第8話 氷獄の地下遺跡
王城の底は、音を飲み込む。
エリシアの封蝋が内扉の紋に触れた瞬間、蒼い光が筋になって走り、凍てた空気が喉を撫でた。背後では巡回の靴音が遠ざかっていく。――スヴァルドだ。正面からは救わない。けれど、見逃すための間だけを渡す。それが剣の中立。
「急ぎましょう。上は長く持ちません」
フードの奥で、王女の瞳が静かに光る。
階段を降り切った先に、回廊が口を開けていた。壁一面にびっしりと――曲線の文字。氷に刻まれた古い文様が、俺たちの呼気に合わせて淡く脈打つ。
フローリアが掌を壁に当て、指先で一文字ずつ撫でる。
「この文字……古代契約者の誓約よ。力で縛る文じゃない、間を縫うための言葉」
リアが祈りの母音をひとつ置くと、文字の端がやわらかく光った。
「歌と誓いは同じ根。……だから、書き換えで隔離に寄ると、歌は欠けるんです」
入口に短い銘文があった。
《誓いを持たぬ者は、力に触れるな》
俺は胸の《炎紋》に触れた。燃やさない炎。ならす炎。――誓いで開く道なら、行ける。
回廊の節目に、六角の石柱が立っている。表面は透明に近い氷、その中心に雪花の芯。
「六花の碑」とフローリアが囁いた。「触れれば、残滓が映る」
俺は右手をそっと碑に置いた。冷たさが皮膚ではなく、鼓動に触れる。
――雪嵐。影と影が向かい合う。
毛皮の外套の若者と、青い瞳の精霊。二人は互いの手のひらに額を寄せ、同じ拍で息をする。
『炎は奪わず、氷は閉ざさず』
彼らの言葉が母音にほどけ、碑の上部に曲線の符が浮かぶ。
リアが素早く書きとめ、ゼルフィアが発光の位相を採る。ミルは背後を見張り、カイは耳を立てた。
金属の鈴が、遥か後方で一度だけ鳴った。検知の合図だ。
「追手、三分で接触」
カイが手で三を作る。
「先へ」
エリシアが言う。足取りは早いが、乱れない。
二つ目の碑。俺が触れるより早く、氷面が勝手に映像を吐き出した。
誓いの言葉もないまま力を振るい、氷河の村が崩れる。冷が閉ざし、炎が奪う。
――封氷は砕け、哭き声だけが残った。
「……誓い無き力は、隔離に堕ちる」
フローリアの声は低い。今の協会のやり口が、そのまま古代の失敗の焼き直しに見えた。
回廊の最奥に、円い扉があった。鏡みたいに滑らかな氷。中央に、小さな“欠け”。
脇の銘文は簡潔だ。
《火の誓、氷の誓、間を証する血。三つの紋、同拍ならば扉はひらく》
「三者同調……でも、誓句が足りない」
リアが首を振る。
「最後の欠片が必要です」
「待って」
フローリアが床に膝をつき、氷に耳を当てた。
「……この壁の下、かすかな拍。小さな碑が隠れてる」
分岐の陰に、掌ほどの六花が埋まっていた。埃を払って、俺は触れた。
――昼の光、白い都。人と精霊が同じ水場で笑い、母音が生活の音に溶けている。
二人の声が重なる。
『われら環となる。痛みは分かち、名は重ねず。奪わず、閉ざさず、ただ隣に在る。』
胸の《炎紋》が白金に揺れ、細い記号がひとつ、奥に刻まれるのを感じた。同時に、視界の端を少年の横顔がかすめる。俺に似た――いや、鏡越しの俺のような。
「レオン?」
ミルの声で我に返る。
「大丈夫だ。……行こう」
後方で鈴が二度鳴った。距離が詰まる音。
「五十秒、稼ぐ」
ゼルフィアが指を弾き、回廊の角に罠雷を置く。
「足音は散らす」
ミルが風層を滑らせ、カイが脇道へ偽の足跡を描いた。
「今です」
エリシアが鏡扉の前に立つ。
俺は均熱の拍を整え、フローリアは六花を灯す。王女は胸に手を置き、混血の紋を明かした。
三つの鼓動が――合う。
扉は白く曇り、やがて薄く透けた。奥に雪原と灯の街が覗く。現実の地勢とは違う相貌。息を呑んだ瞬間、胸の奥で誓句が鳴り、意識が引かれる。
――雪の光、澄んだ呼び声。
だれかが、俺の名を呼んだ気がした。
いや、似ている。
レオ――
扉の向こうの光に、視界がほどける。
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