第四話:最強超能力者の受難と、制御不能な好意
義妹と朝の攻防戦
朝。リビングのテーブルで、僕は義妹の莉子と向かい合っていた。
「悠真兄、今日の朝食の卵焼き、絶妙な焼き加減だったけど、これも超能力のせい?」
莉子はキラキラした瞳で僕を見上げる。彼女は僕の能力を信じているわけではないが、「兄をからかう最高のネタ」だと認定している。
「ただの母さんの腕だ。早く食べろ」
僕はトーストをかじりながら、心の中で念力を使っていた。
目標: 莉子が今、トーストの上に落としそうになっているジャムの小皿を、絶対に落とさせない。
(莉子を驚かせたくない。でも、床を汚せば母さんに怒られる。これは、「普通の日常」を守るための聖戦だ!)
僕はトーストを口に運びながら、ごく微細な念力を小皿の真下に敷いた空気分子に作用させ、クッションを作り出す。
莉子は案の定、手を滑らせた。
「きゃっ!」
小皿は床に向かって落ち始めるが、僕が作った「空気のクッション」の上で、まるでスローモーションのように、ふわりと停止。そして、「偶然」、テーブルの端にひっかかる形で止まった。
「ふう、セーフ! よかったね、悠真兄! 私はドジっ子だから」
莉子は僕に抱きつきそうになりながら、小皿を回収した。
「ああ、よかったな」
(危ない。僕の集中力を削ぐな、莉子! 抱きつかれると力が暴発する!)
僕は莉子の頭を優しく押しのけ、難を逃れた。最強の超能力者にとって、朝のジャム一つが、地球の危機に等しいのだ。
図書館の秘密の打ち合わせ
放課後。図書館の隅。監視者である佐倉と、僕は極秘の打ち合わせをしていた。
佐倉は例の焦げ付いた紙片を僕に渡した。
「神代。この紙片に残留する思念を読み取れ。くれぐれも、能力の出力を〇・〇〇〇一ワット以下に抑えろ。君が過去の男と同じ思念に侵食されると困る」
「分かってるよ。僕が暴走したら、君が一番面倒だろ」
僕は紙片に指先を触れる。指先の感覚を極限まで鈍らせ、サイコメトリーの出力を絞る。
『孤独』『完璧』『世界は僕の思い通りに』『だが、彼女だけは……』
過去の超能力者の強烈な思念が脳内に流れ込む。世界を支配しようとした男にも、どうやら手が届かないヒロインがいたようだ。シリアスな話は無視していい。
その時、僕たちの間に、影が落ちた。
「あら、神代くん、佐倉くん。何を隠れてコソコソしているのかしら?」
生徒会長の月島恵那が、腕を組みながら僕たちを見下ろしていた。
月島会長は僕の「力の残滓」に気づいているかもしれない、最も警戒すべき人物の一人だ。
「月島会長。これは、文化祭の出し物に関する、極秘の打ち合わせです」
佐倉が間髪入れずに答えた。表情一つ変えずに。
「ほう。随分と熱心ね。でも、図書室の規定では、飲食物の持ち込みは禁止よ」
月島会長の視線が、佐倉の前に置かれた高級そうなチョコレートの箱に向けられた。
(しまった! 佐倉は打ち合わせ中に集中力を維持するため、高カロリーのものを食べる癖があるんだ!)
僕の因果律操作が、すぐに発動する。
目的: 月島会長の注意を、チョコレートではなく、僕自身に向けさせる。
操作: 月島会長の『今日一日で最も気にしていたこと』が、『僕の顔のほんのわずかな変化』である確率を九九パーセントに引き上げる。
月島会長は、急に僕の顔を覗き込んだ。
「神代くん。貴方、目元にゴミがついてるわ」
そう言って、会長は非常に接近し、僕の頬に手を伸ばした。
(近い! 月島会長の香水の匂いが、制御弁を緩める!)
「あ、ありがとうございます……」
月島会長の手が触れる寸前、佐倉が瞬時に箱からチョコレートを取り出し、会長の手に握らせた。
「会長。文化祭の費用は我々が出します。お口止め料です」
月島会長は、予期せぬチョコレートの重みに一瞬戸惑い、僕の目元のゴミを指摘するのを忘れた。
「…まぁ、いいでしょう。規則は規則ですが、たまには例外も必要ね。神代くん、変なことに巻き込まれたら、私に相談しなさい」
月島会長はそう言い残し、チョコを片手に去っていった。
「ナイス判断だ、佐倉」
「君の能力暴発を止めるためだ。そして、彼女は君に好意を持っている」佐倉は真顔で言った。
「…そうか」僕は照れを誤魔化すように、咳払いをした。
和泉とのアクシデントと、心のバリア
廊下を歩いていると、曲がり角で、僕の視界が急にピンク色に染まった。
和泉咲と、激しくぶつかったのだ。
「きゃっ! ごめんね、神代くん!」
和泉は持っていた大量の資料を床にぶちまけた。僕は慌ててしゃがみ込み、資料を拾う。
「大丈夫か、和泉。怪我はない?」
僕と和泉の顔が、資料を挟んでわずか十センチの距離に近づく。
(まずい。また力が暴発する。リボンどころの騒ぎじゃない!)
僕は集中し、自分の周囲に完璧な「心のバリア」を張った。僕の能力が、和泉の感情や身体情報に過剰反応しないように、物理的な接触を許さない、極めて微細な念力の壁だ。
「ありがとう、神代くん」
和泉が顔を上げ、僕に資料を差し出した。彼女の指先が、僕の指に触れる。
触れた、だが何も起こらない。
僕は成功した! 念力で作り上げた心のバリアが、彼女の魅力による力の暴走を防いだのだ。
「神代くん、手冷たいね。どうかした?」
和泉は心配そうに僕の手を包み込んだ。
その瞬間、僕の「心のバリア」は、彼女の温かい手の感触によって、一瞬で溶解した。
『温かい』『柔らかい』『彼女の笑顔』
能力が再び暴走した。今、暴発した念力は、和泉が持っていた資料の山に向けられた。
資料は、空中でまるで一羽の鳥のように、優雅に螺旋を描きながら、和泉の頭上に降り注いだ。
「わあ! すごい! 資料が、まるで私を祝福してくれているみたい!」
和泉は、頭の上に舞い降りた資料を両手で受け止め、無邪気に笑った。
(最悪だ! 完全にバレるレベルの不自然な現象だ!)
しかし、周囲の生徒は、廊下を吹き抜けた「ちょうどいい風」のせいで資料が舞い上がったとしか思っていないようだった。僕の因果律操作は、無意識のうちに作動していた。
「あはは、本当だ。風が強かったな」
僕は額の汗を拭いながら、和泉と顔を見合わせた。資料が舞い降りる瞬間、僕たちの心臓は、同じリズムで跳ねていた。
最強の能力を隠すはずが、その能力が、ヒロインたちとの距離を縮めるための、制御不能な恋愛ツールと化していることに、僕は気づき始めていた。
神代悠真です。今日は、最強の超能力者として、僕の日常が完全に崩壊した日です。
ジャムを落とさせない地味なミッションから始まり、月島会長のチョコの口止め、そして和泉との廊下の空中資料アクシデント。もう疲労が限界を超えています。
特に、和泉との一件。心のバリアを張ったのに、彼女の手の温かさで一瞬で溶けるなんて。僕の能力は、物理法則だけでなく、恋の引力にも弱いらしい。
そして、佐倉の奴。彼は僕にシリアスな任務を押し付けているつもりかもしれませんが、全てがヒロインとのドタバタに繋がっています。これでは僕の能力は、「ヒロインを幸せにするための運命改変装置」じゃないか。
あの焦げ付いた紙片の過去の超能力者も、どうやら手が届かないヒロインに苦しんでいたみたいだし、やっぱりシリアスな話は無視して、いちゃいちゃを優先するのが、最強の能力者の正しい道なのかもしれません。
次は、佐倉がどんな危険な(しかしヒロインとの絡みがある)ミッションを僕に押し付けてくるのか。楽しみにしていてください。
神代悠真




