見てたよな?
「それで?」ウエダが言う。「タケノシタの事は?」
驚いて手を止め、ウエダを見つめてしまった。
「だから見んなって」
言うからじゃん!
なぜまたタケノシタ君の事を言う。
「なんで?」と心のままに聞いてしまう。「誰かが何か言ってるの?」
誰かが言ってたとして、なぜ今まであんまり話した事もないウエダが私の好きな人を聞いてくる。
「いや」とウエダが答えた。
「…私…タケノシタ君をメチャクチャ見つめてたり…してないよね?」
してるように見える?絶対誰にもわからないようにやってんのに。
「いや」と答えるウエダ。
ほらね?と思う。「じゃあ、なんでそんな事聞くの?さっきも聞いたよね?」
「メチャクチャには見てねぇけどな」
「…え?」
「でも今日もタケノシタを見てた」
さっきは私に見るなと言ったウエダに見つめられて私は目をそらした。
まずい。
後ろの席にいる人にバレるって、どれだけ露骨に見てるんだろう私。
…いやぁそんなはずないけどな…体ごとタケノシタ君に向いてじっと見つめたりした事なんてない。
タケノシタ君だけじゃない。今までその日の好きな人に設定してきた全ての人を私は、誰かにバレて指摘されるほど見つめた覚えはないと自信を持って言える。
仕方ない…この話はこれであいまいにして、もうプリント綴りも終わるし、さくっと帰ろう。
「でも」とウエダが言うのでビクッとする。
ウエダは続けた。「おかしいんだよな」と私の顔をまっすぐに見て言う。
「昨日はタケノシタじゃなかった。ナカムラだった」
「…」
うわ~~~~と思う。
「そいで一昨日は誰も見てなかった」
ウエダがそう言うので、私はパッと笑顔になってしまう。
やった!一昨日のタケダさんのことはバレてない。そりゃそうだよね!だって女子だし。しかも隣のクラスだし。私だって朝会った後はトイレで見かけたきりだったし。
「でもその前は…」とまだウエダが続けようとするので、急いで、「私、誰もそんな見てないよ?」というのが精一杯だ。ウエダはそれには何の言葉も返さない。
「お前さぁ、あり得ない事に水本の事も…」
またじっと私を見つめるので、バッと目を反らしてしまった。
「まぁいいや」とウエダは言い、作業を続ける。
パチン、と最後のプリントのつづりを止め終えて、「じゃあ、オレが水本んとこ持ってくから」とウエダが言う。
「半分私も持つよ」と言うと、いい、と言われる。
「お前はオレの鞄持ってドアの外で待ってて」
「え?」
「だって一緒に帰るよな?」
「私と!?」
「お前、失礼な驚き方」そう言ってウエダはうれしそうに笑った。そしてホラ、と自分の鞄を私に渡してくる。
もう1回、今度は心の中だけで聞くけど、私と?
ウエダはもう、プリントを持って先に応接室を出ようとするので、私も自分とウエダの鞄を急いで掴むと後を追った。
「ここにいて」と職員控室のドアの前でウエダに言われる。
「…うん」
うん、とは答えたけど、そっとウエダの鞄だけ置いて帰ってしまいたい。
本当にウエダと一緒に帰るのかな…
が、ウエダが控室に入って行くと、その後ろの階段に続く柱のかげからぴょこんと、アキラが顔を出した。
驚いた。
「お疲れ~~」とアキラが言う。
「もしかして待っててくれたの?」
「うん!」とアキラが元気の良い返事をする。
…アキラらしくない。
私たちはお互い都合が合ったら一緒に途中まで帰るけれど、どちらかが委員会とかで用事があったり、急いで帰らないといけない用事があったりしたら、無理をして相手を待ったりはしない。しかもそれをわざわざ言っておかなくても、そうじ終わりに教室にいなかったら、「あ、先に帰ったんだな、」と思ってそれで了承。前もって何か言っておいたりすることもない。
アキラといると本当に楽なのだ。LINEをやってても返事もない時もざらだし、私が返事をしなくても別に何も言われない。これが女子ってなかなか難しい。うちは親が、中学のうちはケイタイを持たさないと決めていて、塾に行く時とか必要な時にだけお母さんのケイタイを貸してもらっていた。中学の時には、私のように持っていない子も3分の1くらいはいたが、持っていた子たちの中には返事がすぐ返って来なくて仲違いなった子もいたし、そうならないために頑張って返事を返してるような子もいた。一度結構派手目の女子が机を倒すくらいのケンカをしていて、その原因がLINEだと聞いた時にはちょっと怖いと思ったのだ。
だからうちの高校には、校内ではケイタイ使用禁止の校則があって、コミュ力のない私は良かったなと思ったのだ。
とにかくそういうわけで、わざわざ私を待っていてくれたアキラは「アキラらしくない」のだった。しかも今日は私がちゃんと「先に帰って」とまで言っておいたのに。
「帰ろ」アキラがニッコリと笑って言った。
なんとなくいつもより可愛い笑顔をわざと作っているような気がする。
「ていうかさぁ」とアキラが付け足す。「ちょっと寄り道、てか結構寄り道だけど、今日うちに寄って帰りなよ」
「アキラのうちに?」
初めてのお誘いだ。帰りに遠回りして本屋や雑貨屋には一緒に寄った事があるけれど、家というのは初めてのお誘いだった。
「昼に持ってきてたサクランボもだけど、地元のお菓子もたくさん送ってきたんだよね。寄って食べてってよ」
ガラッとドアが開いて、ウエダと水本が出て来た。