第4話 フローリアの願い
青白い月が薄雲に滲んで、雪面の粒がかすかに光っていた。
さっきまで封印だった氷の花は、跡形もなく形をほどき、真ん中に残ったのは――少女。青銀の髪、氷色の瞳。吐息が鈴の余韻を残す。
彼女は一度だけまばたきし、まっすぐ俺を見た。
「……封印を解いてくれた……あなた、何者?」
「レオン。精霊の契約者だ。――精霊も人も、どっちも救いたいでここに来た」
言い終えた途端、ミルが肩をすくめる。
「また変なの増えた!」
少女の眉がぴくりと動く。
「変なではない。私は――氷の花弁、フローリア」
名乗りと同時に、彼女の足元に六角の結晶が一輪、濃く咲いた。防御の薄膜がまだまとわりついていて、俺が半歩近づくと、氷の膜がそっと距離を取らせる。
「悪い、無理には触れない。けど……大丈夫か」
「触れる必要はない。……今は」
刺すような言い方だが、声は震えていない。強い。
けれど次の瞬間、遠雷みたいな低い脈が地中から伝わってきて、彼女の瞳が微かに揺れた。
「……王が――目覚めようとしている」
王。氷精霊王。世界の北の心臓。
リアが短く息を呑む。「封印の循環が断たれている証です。原式は解凍=再生。今の書き換えは凍結=隔離。痛みの中で起き上がろうとしている」
「痛みは怒りに、怒りは吹雪に変わる」
フローリアの視線が城の方向を射る。
「封印守――スヴァルドは均衡の剣。王を守るためなら、人も精霊も切り捨てる」
嫌な予感は、だいたい当たる。
城内の刻印鏡がこちらを拾ったのだろう。街の方角で鈍い鐘が二度、雪に吸われながら鳴った。カイが肩をすくめる。
「長居は無用。足跡は消してるが、解除の波形は消えない。追ってくる」
俺はフローリアを見た。彼女はほんの少し顎を上げ、まだ警戒の氷をまとっている。
「……フローリア。ここから離れる。一緒に来てくれ」
「人間に守られる必要は――」
言い切る前、彼女の視線が俺の胸の《炎紋》に触れて、わずかに言葉がほどけた。
「……ただ、あなたの炎は、燃やし方が違う。融かすのではなく、ならす熱。王の凍痛を、和らげるかもしれない」
彼女はゆっくり息を吐くと、掌を胸に当てた。六花の紋がうすく灯る。
「正式な契約はしない。代わりに――暫定同調。私の六花と、あなたの炎紋を微弱に同期させる。感情の混線は遮断、共有は温度傾向と危険閾値のみ。あなたの熱が破壊に傾いたら、即座に切る」
リアが頷く。
「祈りで干渉域を狭めます。衝突しない間を作るので安全です」
ゼルフィアが掌に雷の輪を描く。
「位相は俺が安定化する」
ミルは腕を組んで、半分の笑み。
「つまり仮メンバーね。監視付きだけど」
「監視も兼ねる」
「やっぱりツン!」
フローリアが小さく目を伏せ、六花の指先を俺の炎紋の上へと翳した。
触れていないのに、皮膚の下で温度が合う。金紅の鼓動が白へ寄り、氷の輪郭が少し丸くなる。
「……これでいい。――見せて。燃やさない炎を」
鐘の音が三度目を打つ。刻印鏡の帯隊が近い。
俺たちは街外縁から下層の路地へ、雪陰を拾いながら滑り込んだ。
角をひとつ曲がったところで、正面から鏡持ちの告発係が飛び出す。
鏡面が霜色に変わり、俺の外套越しの炎紋に反応――狭い路地で包囲完了、の図。
「来るぞ」
ゼルフィアが地面を軽く叩き、薄い雷が石畳を走る。
フローリアが一歩前へ出て、空へ指先を撫で上げた。
「氷花障」
路地の空気に薄い花弁がいくつも重なり、鏡の反射波が入射角ごとに屈折して散る。
俺は障壁の縁へ手を添え、熱を均す。温度差が生む亀裂を出さない――割れない氷が成立する。
「視界を落とす!」
ミルが足元に風を叩き込み、乾いた雪塵を舞い上げる。
「左、狭い抜け道!」
カイが手で合図し、ゼルフィアの雷振動が石畳の凹凸を均して滑走路に変わる。
「走る!」
花弁の障壁をすべらせるように、俺たちは路地の狭間を抜けた。
背後で鏡の光が鈍くきしみ、追手が方向を見失う。頭上でフローリアが指を鳴らすと、氷の小鳥が三羽、別々の路地へ飛んだ。気配を引くデコイだ。
城壁の影――風の弱い帯に入ったところで、俺たちは一度息を整えた。
フローリアの肩が上下している。乱れは少ない。けれど、さっきより瞳の色が柔らいで見えた。
「……助力は、必要だった。礼は言わない。けれど――認める」
「それ、礼だよ」
ミルが小声で笑い、フローリアがほんの僅かに頬をふくらませた。
六花の結晶が、さっきより丸い輪郭で足元に散る。尖りが少し、融けた。
そのときだった。
白い影が夜を横切り、俺の前にふわりと舞い降りる。
白羽の信使――氷の鳥だ。くちばしに小さな封書。封蝋には雪片と王冠の紋。
リアが封蝋に触れ、目を瞬く。「王家紋……しかも、王女印」
封を切ると、短い文が現れた。
城下の騒擾、把握しています。
あなた方に客人としての話を望みます。
北門下の古井戸へ。
――エリシア
フローリアが封蝋を見て、小さく瞼を伏せた。
「……エリシアの印。彼女は間に立つ者。人と精霊、どちらの声も聞ける」
「城に入れってことか」
カイが眉を上げる。
「正面じゃなく古井戸。完全に内密だ」
「罠の可能性は?」
ゼルフィアの問いに、フローリアが首を振る。
「彼女は嘘をつかない。……ただ、王城は裂け目だ。保守派と協会の影が深い」
俺は封書を握り直し、胸の炎紋に意識を落とす。
微熱が返ってきた。行け、と。
それに、さっきの路地で俺たちを逸らした覆面の少女――あの匿名の手と、文面の気配は同じだ。
「行こう。北門の古井戸へ」
ミルが息を吐く。
「やれやれ、今度は王城ルートか。寒いし面倒くさいし……でも、ちょっとワクワクするのが悔しい」
「正直でよろしい」
ゼルフィアが肩を回し、リアが祈りの灯を小さく揺らす。
フローリアは視線をわずかに逸らし、そして戻した。
「……暫定同調は、続ける。あなたの炎が、どちらへ傾くのか。見極める」
「見届けてくれ。俺も、君の冷たさが守っているものを、見たい」
六花と炎紋の間に、ほんの一瞬、温度の橋が架かった気がした。
雪がサラ、と小さく鳴り、遠くで氷の鼓動がまた一度、低く響く。
王が、目を覚ます。
だからこそ――急がなければならない。
俺たちは城壁の影に沿って、北門の井戸へ向かった。
井戸の縁に張った薄氷が、月光で青く光る。覗き込むと、暗い水面に一瞬、青白い髪と精霊の瞳が揺れた気がした。
間に立つ者。王女――エリシア。
氷の国の真ん中で、世界は割れ目をあらわにしている。
その隙間に橋をかけるために、俺たちは降りていく。
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