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王妃(影)さまはご立腹!?

作者: 竜華零


久しぶりの短編投稿です、どうぞ。


 花萌ゆる都、エディス=ロンネ。

 過去の英雄とその母の名を冠したその都市は、フィルフェ=オラーフ王国の王都である。

 丘の上に建てられた王城を中心に、周囲をいくつかの城壁で囲んだ城塞都市だ。



 そのエディス=ロンネの青空に、淡い桃色や鮮烈な赤色の花弁が無数に散っていた。

 都市の東門から王城まで通じる通じる中央大通り、花弁の雨が祝福するように降り注いでいる。

 それは、通りに詰めかける群衆では無く――2人の男女に向けて与えられているものだった。



「アルフォンソ国王陛下万歳!」

「フィアナ女王陛下万歳!」

「お2人のご成婚1周年を祝して!」



 その2人はまだ青年と少女と言って良い年齢だったが、共に「王」の称号を帯びている者だった。

 そして群衆の中から漏れ聞こえて来る歓声が正しければ、この2人の王は夫婦でもあるらしかった。

 何故、2人の王が国の頂きに立っているのだろうか。

 それは、この王国が……この特殊な「二重王国」が次の「統一王国」への移行期にあるからだった。



「…………」



 190センチはあるだろう長身に、金髪碧眼、鍛え上げられた厚い胸板。

 儀礼用らしき白い軍服を纏っていながらも、その豪胆な雰囲気はまるで衰えていない。

 20歳になったばかりの青年、軍人王「アルフォンソ・デ・フィルフェ」は寡黙なままに豪奢な馬車の上に直立し、通りの両側に詰めかけている群衆を睥睨していた。



 若く雄々しく、王太子に生まれても優秀な軍人でなければ王位継承権を剥奪される国にあって、まさにその方針を体現したような存在だった。

 左胸には過去の戦役で重ねた軍功を現すように、いくつもの勲章が輝いている。



「皆さん、どうもありがとう」



 そしてその隣で、しかし夫と異なり淑やかに馬車の座席に座る少女はにこやかに群衆に手を振っていた。

 腰を過ぎたあたりまで伸びた艶やかな黒髪に、ブルーダイヤのような蒼い瞳。

 柔和に微笑む彼女の姿に、群衆の片方から特に歓声が上がった。



 白い肌を覆うのは、シルクの純白のドレス。

 丁寧に座った彼女の足を包むのは、まるで白百合の花弁のように広がったふわりとしたスカートだ。

 ドレスの各所には生花が飾りとして供えられ、頭上から降り注ぐ桃色と赤色の花弁が合わさると活き活きとした魅力を重ねてくれる。

 手元のレースをそっと押さえながら、「フィアナ・スイ・オラーフ」は手を振り続けている。



「フィルフェ王国に栄光あれ!」

「オラーフ王国に栄えあれ!」

「偉大なる二重王国の未来の王に、祝福あれ!」



 元々、フィルフェとオラーフという二国がこの地域には存在していた。

 この二国は仲が悪く――特に内陸側のオラーフが海への出口を求めて、フィルフェへと幾度も戦争を仕掛けていた――争いが絶えなかったのだが、アルフォンソとフィアナの代になって突然、将来の統合を宣言したのだ。



 若い国王と女王が共に王として立つ移行国家「フィルフェ=オラーフ王国」を建て、2人の王の子供に2つの王位を与えて正式な統一王国を建てる、と言う合意が成立したのである。

 その過程は両国の国民には知られていない、ただ、求め続けた平和の到来に民は熱狂した。

 以来、2人の王の結婚から1年が経ち……実際、両国の間に戦火は無かった。



「…………!」



 両国の民で埋め尽くされた通り、その民の喝采の叫びに応えるように――――アルフォンソ国王が、若き軍人王が右の拳を振り上げた。

 その雄々しい姿に、群衆はさらに叫びを上げた。



「「「永遠なる平和に、祝福あれ!!」」」




 王城までのパレードは続く、まるで永遠に続くかのように。

 わあぁ……と響き続ける、群衆の歓声の中を。


 

  ◆  ◆  ◆



「あー、マジで疲れたわー」



 どさっ、と音を立てて高級木材の肘掛椅子に背中から飛び込んだのは、黒髪の少女だった。

 純白のドレスの裾を鬱陶しそうに摘まんで、気持ち悪そうな顔で離した。

 どうやら、フリル過多のお姫様が着るようなドレスは好みでは無いらしい。



「おいクレール、ぼうっとしてないで早くお茶くらい淹れろよ」

「う、うん。ちょっと待ってて……!」



 少女の声に応じて、豪奢な作りの部屋に圧倒されていたらしい巨漢の青年が慌ただしく動いた。

 壁際のカートから紅茶を淹れるためのセットを取り出し、カップを探してオロオロし始める。

 その手際の悪さに、少女はますます苛立った様子で。



「ああ、もうっ、そこじゃなくて……違う違う、見えてるだろ!? ああ、もう良い、貸せ!」



 ぐっ……前髪を掴んだかと思えば、それを迷うことなく放り投げた。

 するとそれはウィッグか何かだったようで、黒髪の下からは少年のように短い茶色の髪が出て来た。

 瞳の色は流石に自前のようだが、ドレスの長いスカートを邪魔そうに掴んで走る様は、とても王宮育ちのお姫様には見えない。



「ご、ごめんよミシェル」



 プリプリした様子の少女に情けない顔で謝るのは、190センチはあるだろう巨漢の青年だった。

 儀礼用の白い軍服にジャラジャラと勲章をつけているが、とてもそんなに勇敢なようには見えない。

 ミシェルと呼ばれた少女は、苛立たしげに青年――クレールと呼んでいた――に視線を投げると、カートの中からさっさとカップを見つけてしまった。



 そして自分の分だけ紅茶を淹れて、無駄に高級な茶葉の味を味わうこともなく一気に喉に流し込んだ。

 腰に手を当ててングングと紅茶を飲み下すその姿は、たおやかさとは程遠かった。

 そしてそんな彼女達の様子を見ていたのか、誰もいないはずの王城の最奥――国王夫婦の私室――に、クスクスという笑い声が響いた。



「まぁ、見てアル。ミシェルったらクレールにイジワルしてるわ、何故かしら?」

「そうだねフィー、きっとミシェルはクレールに素直になれないだけなんだよ」



 そんな声が聞こえて来て……ミシェルは、さらに「イラッ」とした表情を浮かべた。

 空になったカップの取っ手に指を通して、クルクルと行儀悪く回しながらそちらをジト目で見る。

 そちらにはテラスがあり、豊かな陽光に照らされたそこはお茶をするのに最適で。



 そこには、ミシェルとクレールの雇い主と言う名の牢屋番がいる。

 1人は、金髪碧眼の青年。

 そして今1人は、黒髪蒼目の少女。

 2人は小さなテーブルの上にお茶とお茶菓子を並べて、いわゆる「食べさせあいっこ」をしている所だった。



「さぁ、僕の可愛いフィー。その可憐な小さな唇を開けておくれ、ケーキを食べさせてあげられないよ」

「やん、そんなに大きな欠片は食べられません」

「困ったな、じゃあどうすれば良いんだい?」

「しょうの無い人。相手に食べさせる時は、自分のお口に入るかを確かめてからでしょう?」

「ああ、そうだったね。僕としたことが、はは、失敗してしまったよ」

「うふふ、可愛い人」



 などと言う会話を繰り広げて、食べさせ合う気があるのかと言いたくなるような距離で囁き合っている。

 なにしろこの2人は新婚だ、仕方が無い部分もあるのだろう。

 そう思ってミシェルは納得しようとした、しかし食べさせ合いから口移しに行くんじゃないかと言う段階で我慢の限界に達した。



「どぅえあああああああああああっ!」

「み、ミシェル、ミシェルッ、落ち着いて!?」

「くっそ畜生、今すぐぶっ殺す! アイツらマジでぶっ殺す!」



 思う様にテーブルをひっくり返しに行こうとしたミシェルを、クレールが羽交い締めにして止める。

 見た目は屈強な青年であり、少女であるミシェルを押さえることなど造作も無い。

 が、ミシェルの暴れ様も尋常では無く。



「まぁ、見てアル。ミシェルが怒っているわ、どうしたのかしら?」

「そうだねフィー、きっと虫の居所が悪いんだろう」

「てめぇらのせいだろぉおおおおおおおおおおお!?」



 ミシェルの絶叫が、部屋に響き渡った。



  ◆  ◆  ◆



 ぜぇ、ぜぇ……と息を吐きながら、ミシェルは肘掛椅子の肘かけ部分に額を押し付けるようにして床に座り込んでいた。

 その視線の先では、彼女の雇い主2人が変わらずお茶を続けている。



(畜生、いつかマジでぶっ殺してやる……)



 彼女のそんな物騒な意思のこめられた視線の先にいるのは、この国の2人の王であった。

 「本物」の、王である。

 ただし、先程までのパレードにはこの2人は参加していない。

 参加していたのは、馬車に乗って民衆に姿を見せていたのはミシェルとクレールだった。



 影武者、と言う役職がある。

 暗殺などの危険から王を遠ざけるため、王の代わりを務める者達の総称だ。

 ミシェルとクレールが、まさにそれだった。

 本来は王家とは縁もゆかりも無い2人だが、「王に似てる」「女王に似てる」と言う理由で1年ほど前に連れてこられたのだ。



「それでも、まぁ、給料も良いから我慢しようと思った時期が私にもあった……」

「み、ミシェル、誰に言ってるの?」

「うっせぇ! てめぇはてめぇで常にドモりながら話しやがって、イライラすんなぁもう!!」



 王家とは無縁の生活をしてきた自分、それを無理矢理連れて来て王族らしい礼儀作法やら何やら、そして表では好きでも何でもない青年と夫婦を演じなければならない。

 しかしそれでも危険なだけに給料は破格、だからミシェルも納得しようとした時期があった。



 だが、だがしかし、雇い主である本物の王様夫婦は普通では無かった。

 実務については流石に2人でやるようだが、それ以外の儀礼的な式典や行為、そしてまさかの位の高い人々との歓談から何から何まで、「王の仕事」のほとんどを影武者の2人に丸投げしているのである。

 そして、自分達は何をしているのかと言うと。



「ああ、愛してるわアル。この気持ち、もうどうしたら良いのかしら……」

「そうだねフィー、じゃあ2人で詩を書こう。2人だけの愛の詩を」

「アル……」

「フィー」

「どぅえああぁ……もうマジで殺してぇよコイツらああぁ……!」

「ミシェル、ミシェル! 床の上でゴロゴロしたらドレスが汚れちゃうよ!?」



 そう、何もせずにイチャついているのである。

 理由を聞けばこの2人、「2人きりの時間を増やしたいから」などと言う理由で影武者を探していたのだと言う。

 そんな馬鹿な理由で働かされるミシェルとしては、もう、それこそ「この気持ち、どうしたら良いの」状態であった。



 しかし、である。

 影武者故、そして王様夫婦の意思もあって、ミシェルはこうして2人の傍近くにまで来れるのだ。

 どうしてなのかは知らないが、とにかくそうなっている。

 それはつまり、言葉の通りに殺すことも不可能ではないのだ。

 だが、今の所ミシェルはそれを実行するつもりは無い。



「愛しているよフィー、この小さな手をけして離さない」

「私もよアル、誰にも貴方を渡さないわ」



 この2人は、お互いが互いの傍にいるためにあらゆる手段を使ったからだ。

 そもそもの出会いは、戦争中に何度かあった休戦協定締結を記念するパーティーだったと聞いている。

 そこで出会った2人は、あっという間に恋に落ちたそうだ。

 ただそうは言っても敵対国の王族同士、結ばれることなどあり得ない。



 そこで2人は約束を交わした、「王となり、互いを結婚相手に望もう」と。



 例えばアルフォンソには、王たる父と上位の継承権を持つ3人の兄がいた。

 そしてその全員が、オラーフ王国との戦役で戦死した。

 例えばフィアナには、男系の上位者はいなかったが、隣国の王と結ばれ得る姉姫が4人いた。

 そしてその全員が、過去2年の間に全て病死・事故死した。

 国民には知られていない、だが全て2人の策謀による物だとミシェルとクレールだけが知っている。



(よくやるよ、ほんと……)



 アルフォンソがフィアナに誰がどこの戦場に行くのか伝え、フィアナが軍情報部を掌握してそこへ兵力を集中させたり。

 あるいは前線の慰問に訪れるフィアナの姉がいれば、その情報をアルフォンソを経由して国境の盗賊団に伝え、襲わせたり。

 そうして1人ずつ、1人ずつ……邪魔者を消していった。



 まさに極悪、凶悪にして非道の行いだった。

 父を、兄を、姉を殺して王になり、そして結ばれるために、想いを遂げるために。

 さらにタチが悪いのは、戦争に嫌気がさしていた民衆心理と上手く合わせた所だろう。

 先程のパレードでも、とにかく平和をもたらした2人は民衆に支持されているのだから。

 今も、本当にミシェルが殺そうとするなら……互いを守るために、2人は容赦なくミシェルを殺すだろう。



「まぁ、それはそれとして……こんな労働格差があって良いのか畜生――――!」



 2人がイチャつく時間を作るためにあくせく働く、それってどうなのと思うミシェルだった。

 そこでふと、本物の女王であるフィアナが思い出したようにミシェルを見た。



「ああ、そうそう。ねぇミシェル、さっきのパレードは素敵だったわね」

「あ? 何だよ見てたのかよ、趣味悪いなオイ」

「ええ、何と言うか……」



 そこで、フィアナはうふふと微笑んで。



「まるで、本当の夫婦みたいだったわ♪」



 本当に楽しそうに言ったその言葉を、ミシェルは反芻する。

 そして顔を上げれば、どこか恥ずかしそうに身を竦めているクレールがいる。

 意味を理解して数秒、ミシェルから何かがキレる音が聞こえた。



「てめぇらのためにやってんのに、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞコルァ――――ッッ!!」

「み、ミシェル、ミシェル、落ち着いて!?」

「私に触んなぁ――――ッッ!!」



 クレールの顔面に、スカートにも関わらず見事なハイキックを叩き込むミシェル。

 その様子を微笑ましそうに見つめながら、フィアナは最愛の夫の手をとって。



「ねぇアル。いっそ2人のためにもう一度結婚式を挙げてみるのはどうかしら?」

「ああ、フィーの可憐な花嫁衣装を見れるなら、それも良いかもね」

「ぬぅあ――――――――ッッ!!」

「ミシェルってばぁっっ!」



 花萌ゆる都、エディス=ロンネ。

 過去の英雄とその母の名を冠したその都市は、フィルフェ=オラーフ王国の王都である。

 長い戦争の後の平和、幸いの花が咲き誇るその場所で。



 1人の少女の怒声が、今日も元気に響き渡っていた。

 ――――それもまた、一つの幸いであろう。




ビ○ンズ文庫とかを読んでちょっと勉強、難しいですねこう言うの。

今回は特に発展性は無くて、もし連載するとしたらこんなプロローグかな、と言う感覚で書いてみました。

でもこれ、連載するとどう考えても影武者の2人が苦労するんですよね。


では、またどこかでお会いしましょう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です^^ 影武者と本人のお話とはまた斬新な・・・ というかミシェルのキャラが大好物すぎてはまりました(笑) ハーメルンでの執筆もあると思うので無理せず頑張ってください^^ …
[良い点] サクッと読めて内容も面白いです! 短い文章でこの表現力はヤバいですね
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