第五話:百花繚乱の受難と、運命操作の限界
最強の能力と、百人の好意の波
次の日の朝。僕の高校の校門をくぐった瞬間、異変を感じた。
(なんだ、この膨大なエネルギーの残滓は?)
僕のサイコメトリーと因果律計算が、オーバーヒート寸前で警告を鳴らしている。
それは、特定の誰かからではない。校内にいる、推定百名以上の女子生徒から発せられる、強烈な「好意」のエネルギーだった。
昨日の因果律操作、特に月島会長と和泉との件が、校内の女子生徒たちの「神代悠真に対する好感度」を、無差別に引き上げるという最悪の結果を招いたのだ。
「神代先輩! これ、お弁当です!」
「悠真くん、昨日落としたハンカチ、私が洗いました!」
「ユウマっち! クラスで今日誕生日の子がいて、お祝いメッセージお願いします!」
校門から昇降口までのわずか十メートルを歩く間に、僕は三人の女子生徒に囲まれた。
一人は、陸上部のエース・高橋。もう一人は、一年生のアイドル的な存在・佐藤。そして、三年生の軽音部のボーカル・田中。
僕の周りには、すでに三十名近い女子生徒たちが集まっていた。彼女たち一人ひとりが、僕の能力を暴走させる可能性を秘めた、生きた地雷だ。
(まずい! このままでは、登校中に僕の力が暴走し、全校生徒の体操服がピンク色に変わってしまう!)
僕は即座に因果律操作を発動させた。
目的: この場に集まった女子生徒の注意を、僕以外の別の場所に、ごく自然な理由で向けさせる。
操作: 校舎の屋上にある、一年以上誰も見ていない気象観測用の旗が、今、強風で破れる確率を九九・九九九パーセントに引き上げる。
『バタバタッ!』
屋上から、布が激しく裂ける音が響いた。
「あ! 旗が破れた! 誰か先生に知らせなきゃ!」
「どうしよう、あれ学校のシンボルだったのに!」
女子生徒たちの興味は一瞬で旗の破裂に移り、彼女たちは騒ぎながら先生の元へ向かった。
僕は冷や汗を拭い、危機を回避した。だが、残されたエネルギーの残滓は、僕がこの学校の女子生徒全員の関心を引く、カリスマ的存在になってしまったことを示していた。
佐倉の新たな指令と、購買部のハーレム
教室に入ると、佐倉が静かに僕を待っていた。
「神代。報告がある」
佐倉は僕の机に、焦げ付いた紙片の分析結果を記したメモを置いた。
「過去の男は、彼の『女神』に触れるために、世界中の物質の硬度を操作しようとした。そして、失敗した。君も同じ轍を踏んでいる」
「踏んでない。僕は朝から三十人の女子生徒の相手をしていたんだ」
「それこそが問題だ。君の無意識の因果律操作が、君に好意を持つ女子生徒を呼び寄せる引力に変わっている。これ以上悪化させないために、新しい課題だ」
佐倉が指差したのは、購買部だった。
「昼休み、購買部のレジ係の女子生徒を助けろ。彼女は君の能力によって『パンを完売させる運命』を背負わされた。彼女の運命を、『パンをちょうどよく残す運命』に修正しろ」
購買部のレジ係は、常に笑顔を絶やさない三年生・篠原。彼女もまた、僕に好意を持っているヒロインの一人だ。
昼休み。購買部は戦場と化していた。パンは飛ぶように売れていく。
「篠原先輩、カレーパンありますか!?」
「ごめんなさい、完売よ!」
篠原先輩は、疲れながらも最高の笑顔を振りまいていた。
僕はレジの横に立ち、再び因果律操作を発動した。
目的: パンの売れ行きを緩やかにする。ただし、不自然ではない理由で。
操作: 購買部のレジの電子決済端末が、特定の二桁の番号(二七)を入力したときに、偶然フリーズする確率を五〇パーセントに設定する。
『ピッ』
「あれ? 端末が動かない!」
「ちょっと待って、私、今、二七番って言ったのに!」
端末がフリーズしたことで、購買部の行列は一気にストップした。パンの販売速度は激減。
「ごめんね、神代くん! 私がちょっと操作を間違えたみたい!」
篠原先輩は僕に謝りながら、僕の腕を軽く叩いた。その瞬間、僕の力は再び暴走し、彼女のレジの横にあった残り一個のメロンパンが、偶然、彼女の口元に跳ね上がった。
「んむっ!」
篠原先輩は思わずそれを口に含んでしまった。
「あ! 最後のメロンパン……」
篠原先輩は頬を赤らめ、僕を上目遣いで見た。
「ご、ごめんね、神代くん。これ、二人で分けっこする?」
行列の生徒たちは、「レジのお姉さんと神代がイチャついてるから、パンが買えない!」と騒ぎ始めた。僕の能力は、トラブルを解決するどころか、ヒロインとの「いちゃいちゃタイム」を作り出すために使われたのだ。
図書館で百人のサインを求めるヒロイン
昼休みが終わり、次の授業に向かう廊下で、僕は立ち往生した。
僕を待っていたのは、百人ほどの女子生徒たちの集団だった。
「神代くん、あのね! 私たちの部活のTシャツデザイン、サインしてほしいの!」
「私も! 私たちのグループのプリクラにサインを!」
その中には、和泉、莉子、そしてさっき別れたばかりの篠原先輩までがいた。さらに、バレー部のキャプテン、園芸部の癒し系、校長先生の孫など、ありとあらゆるタイプのヒロインたちが僕を取り囲んでいる。
(もうダメだ。僕の能力を抑えるためのリソースが尽きた。百人の女子生徒の好意のエネルギーに、僕は勝てない!)
僕は最後の因果律操作に賭けた。
目的: 僕が、この百人の女子生徒から、逃走する。
操作: 僕が今、この瞬間に、「とても不自然な理由」で、彼女たちの視界から消える確率を一〇〇パーセントにする。
次の瞬間、僕の身体は、誰にも認識できないほどの速度で、校舎の屋上へとテレポートした。
屋上。僕は息を切らし、誰もいない空間で安堵した。
佐倉が、僕の後ろに静かに立っていた。
「神代。君の能力は、ついにテレポートまで発動させたのか。しかも、自分の逃走という、個人的な理由で」
「仕方ないだろ! ハーレムのエネルギーが強すぎたんだ!」
「君の能力は、もはや君の好意を求める女性たちから逃れるための道具になっている」
佐倉は淡々と続けた。
「そして、先ほどテレポートした際、君の力の残滓が、校舎の三階で立ち話をしていた月島会長の髪を、完璧に三つ編みに変えてしまった。君の因果律操作は、ついに『いちゃいちゃを優先する』という意図を持ち始めたぞ」
僕は絶望した。僕の最強の超能力は、世界平和のためではなく、ヒロインを可愛くしたり、ドタバタに巻き込んだりするための、ハーレム創造装置へと完全に変貌してしまったのだ。
神代悠真です。屋上からお送りしています。
もう、隠し通すとか、凡人とか、そういうレベルの話じゃないですね。
登校中も昼休みも、まるで僕の能力が「もっとヒロインと絡め!」と命令しているみたいに、次から次へとトラブルと「いちゃいちゃチャンス」を運んできます。
生徒会長の月島さんが三つ編みになった件、どうやって誤魔化すんだ、これ。僕が能力を最大限に使ってやっていることが、「女子生徒の髪型を変える」とか、「メロンパンをアーンさせる」とか、一体何の冗談なんでしょうか。
しかも、佐倉の奴。彼は僕を監視しているはずなのに、僕の暴走が起こるたびに「君は女性に好意を持たれている」とか、余計な分析をしてくる。まるで、僕のハーレム化を推奨しているみたいじゃないか。
あの焦げ付いた紙片の男も、きっと僕と同じように、制御不能な好意のエネルギーに敗北したのでしょう。
さて、次に校舎に戻ったら、僕は百人の女子生徒たちにどう囲まれるんでしょうか。そして、月島会長の三つ編みは、僕に何を要求してくるのか。
考えるだけ無駄なので、とりあえず屋上の風を浴びながら、僕に近づいてきた雲を、少しだけハート型に変えてみることにします。
神代悠真




