第六話:会長の三つ編みと、運命が繋ぐ赤糸
屋上からの緊急帰還
僕は屋上からテレポートで教室に戻った。女子生徒たちの視線は、まだ屋上の破れた旗に集中している。僕の能力は、逃走に成功しただけでなく、「僕が屋上から一瞬で教室に戻る」という現象さえも、周囲の生徒に「最初から教室にいた」という風に認識させていた。
「神代。運命操作は遊びではない」
佐倉は僕の席で、静かに抹茶味のプロテインバーをかじっていた。
「遊びじゃないさ。だが、僕の能力は今、『僕が最も心地よい状況』を作り出すことに特化しているようだ。そして僕の脳は、ハーレム状況が最も心地よいと判断した」
その時、教室のドアが勢いよく開いた。
「神代悠真! 貴方、ちょっと来なさい!」
そこに立っていたのは、いつものキリッとしたポニーテールではなく、完璧な三つ編みになった月島恵那生徒会長だった。
「会長! その髪型……すごく似合っています!」
僕は思わず正直な感想を口にした。
「褒めている場合ではないわ! 私の髪は、一瞬で、まるで誰かに編まれたかのように、この状態になったのよ! しかも、この結び目の精巧さは、普通の人間には不可能なレベルよ!」
会長は三つ編みの毛先を指差した。僕の因果律操作は、最高の仕上がりを追求したらしい。
「何か、貴方と佐倉くんがコソコソしていたことと関係があるのでしょう! 貴方たちが私の髪に触れることなど、ありえないはずなのに!」
「会長、落ち着いてください。その三つ編みは、会長の潜在意識が求めた理想の髪型が、今日という奇跡的な気象条件と、校舎の古い構造が起こした物理的な共振によって、偶然実現したものです」
佐倉が、顔色一つ変えずに、超能力級の嘘を会長に叩き込んだ。
月島会長はハッとしたように三つ編みを触った。
「私の……理想の髪型? ……確かに、幼い頃、一度だけ憧れたことが……。そうか、物理的な共振……」
月島会長は完璧な論理に弱い。僕の能力は、彼女の心の隙を突いた**「もっと可愛くなりたい」**という微かな願望を増幅させたのだ。
「フフ。さすが神代くん。貴方の周りは本当に興味深い現象が起こるわね。この三つ編み、しばらく観察のために維持するわ」
月島会長は僕に視線を向け、微笑んだ。能力の暴走は、見事、会長との親密な交流という形で処理された。
新ヒロインと運命の赤い糸
次の試練は、放課後の校内だった。僕は佐倉の指示で、まだ解析しきれていない焦げ付いた紙片の残留思念を読み取るため、人気の少ない中庭を歩いていた。
すると、中庭の噴水の前で、一人の女子生徒が立ち尽くしているのを見つけた。
彼女は、僕たちの学校とは違う制服を着ていた。長く黒い髪に、どこか儚げな雰囲気をまとっている。この学校の生徒ではない。
「あの……どうかしましたか?」
僕が声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
「ええ。実は、運命の赤い糸を探しているんです」
彼女は、隣の女子高の生徒会長・天音 結衣**だった。
「運命の……赤い糸?」
「はい。私は、『視える』んです。人々を繋ぐ、非常に細い、運命の糸が。でも、今日、どうしても探し当てたい、たった一本の、極太で燃えるように赤い糸が、この学校にあると分かったんです」
天音会長は、僕を一瞥し、そして僕の左手の小指を指差した。
「ああ、見つけました。この糸です。あなた、あなたこそが、その『運命の糸の持ち主』ですね」
彼女の言う「運命の糸」は、僕の因果律操作のエネルギーラインのことだろう。僕の能力が、彼女には「赤い糸」として見えているのだ。
僕は慌てて否定した。
「いや、僕の小指には何も……」
「いいえ。この糸は、この噴水のすぐ後ろにある、あの木に繋がっています」
天音会長が指差した木は、校庭の隅に立つ、ただの古木だ。
「貴方の糸は、その木にしっかりと結ばれています。そして、その木の反対側の枝から、もう一本、別の細い糸が伸びている。その糸の先にいるのが、きっと私にとって、最も重要な人です」
彼女の言う「運命の糸」の先にあるのは、僕の力の秘密を探る佐倉か、それとも過去の超能力者か。
その時、校舎の二階の窓から、突然、和泉咲が顔を出した。
「神代くん! 中庭にいたのね! 佐倉くんが、神代くんが新しいカメの世話係になったって言ってたから、餌の用意を……」
和泉は、噴水の前に見慣れない女子高生がいることに気づき、言葉を詰まらせた。
天音会長は、和泉を凝視した。
「え? あの……」
和泉の小指と、天音会長の小指が、かすかに震えているのが見えた。そして、僕の増幅されたサイコメトリーが、驚くべき情報を伝えてきた。
『親友』『最高の相性』『魂の結びつき』
天音会長が探していた「もう一本の糸」の先は、和泉咲だったのだ。僕の因果律操作が生み出した「最強の縁」が、和泉と、隣の学校の会長を結びつけてしまった。
「ああ、違いました。貴方(神代)は、『運命を結びつけるための結び目』だったのですね!」
天音会長は、目を輝かせ、和泉に向かって駆け出した。和泉も、見知らぬ人なのに懐かしいような表情で、会長を迎え入れた。
僕の最強の超能力は、「ヒロイン同士を結びつける運命の仲人」という、さらに収拾のつかない役割を与えられたのだった。
神代悠真です。もはや僕の立場が分かりません。
月島会長は三つ編みになって喜んでくれた。これは良かった。
でも、隣の女子高の生徒会長まで現れて、僕の能力を「運命の赤い糸」呼ばわりし、その糸のもう一方が和泉咲に繋がっているなんて。僕のハーレム構築は、「ヒロイン同士の仲を取り持つ」という、斜め上の展開を見せ始めました。
佐倉め。カメの世話係になったなんて、嘘をつきやがって。僕の能力は、嘘を真実に変えてしまう。明日から本当にカメの世話をすることになるのか?
僕の能力が世界を支配するのではなく、僕の高校生活をハーレムで支配するという、この現象。もう誰も僕を止められません。
次は、僕が繋いでしまった和泉と天音会長のいちゃいちゃに、僕自身がどう巻き込まれるのか。そして、僕のクラスにいる残りの九十八人のヒロインたちは、どんな手段で僕に迫ってくるのか。
とにかく、僕は「凡人」を演じ続けます。この制御不能な運命改変装置を使いこなしながら。
神代悠真




