プロローグ~騎士の夢~
火の壁が目前まで迫っていた。
「ここは食い止めます!お逃げ下さい!姫!」
切迫した声。続いて剣や槍を打ちつけあう音、叫び声が交差する。
「国の、滅びなのです。どうして私だけが逃げられましょう」
「しかしっ…!」
鎧を付け、血に濡れた大剣に寄りかかった男と、華美なドレスを着た少女とか向かい合っている。
火と、血と、死に包まれ、今にも崩れかかった宮殿の中で、汚れ一つない少女の姿は現実味を欠いていて、その声は魔法のようによく通った。
「国があってこその姫なのです。もはやそれはありません。私の居るべき場所は、もう地上にはありません」
少女は困ったような笑みを浮かべて言った。その顔は、死を決意するにはあまりに幼く、はっとするほど美しかった。
こんな悲しい笑みがあっていいのか。たった17歳の少女に、何がこんなことを言わせるのか。
男の抱えた行き場のない怒りは、その矛先を静かに定めた。己の無力さと、眼前の敵。
「私が、なんとしてもあなたを助けます!例えこの剣を、何万もの血で染めようとっ…!」
「皇族直属近衛騎士デイノ」
激情にかられ、燃えさかるような男の声を、突き放すようにして冷ややかな声が遮った。
「あなたの騎士としての命を、今をもって解きます。今まで、ありがとう」
破裂音。
落下してきた宮殿の破片。二人を裂いた。
「姫っ…!」
さようなら。私の騎士様…
最後の一言は、声にならず、業火の中に消えた。