今日はタケノシタ君
今日私が、なぜタケノシタ君を好きなのかというと、名前は知らないが2組の女子の鞄からはずれた、よくわからないピンク色のバンビっぽいマスコットを拾ってあげた時に、付いたほこりを指で取ってから渡したのを見たからだった。
昨日私が、なぜナカムラ君を好きだったかというと、1時間目の英語の時間にあてられた、ナカムラ君の隣のミネダさんが答えられなかった時に、そっとノートの端に答えを書いて見せてあげていたからだった。
一昨日私が、なぜタケダさんを好きだったかというと…
とまぁこういう風に、私は毎日違う人を好きになる。
今日の私はタケノシタ君が好きなので、朝からちょいちょい隙をついてタケノシタ君をチラ見する。もちろん好きだと思っている事が他の人にばれないように気を付けながら。
なぜならタケノシタ君を好きなのは取りあえず今日だけだから。
今年の3月。
私が高校へ合格が決まった頃、仲のいい従姉妹のチハルちゃんが大学に落ちて浪人生になる事が決まった。
今は5月。
チハルちゃんはゴールデンウィークも帰省せず、隣の県にある予備校の寮に入って必死に勉強していた。
心配したチハルちゃんのお母さんが先日訪ねていって、こっそり写メを撮ってきたのを私やうちのお母さんに見せてくれたが、いつも手入れしていてサラッサラだった肩より少し長い髪を無造作にくくり、しばらくコンタクトに変えていたのにまた眼鏡に戻して、もちろん化粧などする事もなく、今は再び大学受験を目指して頑張っているらしい。
チハルちゃんはセンター試験の少し前に彼氏に振られたのだ。
高2の時に好きでたまらなかった3年の先輩に告り、断られていたにもかかわらず、2度、3度と告り、やっとОKが出たが、先輩はやがて受験であまり会えなくなって最終的に東京の大学へ。遠恋でも心は繋がっているはずが、先輩の気持ちは東京の大学の別な女子にあっと言う間に移っていき、それなら追いかけて行こうと、私から言わせたらひどくみっともない事に同じ大学を受験したがあえなく失敗。結局彼氏とはそれで終了。
チハルちゃんはズタズタのボロボロに失恋して、しばらく自暴自棄の生活を送っていたが、なんとか正気に戻って予備校の入寮期限に間に合ったらしい。
「ジュンちゃん、」と、予備校の寮へ旅立つチハルちゃんは、怖い顔をして私に言った。
「高校の時に彼氏なんかつくったって、その先はほぼうまくいかないんだよ。どっちかが大学行ったらそれで終わり。同学年の彼氏でも同じ大学に行くとは限らないし、高校のうちに他の女子に乗り替えたりして結局は別れる事になるから。結構いたからね、そういうカップル。高校で出来た彼氏とずっと続く人なんて、ほんとにほんのちょっとしかいないんだから。中学の時に彼氏いた子だって、見ててごらん?高校バラバラになってたら、ゴールデンウィークも開けた頃、だいたい自然消滅してるから。それで今度は身近で見つけた彼氏と夏休みに海や山に行くわけだけど、それだって進学したら別れるんだから。ていうか夏休み明けたら別れるんだから」
そうとばかりも限らないと思うけどな…と私は思ったが、傷心のチハルちゃんに異議を唱えるわけにはいかない。取りあえず、うんうんうなずいて聞いた。
まぁでもその前にだ。1回告ってダメだったのに、2回も3回も告って付き合う時点で、当時中学生の私でさえどうかと思っていたのに、それをどうにか付き合う事になって、それでも最終的に相手が大学で別な女子に心変わりしてるにもかかわらず、さらに追いかけて行こうとしていたチハルちゃんのイタさが怖かったわけなんだけど、もちろんそんな事もずっと心に仕舞ったまま、取りあえずうなずいて聞いた。
なぜなら私はチハルちゃんの事が好きだったからだ。
チハルちゃんは私より3つ年上なのに夢見がちだけど、小さい時にもよく遊んでくれたし、可愛いマスコットを作ってくれたり、私が可愛いとほめたワンピースを大切に着て、私の身長に合うようになった頃譲ってくれたり、たくさんマンガや本やCDも貸してくれた。
…あんなにマンガ読んでたら、自分の失恋パターンも絶対読めたはずだと思うのに、と私はそこでまた年下ながら思うのだが、今は一生懸命勉強して今度こそちゃんと自分で選んだ大学に入って欲しい。
そして顔や気安さだけで選ばずに、ずっとチハルちゃんだけを好きでいてくれる男の人と出会って欲しい。
…というようなわけもあり、私は高校では彼氏をつくらない事に決めた。
決めた、とか言ってもモテるわけじゃないから、自分さえ誰かを本当に好きになったりしなければ大丈夫。たぶん本気で好きになったとしても、相手に簡単には振り向いてもらえないと思うから大丈夫。
どっちにしろ大丈夫なんだけど、でも好きな人がいないのもなんか寂しいので、毎日「いいな」と思った人をその日の私の好きな人にする事にしたのだ。その方がなんか…楽しい感じがするから!
乙女だな、私。
あ、タケノシタ君がカナヤにノート借りてる。
休み時間、今日の私が好きなタケノシタ君をチラ見する私。
カナヤというのはタケノシタ君の友達だ。
なんでタケノシタ君は「君呼び」でカナヤは呼び捨てなのかというと、深い意味はない。単なる私の中でのキャラ認識だ。もちろんカナヤの事だって、用事があって実際呼ばなきゃいけない時はちゃんと「カナヤ君」と呼ぶから大丈夫。
あ、カナヤに何か言われてタケノシタ君が笑いながら、借りたノートでカナヤをちょんちょんと小突いてる。「おまえ貸さねぇぞタケ」と言われてまた笑う。タケノシタ君はタケと呼ばれているのだ。
この、毎日好きな人設定を続ける上での一番大切な事は、私がその日の好きな人に選んだ人を、「私の好きな人」だと誰にも悟られない事だ。もちろん本人には絶対悟られてはならない。
だってその日だけ好きな人だから。
同じ人を何回か好きな人に選んだ事もあるし、2日続けて好きになった事もある。女の子や他のクラスの子、先輩や先生を選んだりもした。
朝登校途中出会った、名前もクラスもわからない3年生を好き設定にしてしまった日はつまらなかったな…。朝目撃して好きになったきり、結局その日はまた顔を見る事さえもなく、次の日には顔を忘れて、今でも誰を好きになったのかわからない。
とにかく私が勝手に設定してる、パッと決めた『その日だけの好きな人』だから、細かい事はどうでもいいのだ。
朝いいな、と思っても3時間目くらいで「違った!」と思う事もあるけれど。