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もしかしてウエダ?

 職員控室の隣の応接室は3メートル×4メートルくらいの広さ。こげ茶色のテーブルと、それを挟む黒い布張りの、3人掛け用のソファがテーブルを挟んで2客あるだけ。大きな窓と片側の壁にはシャガールの絵、反対側には丸い壁掛け時計がかけてあった。シャガールの絵は大きな魚と赤い鶏が描いてある絵だ。

 水本に「ウエダはカミバヤシの事をジュンて呼ばないの?」って話をされた後、ウエダは何にも答えず、水本の言葉を無視するようにプリントを持って控室を出たので、私も自分の鞄と水本の鞄を持って急いで後を追う。

 チラッと水本を振り向くと、ぬるい笑顔を私たちに向けていた。

 どういう意味?ウエダが私の事を「ジュン」て呼びたいの?…何それ…それか水本がウエダと私を仲良くさせようと思ってんの?それは何のために?

 もしかして、ウエダが「カミバヤシって言いにくい」って言ってたのを聞いてたのかな。



 私はソファに二つの鞄を置き、ウエダは運んできたプリントの束を5つに分けてテーブルに置く。そして私を見て、「オレも呼んでもいいの?」とウエダが言った。

「え?」

結構真面目な顔をして続ける。「名前」

 マジで!?

 え~~…この狭い部屋に二人きりでいきなりそんな事言われても…

 ていうか…ウエダってもしかして…もしかして私の事を…そして6時間目のはじまりに背中を押したのもきっと…



 「嫌なの?」とウエダが返事をしない私にムッとして聞く。「水本はいいけど、オレはダメなの?」

 なんかちょっと…すごくドキドキさせるような言い方…

 でも嫌だよね!担任に呼ばれるのと同クラの男子の一人だけに呼ばれるのとはわけが違う。

 私と同中だった男子だって「カミバヤシ」って呼んでんのに。ウエダだって、急に私の事をそんな風に呼んだらみんなに誤解されるかもしれないのに…

 …誤解…誤解じゃなくてウエダって私の事を…

 いや、そんなはずはない。今日までそんなに話した事もなかったし…あれ?


「ねぇ!前の日直の時は?」

思い付いていきなり聞いたらウエダが驚いた顔をした。

「これ一回目じゃないよね、2回目の日直が廻ってきんだよね?私1回目やってない!」

「今頃!」ウエダが呆れたように言った。

 学校が始まって1週間くらいは対面式や基礎学力判定テストがあったりして日直が設定されていなかったけれど、その後50音順の1番から日直をやったとしたら私は今2回目の日直のはず。それなのに私にとっては今度が初めての日直なのだ。

「お前休んだじゃん」とウエダが言う。

 そうそう…私は学校が始まって10日目くらいに熱が出て休んだ。

「ごめん…その時ウエダ君一人で日直やったの?」

「水本がお前の次の4番のカリヤと順番入れ替えようかって言ったんだけど、オレが一人でやるっつったの。カリヤが替わる気まんまんだったのがすげぇ怖くて。…ああいうの、めんどうくさそうだから」

 ああいうの、っていうのは「カリヤさんみたいな子」って事か?今日も連絡先押し売りされかかってたもんね?



 「結局オレは呼んでもいいの?」

 私の事を?ジュンて?呼ぶの?マジで呼ぶの?

「そんなに言いにくいかな、カミバヤシ」と聞いてみる。

 言いにくいよね?自分でもそう思うんだけど。

 でもカリヤさんとかの前で「ジュン」て呼ばれたらだいぶん、ていうか絶対嫌だな。カリヤさんだけじゃない。まだ入学して1ヶ月ちょっとなのに、結構女子人気の高いウエダに私だけ名前呼びなんかされたら、その女子のみなさんからどんな風に思われるんだろう。ウエダと親しいと思われて、変な感じで嫌われたりしたら嫌だ。

 そんな風に考えながら黙り込んでいたらウエダが言った。

「わかった。じゃあ呼ぶわ」

「マジで!」言ってしまって口を押さえた。

ケラケラとウエダが笑う。「お前おもしろい」

 いやぁ面白いって言われるのは嬉しいけど…



 ノックもなくドアがバッと開いた。

 水本だ。

「ホッチキス渡すの忘れてた」

水本がニヤッと笑う。「悪い。ノックすんの忘れてた。なんか仲良さそうじゃんお前ら。笑い声聞こえた」

 それでもそれ以上私たちに絡むことなく、テーブルにホッチキスを2個と芯の入った小箱を置いて水本はすぐに出ていった。



 「じゃあまず」とウエダが言う。「オレが5枚順番に取って、次、お前取って、それ交互にやって、全部作ってからそろえてホッチキスな」

 私たちはその通りに作業を始める。うちのクラスは36人。二人でやったらそれほど大変な仕事じゃない。



 仕事はたいしたことじゃないんだけど、「ジュン」て呼ぶと言われてから、この狭い空間に二人きりが気まずい。

 1、2、3、4、5、と数えながらプリントを取って、テーブルの端に交互に重ねていく。

 「ウエダ君さぁ」

黙って作業していたらちょっと気まずさが上がってきたのでがんばって話しかけてみる。「アキラと同中なんでしょう?」

「イマイ?」

聞かれてうなずく。

「アキラって中学の時も目立ってた?」

「オレの事、イマイから何か聞いてる?」

 前にウエダの事をどう思うかって聞かれた事があった。その時はアキラがウエダの事を好きなんじゃないかと思ったのだ。今のウエダの聞き方もアキラの事を気にしてるって言い方みたい。

 あぁじゃあもしかしたら、アキラが呼んでるから私の事を「ジュン」て呼びたいとか?

「ううん」と私は答える。「同中だったって事しか聞いてなかった」

 チラッとウエダの顔を伺ったけれど、特に何の表情も浮かべてはいないみたい。


 私が黙ると、ウエダも後は何もしゃべらないので気まずい。

パサッ、トントン、とプリントを揃える音と、パチッ、パチッ、とホッチキスの音。

 ウエダの指、長くて爪も綺麗な形…6時間目の始まりに私の背中を押したのはこの…

「見んな」ウエダが低いテンションで私を注意する。

 え~~~なんか酷い注意された。そこまで見てないし。チラ見だし。

「…ごめん」

 超気まずくなった!




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