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カミバヤシって言いにくい

 手を止めて、振り向いてから返事をした。「はい」

「あぁ悪い、カミバヤシ…カミバヤシって結構言いにくいな。カミバヤシカミバヤシカミバヤシ」

教壇に上がって教卓周りにこちらに近付いてきた水本が、早口言葉の練習のように唱えながら言った。

 まだ掃除場所に移動しない、クラスの半数くらいの子たちが話すのを止めて水本を見る。

「よし、ジュン」結構近付いて来た水本が言った。

え?今名前呼び…?

「カミバヤシって言いにくいから」

水本がニッコリと笑って付け足した。



 ガタンっ!!と強めの、椅子が机にぶつかる音。

 ウエダが立てた音だった。

 水本が言った。「あぁ、じゃあジュンとウエダ。悪いんだけどさ、二人今日残ってくんないかな30分だけ」

 …なんか今絶対クラスの子たちに注目されてる…

 「なんで?」ウエダがムッとした感じで聞く。

担任相手にぞんざい過ぎる言い方だと思ったが、付け足すように呼ばれて仕事を頼まれるのは私だって嫌だと思う。



 いや、その前に。なぜ水本は私を名前で呼ぶ事に決めたんだ?言いにくいからと理由は言ってたし、実際に言いにくいけど。

 私はクラスの中で目立ちもしない、地味すぎもしない、誰からも頼りにされてないけど、誰にもたぶんまだ疎まれてもいなくて、自分で言うのもなんだけどごく普通。アキラと仲が良いと思われてる分ではたぶん、アキラが目立つから見られる部分も多いかもしれないけど、それでも私とアキラはずっと一緒にベタベタした感じで行動してるわけじゃないし、誰も私の方には注目しない。つまり担任から下の名前で呼び捨てで呼ばれるようなキャラではないのだ。



 「名前で呼ばれるの、気持ち悪い?」と水本が聞く。

まぁまぁ気持ち悪いです。

「え~と、まぁあんまり下の名前を呼び捨てで呼ぶ人少ないんで」と答える私。

「でも、担任にジュンちゃんとか、ジュンジュンとか呼ばれたら、そっちの方がキモいよね?」

水本が笑いながら言った。

 ジュンジュンて…今まで誰にも、一回も呼ばれた事はないですけど。超恥ずかしいですけど…


 「あぁでもジュンだけじゃないから」と水本は朗らかに笑いながら言った。「他の呼びにくい苗字のヤツも名前呼びするから大丈夫だから。前さ、受持った子にオオツブライって苗字の男子がいたんだけど、そいつは男子からはオオツブ、女子からはツブツブとかライライとか呼ばれててさ、女子にそう呼ばれても全然嬉しそうじゃなくて、まぁ返事はしてたけど、オレとかがツブツブって呼んだら虫唾走りました、みたいな顔で見て来てさ…ま、いいんだけど。そういうわけで掃除終わったら二人で1年の担任控室に来てよ」

 この、前に受持った生徒まで持ち出した長い説明は、やっぱりこれから「ジュン」て呼びますよ、って事だな?

 水本が笑った。「何でこの二人?みたいな顔してるけど、お前ら明日の日直だから。男子の50音順3番と女子の3番」



 

 「お前、嫌なら断れよ」

水本が行ってしまうとウエダが吐き捨てるように言った。

「でも日直なら仕方ないし」と私は答える。「私別に用事ないから。あ、ウエダ君用事あるなら帰っても…」

「違うって。水本に下の名前で呼ばれんのが」

あぁ、そっちか。「カミバヤシって言いにくいもんね」

 そういや、さっきウエダだってそう言ってた。

「嫌じゃねぇの?」

 ちょっと気持ち悪いかも、とは思うけど嫌ではない。水本は微妙に胡散臭い時もあるけど、適当にきちんとしてて、適当に力を抜いてて、それでもクラスの一人一人をちゃんと見ててくれる先生なんじゃないかと思っている。まだ1カ月しかたってないからわからないけど…でも2回も好きな人に選んだしね。

 「そこまで嫌じゃないよ」と答える。「でもちょっと恥ずかしいかも」

「…へ~」なんとなくムッとした声のウエダ。「じゃあ、掃除がすんだらここな」



 掃除場所の渡り廊下へ急ぎ、15分間掃除をしてまた急いで戻って来たら、約束通りウエダはいたが、ウエダの席の脇にはカリヤさんもいた。

 カリヤさんは髪の長い女子だ。ストレートの髪はシャンプーのモデルのようにサラサラでどちらかというと小柄、顔は普通に可愛い。

 顔は普通に可愛いって、女子が女子にたいして言う時は悪意があるように思われそうだが、例えば目が凄く綺麗、みたいに取り立ててここがすごく他の人より目を引くって所はないけれど、可愛くないわけではない、という…これってやっぱりちょっと悪意あるかな。だってカリヤさん、女子だけの時と男子がいる時とではちょっと声の出し方とかが違うんだもん。しかも女子に人気のある男子とない男子の前での態度の落差が大きい。

 …確実に悪口だな、これ。まぁいいや。



 そのカリヤさんがウエダにメモを渡しているのが見えた。

 おっ!と思う。カリヤさんはたぶん100パー、ウエダの事が好きなのだ。ウエダに話しかける時の態度は極上だから。

 今ウエダの席に、というかその前の私の席に近付くのは気が引ける。カリヤさんはあんまり好きじゃないけど邪魔はしたくない。どうしよう、…あ、メモを見たウエダがカリヤさんに返している。


 めんどくさ…1回トイレにでも行ってみようかな。

「ジュン!」

私を呼んだのはアキラだった。良かった。アキラと喋って間も持たしておこう。

「さっき水本にさぁ…」

アキラが言いかけるが先に言っておかないと…

「アキラ、今日私、水本先生に用事頼まれたんだ。だから先に帰っといてくれる?」

いつも私たちは都合が合えば近くのバス停まで一緒に帰る。

「私も一緒に行ったげよっか?」とアキラが言う。

「ありがと、でも大丈夫。明日の日直だから呼ばれたらしいんだ。ウエダ君と」

「ウエダと?」アキラが声を張ったので残っていた近くの女子の何人かがこちらを見た。

「何でよ?」とアキラは女子の視線なんて気にしないで喋る。「今日の日直ならわかるけど何で明日の日直が呼ばれるの?それにジュン、水本にジュンて呼ばれてなかった?」

アキラは水本を呼び捨てだ。私も心の中では呼び捨てだけど。




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