらしい。


「そうか・・・・・。こんなにも、人がいるのだな」


皆を守れるように。自分もそれに近い立場になるだろうから、たくさんの勉強をしなくては。


唯唯街を見つめていると、真司が顔を覗き込んできた。


「なんだ?」


「あ、いや・・・雪水の髪とか、目とか、色が薄いんだなって思って。綺麗だ・・・・」


ぶわわっと顔が熱くなる。


「なっ、なにっ、何言ってっ!!」


「なにって、率直な感想をだなー」


「う、うううるさいっ。紅!!帰るぞ!!」


「あっ、ちょっ、待てよ!!雪っ!!」


雪、と言われ空を見たが、青から朱色に変わっていく、綺麗な夕焼け空。雪など降る気配もない。振り返って、真司を見ると、何故か笑っていて。


「雪って、お前のことだよ!!いいだろ?雪!!」


渾名、というやつだろう。使っているところを初めて見た。


「いいだろ?」


「べつに・・・いいけど・・・」


今日は初めてのことが多すぎる。


「かっ、帰るぞ!!」


「おいっ、そんな急いで帰らなくても・・・」


その後、振り向かずに懸命に足を進めて、来た道を戻っていると、真司も紅も何も言わずについてきてくれた。





なんか・・・。

うん・・・。この二人の子供の頃はきっと天使だったのだろうと想像が・・・。

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