屋上でお弁当
4時間目は3時間目までよりずっと授業に気が入らなかった。
もちろんウエダのせいだ。
やっぱり私の事、そんなに好きなわけじゃないんじゃん。…いいけど。
じゃあみんなの前で手とかつなぐなっつの。ジュンとか呼ぶなっつの!!
ほんとにもう!誰からも注目されたくないのに。
まぁまぁ明るく、そして楽しい!って思えるような事はそんなになくていいから嫌な事があんまりないように、目立たずごく普通に、普通すぎるくらいに普通に平坦な高校生活を送りたいのに。
そして、そんなこんなで今日は入学して初めて「今日の私の好きな人」設定、4時間目過ぎても出来てないし。朝、水本を選びかけて速攻で止めたから。
…もういいか。また今日もウエダにバレたら嫌だから。
いや、ダメだ!入学当初から続けてたのに、ウエダにバレたくらいで止めるのは負けた気がする。自分から止めるのはいいけど、ウエダのせいで止めるのは嫌だ。だからこの数Ⅰの授業でさっき黒板にスラスラ回答を書いたハヤシ君にしとうこう今日は。
そんな事より…そんな事よりっていうのもアレだけど、お昼ごはんの時、アキラがいつも通り私の所に来てくれるんだろうか。アキラ、来てくれなかったらどうしよう。
4時間目終わりのチャイムにドキッとする。
アキラ、来てくれるかな。
席に座ったまま前の方の席のアキラを見つめる。アキラがゆっくりと立ち上がり、またすぐ椅子に座ってしまった。ヤダ、どうしよう…こっち見てアキラ!こっち!見て!
心の中でそう思ったらアキラがゆっくりとこちらを向いてくれた。でも顔が笑ってない。
私はガタっと立ち上がり、弁当の入っている鞄を持ってすぐにアキラの席に行った。
私から行かなきゃ!今度は私から。
「なんか…ごめん」とアキラに小さい声で言う。「今朝も、昨日も話の途中で。昨日は…せっかく待っててくれたのに」
「ジュン!」アキラが言って私の手を掴んだ。「屋上行こ!」
アキラがぐんぐんと私の手を引いて、廊下を行き階段を上る。3階へ。そして屋上へ。屋上への重たい扉をアキラが押し開けると明るい光だ。
出てすぐ陽の当たっている方へ廻って、壁にもたれるようにして腰をおろし弁当を広げる。
屋上には、見える範囲で後6組くらいグループが来ていた。みんな適度に離れて場所を取り、腰をおろして弁当やパンを食べている。
アキラが何も言わずに食べるので、私も何も言わずに食べる。
太陽は私たちの左斜め後ろの上の方にあって、今日はうっすらとした雲がほんのところどころに浮かぶだけ。いかにも5月らしい柔らかく、でも涼しげに澄んだ空だ。
向こうの第1棟校舎の屋上、2年と3年が入っている校舎なのだけれど、向こうの校舎の屋上は結構出ている人数が多い。
弁当を先に食べ終えたアキラが、袋に弁当箱を仕舞って水筒のお茶を飲んでいる。
コクッ、コクッ、ととてもおいしそう。
「ふん?」と気付いたアキラが言う。「飲む?杏のジャムが入った紅茶だよ。冷たいの」
なんておしゃれな!
ちょっとだけ自分の口を付けた所を指で拭って、私にその直飲みの水筒を渡そうとしながら聞いてくれた。
「私の飲んだ後、嫌?」
「全然嫌じゃないよ!アキラのは嫌じゃない」水筒を受け取りながら言った。
「他の人のは嫌?」
「回し飲み出来る人と出来ない人はいるよ。アキラは誰でも大丈夫?」
「今んとこジュンだけはOK」
「私だけ?」
コクっとアキラの水筒のお茶を飲む。上品な甘酸っぱい、それでも澄んだお茶の味。やっぱりおしゃれな味だ。
「おいしい!なんか…かわいい味」
感想を言って、コクコクっともう少し飲んでアキラに返した。
アキラが水筒を受け取りながら言った。「かわいい味、とか他の女子が言うと、何言ってんだって気になるけど、ジュンが言うと、あ~そうだね~~と思うよ」
「ハハ」と私は笑う。「何それ」
「私はジュンのわざとらしくない所が好き」
「え~~わざとらしい事も言うよ?」
良かったと私は思う。さっきここに来る前、あそこでちゃんとアキラの所へ自分から行くことが出来て良かった。
「ジュン…」
続けて何か言いたげにしてアキラが言わない。
「どうしたの?」
やっぱり昨日の帰りから、アキラはなんか変だ。
「ジュンごめん」とアキラが言う。
「もう!どうしたのアキラ、昨日からちょっと変な感じだよ」と言ってしまう。
「変だよ私」とアキラが言った。「ジュンがウエダに手を繋がれたりするのがすごく許せない」