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隠された最強の物語  作者: 沼口ちるの
本編

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2/15

第二話:隣の席の沈黙と、図書館の静かな衝突

張り詰めた距離

佐倉澪が僕の隣の席になってから、教室の空気は目に見えないほど薄い緊張感に包まれていた。


彼は僕を観察している。それは確実だった。


僕の全ての動作――ノートを取る角度、消しゴムを使う速さ、目を瞬く回数さえも、佐倉は静かな瞳で追っている。僕が能力を分散するために無意識に行う、指先の微細な運動や、身体の重心移動に、彼が気づいているのだとしたら、僕のカモフラージュは致命的な欠陥を抱えていることになる。


僕はより意識的に「凡人」を演じ始めた。授業中は、わざと凡ミスをしたかのように見せかけて訂正線を引く。昼休みは、友人たちと「本当にどうでもいい」アニメの話で盛り上がる。


(この程度の知性、この程度の熱量。僕が特別な存在であるはずがない)


僕の因果律操作は、佐倉の思考を読み取ることはできないが、「佐倉が僕の能力を知っている確率」を計算し続けていた。結果は常に変動するが、今のところ五パーセントを超えていない。


「佐倉、ちょっと質問いいか」


昼休み、僕が席を立とうとしたとき、佐倉が初めて口を開いた。声は静かで、感情の起伏がほとんどない。


「ああ、何?」


僕は平静を装う。


「君が使っている、あの……ペン回し」


「ああ、これ? 癖だよ。なんか落ち着くんだよね」


僕は再びペンを回してみせた。少しでも力を込めれば、ペンは音速を超える弾丸と化すが、僕はあくまで凡人の指先の動きを再現する。


佐倉は静かに首を横に振った。


「その動き、規則的すぎる。無意識の癖にしては、安定した軌道を描きすぎている」


ゾッとした。僕が力を微細に分散するために制御している回転の安定性を、彼は見抜いたのだ。


「何言ってんの。ただの器用な凡人だよ」


僕は笑い飛ばし、その場を離れた。佐倉の視線が背中に突き刺さるのを感じながら。


図書館の再会

放課後。僕が再び図書館へ向かったのは、佐倉から注意を逸らすためでもあった。そして、あの「ノイズ」の正体を突き止めるためだ。


僕は昨日の古書の周辺に陣取り、あたかも受験勉強をしているかのように、歴史資料を広げた。


(このノイズの発生源は、本そのものか、あるいはこの棚の構造にある)


僕の指先が、資料集のページをめくる。その裏側で、僕の能力は極限まで出力を絞り、棚の木材の振動数、紙の組成、棚を支える金属の分子構造を解析していた。


そして、棚の一番下、床と接する部分の木材から、極めて微細な、熱エネルギーの残留を検知した。まるで、何かが一瞬で高温になり、冷やされたかのような痕跡だ。


「……見つけた」


僕は心の中で呟いた。


その瞬間、僕の背後から声がかかった。


「神代くん、ここで勉強してたの?」


振り返ると、そこに立っていたのは、クラスメイトの和泉いずみ さきだった。彼女は明るい笑顔と、いつも少し大きな眼鏡をかけた、読書好きの少女だ。成績は常にトップクラスで、クラスのヒロイン的な存在だが、僕にとっては唯一、力を抜いて話せる相手だった。


「和泉か。うん、ちょっと歴史の課題が難しくて」


僕は反射的に、力の解析を中断した。僕の日常において、能力の使用を中断させる最優先事項は「人との自然な交流」だ。


和泉は僕の隣の席に椅子を引き寄せた。その距離、わずか二十センチ。この近さで力を操作するのは、僕にとって極めてリスキーな行為だった。


「もしかして、そこの古書を探してる?」


和泉は、僕が昨日のノイズを発見した、表紙のない古いハードカバーを指差した。


「え、なんで分かったの?」


「ふふ。だって、神代くん、勉強する時いつも背筋ピンってしてるのに、今日はなんだか落ち着きがないんだもん。それに、その古書、私も気になってたんだ」


彼女は、僕が能力の痕跡を探る際の、無意識の体の微細な動きまで気づいていた。佐倉とは違う、純粋な洞察力だった。


「あの本、実は戦時中の、都市計画の極秘資料だって噂があるの。立ち入り禁止の場所にあったはずなんだけど、どうしてここにあるんだろうね」


和泉は、何の気なしにその本を取り上げた。


予期せぬ手の接触

「ほら、見て。このページの隅、変に焦げた跡があるでしょう?」


和泉はページをめくり、僕に差し出した。その際、彼女の指先が、僕の左手の甲に一瞬だけ触れた。


その瞬間、僕の頭の中で、昨日とは全く異なる種類の情報が炸裂した。


『温かい』『甘い香り』『図書館の静けさ』『指先の柔らかさ』『和泉咲の心臓の鼓動』


能力によって過剰に増幅された、彼女の物理的な情報と、僕自身の本能的な反応が、僕の思考回路を支配した。


あまりに突然で、あまりに近く、あまりに人間的な接触だった。僕は、反射的にテレキネシスを暴発させた。


ただし、暴発したのは、地球を動かすような大きな力ではない。


僅か〇・一ワットの念力。


その微小な力が作用したのは、和泉の髪の毛に結ばれていた、小さな紺色のリボンだった。


リボンは、まるで風もないのに、ふわっと解けた。


「あっ」


和泉は驚き、解けたリボンを拾おうと屈んだ。彼女の長い髪が、僕の腕を優しく掠める。


「ごめん、リボン、解けちゃったね」


僕は冷静を装い、すぐにその場から視線を外した。


「大丈夫だよ。なんか、突然解けたね。神代くん、風邪でも引いた?」


和泉は頬を少し赤らめ、僕を心配そうに見上げた。リボンが解けたことを、彼女は全く不自然に思っていない。僕の能力は、微細な偶然として、完璧に処理されたのだ。


(しまった。ただの『いちゃらぶ』どころじゃない。これは重大なコントロールミスだ)


僕の能力が、他人の感情や身体に触れることで、こんなにも容易に暴走する可能性があることを初めて知った。しかも、相手は僕の心のガードを下げる、和泉だ。


隣の席の影

僕が和泉と会話している間、図書館の入り口付近に、佐倉澪が立っているのを、僕は視界の端で捉えていた。


佐倉は、僕たちがいる方向をじっと見つめていた。彼の表情は依然として無感情だったが、その瞳には強い疑念が宿っているのが分かった。


佐倉は、僕と和泉の「偶然のリボンが解けた」瞬間を、静かに、そして完全に見ていた。


彼は、その一瞬の不自然さが、僕の能力によるものだと、直感しているに違いない。


悠真の最強を隠す戦いは、「ノイズの正体」、「無意識の能力暴走」、そして「転校生の監視」という、三つの危機に挟まれることになった。



ここまで読んでくれてありがとうございます。神代悠真です。


はっきり言っておきますが、僕は本当に、平和に生きたいだけなんです。


昨日までは、佐倉という厄介なやつにどう能力を悟らせないか、それだけが課題だったのに、今日はもう、和泉に触れただけでリボンを物理法則を無視して解いてしまうなんて……。


あれは、『いちゃらぶ』じゃなくて、『力の過剰反応』です。


和泉のそばにいると、心が無防備になるせいで、僕の力の制御弁が緩んでしまう。僕にとって、彼女は最も危険な存在かもしれません。


しかも、最悪なことに、あの佐倉が全てを見ていました。彼は凡人ではないのかもしれない。もしそうなら、彼は僕の能力にどう対処するつもりなんでしょうか。それとも、彼自身も……。


次の展開で、佐倉はきっと、僕に接触してくるはずです。


僕はこの窮地を、力を使わず、どう乗り切るのか。皆さん、見守っていてください。

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