第5話 砂嵐の夜
砂漠の夜は静寂――そんなの、どこの誰が言い出したんだろう。
俺たちが足を踏み入れたこのアグナの砂漠は、生きている。
息づき、怒り、そして俺たちを睨んでいた。
見渡す限りの赤い砂が、月明かりに照らされて血のような光を反射する。
空気は乾いているくせに、妙に肌へまとわりつく熱気がある。
嫌な汗が背中を伝い、剣の柄が少しだけ滑った。
「魔力が……苦しんでいる」
リアが小さな肩を震わせ、祈るように胸元を押さえる。
「苦しむ……? 精霊がか?」
聞き返した俺の声は、思った以上に強ばっていた。
この砂漠そのものが悲鳴を上げているみたいな気配――胸騒ぎがした。
ノワールが足を止める。
「おい、レオン。前方、警戒しろ。これは尋常じゃねぇ」
その言葉と同時に、視界の端が赤く点滅した。
炎が……地面の下から滲み出てくる?
「……! 地中から魔力波!」
カイの叫びを合図に、大地が爆ぜた。
轟音。
炎。
砂嵐。
夜空が一気に赤く染まる。
「くっ……!」
砂が刺す。目を閉じたら最後、終わる――
そんな恐怖が背筋を走る。
砂嵐の向こうから、蠢く影。
生きた炎。
燃える蜥蜴の群れ。
「暴走した炎精霊……数が多すぎる!」
ミルの叫びと同時に、精霊たちの赤い目が闇を切り裂いた。
ひとつ、またひとつ、俺へ飛びかかってくる。
「ゼルフィアッ!」
俺が呼ぶより早く、雷光が走った。
ゼルフィアの小さな身体から迸る、白い雷。
「どうか……穢れを捨てて。あなたたちは炎の祝福……!」
彼女の声は震えていた。でも確かに届いている。
炎が一瞬ためらうように揺れた。
だが――焼け付く咆哮がその躊躇を打ち消す。
「まだ来るよ! レオン、下がって!」
ミルが駆け出した。
彼女の足元から風が巻き起こり、砂が舞う。
「風の――舞刃っ!」
一陣の風が、炎精霊を縦横に切り裂く。
爆ぜた炎が夜空に花のように散った。
「相変わらず派手だな!」
「えへへ、もっと褒めていいよ? 今なら特別だよ?」
この危機的状況でも笑ってみせる。
ミルの強さは、いつだって前へ進ませてくれる。
けれど――
「まだ……終わっちゃいない」
ノワールの声が沈んで聞こえた。
風が止み、砂が静まる。
音が……消えた。
夜闇より深い沈黙が降りた。
その中心に――
「……来たな」
ノワールが目を細める。
炎の舞う砂嵐が割れる。
歩み出る影。
燃え盛る炎が影を照らし、その男の輪郭を浮かび上がらせる。
その顔を見た瞬間、時間が止まった。
「……ダリオ?」
「久しぶりだな、レオン」
皮肉な笑み。
昔は仲間を気遣って笑ってくれたその顔が――
今は、俺だけを狙う殺意の仮面になっている。
「お前……なんでここに」
「なんでだと? お前のせいだよ」
唇が吊り上がり、紅い目が爛々と輝く。
「お前が――全部、奪った」
「何を……言ってるんだよ」
本当はわかっていた。
でも、認めたくなくて。
「炎帝イグニスの力だ。俺は選ばれた。精霊の力を操る、真の英雄になるはずだった」
炎が彼の腕を這い、大蛇のように蠢いた。
その光景だけで、胸が締め上げられる。
「奪った? 俺はお前を――」
「黙れ」
刹那、熱風が頬を切る。
「お前の声を聞くと、胸の奥が焼ける。怒りか嫉妬か……もはやどっちでもいいことだがな」
焦げ付く視線が、俺を突き刺す。
「奪われた炎は、必ず取り返す。俺のものだ」
その言葉は、友情の残滓すら踏み潰す音だった。
「ダリオ……俺は――」
「今日は挨拶だけだ」
炎が舞い上がる。
黒い炎の波が砂漠を包み、彼の姿を飲み込む。
「次は――俺から奪われたものを、取り返しに来る」
声だけが残され、炎と共に消えた。
残ったのは焦げる砂の匂いと、喉の奥に刺さる苦味。
「く……そ……!」
俺は拳を握りしめ、歯を喰いしばった。
心臓が焼かれたみたいに痛い。
ノワールがそっと肩を叩く。
「レオン。アイツはもう……昔のお前の友じゃねぇ」
わかってる。
でも――
「それでも……俺は、ダリオを救う」
震えた声は、砂漠の闇に吸い込まれる。
夜が深くなる。風が嘲笑うように吹き付ける。
――絶対に、救い出す。
たとえ炎に焼かれようとも。
俺は、もう逃げない。
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