純水
はじめまして愚図で愚鈍な高校生です。
読みにくいうえわけの解らない話でしょうが、お付き合いください。それほどでもありませんが一部語句的に性表現をしています。
至らぬ箇所等ありましたら遠慮なくおっしゃって下さい。
窒息死って苦しいんだろうね。少女は言いながら、ペットボトルの水を飲んだ。空色は水色からぼやけた紫、藍色へ変わり午後八時を回るととうとう夜らしい景色が窺える。頭上には、どうあっても人や鳥や食器なんかには見えようも無い何年も何十年も前の光が瞬いていて、月は街灯には負けるがそれでも横の少女のあどけない口許が見えるぐらいには道を照らしてくれている。俺達は先程、折角泊まりがけで遊べるのだからと映画のディスクを借りて来たばかりで、窒息死なんて言葉は想像もしていなかった。もしかしたらパッケージやレンタルショップの店内のどこかにその言葉或いはそれを連想させるものがあったのかも知れない。何を言っているんだと素直に聞けば彼女は普段より幾許か大人びた、低い声で短く答えた。
「同意を、求めてるの」
夜だから眠気のせいでけだるいのか、掠れた声がやけに色っぽい。この様子では徹夜など出来ないだろうと俺は思いつつ彼女の手からペットボトルを奪い取ると、あっと子供っぽい声が驚きを表現した。ぐいと一口流し込む。
「窒息した覚えはねえよ」
ペットボトルを彼女の手に戻す。如何にも少女らしく下唇を突き出した彼女は、家族にしてはお互いを知らなさすぎて、親友にしてはあまりに幼くて、恋人にするには少しばかり近すぎる。
俺は今この自動販売機の前で酸素に困らず生きているわけだか窒、息死などしているわけもないだろう、そう言うと彼女は頷いて、どうしてだろう、と小さく呟いた。どうしてこんな事を聞いたのだろう、そんなことを俺が知っているはずもない。言えば彼女は、少しばかり残念そうに、顔を俯かせて、そうだね、と呟いた。僅かに胸が痛むのは、俺が今嘘をついたからだろうか、窒息だけなら経験は無きにしもあらず、ただそれは彼女に言いたくない事であり、思い出すのも気が引ける。若い餓鬼には余裕なんてない、お前にぶつけるわけにはいかない欲望を他人に向けました、だなんてそんな事を言う事が許されるわけがないだろう。暫くしてから、それもそっか、と力無く返した少女の指と俺の指が自然と絡められるのがおかしくて、仕方がなかった。くだらない仲良しごっこはいつ終わるのだろう。
温い関係に疲れてきた、だからきっとお互いに妙な夢を見るんだ、例えばあいつを食べる夢、俺に食べられる夢とか、あほらしい独占欲は、性欲とはなかなか結び付かないプラトニックラブとかいうふざけたもの。羨ましいと彼奴は言って笑った。ぬるま湯で半身浴してみたらどうだ体に良いらしい、そう宣うので、こちとらぬるま湯に頭まで浸かってるんだよと言い捨てると、そのまま溺れて死んじまえと来たもんだ。そうできる素直さがあれば苦労はしない。
「帰ったら何しよっか」
「映画、見んだろ」
「うん。それでゲームして、寝ちゃうの勿体ないから、何がいいかなあ」遠足の前の子供の様に期待を胸にする少女は俺の手を離して少し前に駆けていく。俺が追い付くとまた少し進んで、また俺を待つ、それを繰り返した。何をしようかとまた、問い掛ける。
「セックスでもするか」
その言葉の何割が冗談のつもりなのかは、言った俺自身にも解らなかった、しかし少女は、暫し瞼を伏せて俺を見る。彼女はきっと総てが本気でないことも、総てが冗談で無いこともわかっているのだろう、彼女だって俺と同じ様に、お互いの関係をどう口にすることも出来ないのだから。やがて彼女は口を開いた。ああこいつはどれが本物なのだろう。あの姦しい子供と、穏やかな女学生と、冷ややかな女性と、どれでもないこいつ。達観した思考で話を進めるこれは、果たして俺の知る少女なのか。どれも似ていて純粋で、けれどそれはきっと彼女の感情そのものだ。起伏が激しくて、けれど極めて単純。
「したいならするけれど、あなたはそれで後悔するでしょう? 馬鹿みたいに嘆くでしょう? あなたは愚かだから、きっと、ううん絶対、そうなるよ。それを受け入れるわたしも、大概頭がおかしいね。あなたとわたしは、恋人でも友達でも家族でも他人でもセックスフレンドでもないから、要するに禁欲的な付き合いをしているの。あなたが自慰行為でわたしを汚しただなんて思ったりするのはどうだっていいけど、わたしに突っ込んでわたしを傷付けた、だなんてふざけた自己嫌悪に陥るのは頂けないなあ」
自分自身を頭がおかしいと言える度胸には感服せざるをえない、がしかし、人を簡単に馬鹿にした言葉は気にかかった。そもそも俺はお前をオカズにオナニーした覚えはありません、けして、実行はしていない。それを知ってか知らないでか、それともこの先の可能性を述べたのか、それでもにこりと笑って先程のおおよそ少女らしくない口ぶりで告げた言葉は正論だった、と認めざるを得ない。俺は彼女の目の前に立って、溜め息を吐く。すると彼女は唇を尖らせて、何その態度、と抗議した。
「しねえよ、萎えた」
きっと俺はこの先、彼女が先程の様な無感情の面を見せる間は彼女に手など出せないだろう。いちいちあの確認作業が入るのか、行為中にも何か宣うのではないかと気掛かりで、仕方が無い。ふうん、と特に何を考えるでもなく彼女は相槌を打って、俺の手を取った。春先の生暖かい夜風の中で、彼女の手が一際温度を持っている。俺の体温が低いだけなのかも知れないが、とにかく彼女から分け与えられる体温がひどく心地好くて、怖いくらいだった。
「テレビ見ようよ。わたし、あんまり深夜番組って見たことが無いんだ」
「あー、ガキは寝ろっつの」
「やだよせっかく貴方が休みだから」沢山遊びたいの、と言いかけた彼女がくしゃみをする。ああ早く帰りたい、わたし結構薄着なんだよ、と俺にぴったりくっついて暖をとろうとするも、俺の低体温がお気に召さなかったようで、するりと離れていった。少し落胆してしまう思考回路に、自分で驚く。
彼女の言いたい事は理解しているし、同意もする。俺と彼女は良く会うし連絡もしょっちゅう交わしているのだが、こうやって丸一日お互いが暇であることなど、殆ど無い。学生の彼女は、土曜の午後と日曜は大抵暇であるがしかし、俺はどうしたって仕事やら私事やらに追われる身分である。彼女はそれに些か不満を見せながらも、最後には決まって、仕方ないね、と許すのだった。それが俺は気に入らない。だって、なあ、大人は我が儘を聞くのが嬉しいときだってあるんだ。言うと彼女は、子供あつかいしないで、わたしはあなたが仕事で忙しくて会えないってわたしに電話してくるの、嫌いじゃないんだから、などと言うのだ。我が儘とは違うが似たようなものなのだろうと、俺はその時彼女の頭を撫でた。
彼女が空を見上げている。足は多少よろめきながらも確かに前に進んでいたが、目線は空へと投げられていた。
「オリオン座、が」随分と見にくい位置にあるなあと彼女は残念がるでもなくただぽとりと呟いた。小学校の理科で初めて覚えた星座だ。あれが人だなんて馬鹿らしい、そう俺はいつもどおり言ったが、彼女は、わたしは好きだよ、とだけ言って空を見る。空は平面で何も無いように見えても、実際は立体で、確かに星という物質が存在している。本当はそれぞれ遠く離れた星を人間が多大な妄想とミトコンドリア一つほどの閃きで繋いでしまったわけだが、それを立体で見たら酷いことになるんだろうと俺はさして面白くも無いことを思って、彼女に帰るぞと声を駆けた。俺は脇に抱えていたレンタルショップの袋を右手の指先で摘んで、左手で手招きをする。彼女は躊躇うように踵を浮かせたが、俺がふと笑ってやると如何にも少女らしく笑って見せる。「うん」
そうして俺達はまた性懲りもなく、手を繋ぐのだ。
彼女は躊躇うように踵を浮かせたが、俺がふと笑ってやると如何にも少女らしく笑って見せる。「うん」
そうして俺達はまた性懲りもなく、手を繋ぐのだ。
お付き合いくださりありがとうございました。
また次があれば、これよりもお気に召して頂けるようなものにするつもりですのでよろしくお願いします。
駄文失礼しました。