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プロローグ





「風は、何処から来ると思う?」

 男の問いに、姿なき者が応えた。それは、笛の音色に似た鳴き声でさえずりながら、気圧の低い方へ緩やかに流れてゆく。

 無抵抗にはためいた白衣が、男の垂れた腕にまとわりつく。男は払おうともせず、屋上へ到る唯一の進入経路である金属の戸へ視線を移す。


「誰だ?」

 白衣の男は、生徒用に加工していない言葉を音声に変換した。

 風が撫でる髪に隠された瞳孔は、先駆的なデザインの眼鏡に乱反射した陽光へ鋭敏に対応して、縮む。


「須賀先生。私です」

 籠った声はそう予告し、続くように、鉄が擦れる音と共に小さな女学生ためらいがちに顔を覗かせる。


「……君か」

 白衣の男――須賀庵理すが いおりは、言って前髪を手で払い。

「今日の講習は終わったはずだが。何か、質問か?」

 滑らかに句を継いだ。


「私が須賀先生に今日したい質問は、講座の後ので全部です」

 受け答えしつつ、背に回した手で進入経路を塞いだ女学生は、頬に流れる黒髪の末端を両手でこめかみに留めた。

 大学生にしては華奢で小さ過ぎる体躯は、今は気にならない。


「疑問の捌け口として先生を選んでくれたのは光栄だ。けど、『今日したい質問』は済んだのだろう? これ以上、先生は君の期待には応えられないと思うが」


「はい。仰りたいことは良く分かります。ただ……」


「ただ?」

 言い憚る女学生に、須賀は声と目で促す。

 女学生は風で暴れる髪を両手で鎮め、

「私は、須賀先生の研究なさっていることに興味があるんです!」

 しっかりと発言した。


「……どこまで知っている?」

 目を細め、白衣に両手を収めた須賀は、重ねて質す。どの範囲まで把促しているんだ? と。


「今朝……」

 女学生は、無垢な黒い瞳を須賀に示し、

「同級の早乙女さんの両親が事故で亡くなりました。それに、何らかの形で須賀先生が関わっている。

……私、分かります」

 言って、一歩ずつ須賀との距離を縮めてゆく。

 呆れたように深く息を吐いた須賀は、風が強いなと笑いながら視線を虚空にさまよわせ、速まる鼓動を律した。


 落ち着いたところで、適度な距離で歩みを止めた女学生へ顔を遣り、

「根拠は? あるんだろうね。楽しみだ」


「ありません」

 須賀の掛けた鎌に即答する女学生。


「……ない?」

 露骨に、須賀は拍子抜けした素振りを見せた。演技だ。

 女学生は、相対して真摯な口振りで、

「ただ、証人はいます」


「証人?」

須賀は鼻で笑った後、

「君は突飛な嘘を考えるね」


「嘘じゃありません!」


 微笑を浮かべる須賀は言葉を被せるように、

「じゃあ、連れてきてくれないか。その証人を」

 追い討ち。


「……………………」

 しばらく、沈黙が時間の経過をうやむやにする。

 風のさえずりのみが場を占有し、天から射す陽光が京都大学の屋上に陰を作る。


「――証人なら、ここにいるぜ」

 青臭い声は、金属の戸から聴こえた。

 素早く視線を飛ばし、沈着としたまま動じない須賀をよそに、「ど、どうして!?」「信じられないっ」と。なぜか混乱しているのは女学生の方だった。


(パフォーマンスか?)

 平常心を屋上から落としてしまったかのように狼狽ろうばいする女学生を横目で観察しながら、須賀は憶測を巡らす。

(――にしては、冗談が過ぎる)


 唯一の出入り口に向かって一歩、須賀が踏み出した刹那。金属の戸が重量感のある音をたてた。

 人物を認識した須賀の表情が一瞬にして曇り、


 ――凍る。


「生きて……いたのか?」


「ああ、風には見放されたけどな」

 戯けた調子は声色にも表れず、少年はあっさり不可解な言葉を口にした。

 眩しそうに彼方を眺める横顔は、暢気のんきに半身が向く方位に帰ってきた。同時に、逆光の覆面は遙か上空に漂泊する雲の気まぐれに従い、少年の顔面から剥がされる。

 学問に従事する者が集う施設とは不釣り合いな面持ちが――


 そこにあった。




 

叙情的に綴られる短いロマン(小説)です。

構成なしの放任執筆ですが、内容には一切手を抜くつもりはありませんので、物語の帰着まで成るように成るであろうと考えても大丈夫です。現在、掛け持ちしているタイトル(作品)についても、成るように成ります。大丈夫です。解釈としては、あっちはドラマでこっちはシネマでしょうか。更新の頻度は、

「慣れ」次第です。

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