第2話 砂漠の冒険者ギルド
灼熱の風が砂を巻き上げ、頬を刺した。
砂漠の真ん中にそびえる冒険者ギルドは、まるで砦のようだった。赤い石で組まれた巨大な建物――冒険者たちの雄叫び、酒と汗の匂いが渦巻く喧騒の巣窟だ。
「……ギルドって、どこも同じ空気だな。荒っぽいやつほど声がでけぇ」
肩をすくめながらも、俺は胸の奥で安堵していた。
王都から逃げ出して、まだ落ち着ける場所なんてなかった。
だがここは――戦いの匂いが似合う。
「でもさ、熱の種類が違うね」
ミルが汗を拭いながら言う。
「ギラギラしてる」
視線の先では、火炎属性の剣を肩に担いだ冒険者が笑っていた。
噂通り、アグナの戦士たちは炎を崇める文化を持っているらしい。
「レオン、受付は向こうだよ」
カイの案内でカウンターへ向かう。
受付嬢は険しい目つきで俺たちを見た。
「……旅の冒険者? ここは観光場所じゃないわよ」
「情報を集めに来た。今、アグナでは何が起きてる?」
何かを隠すように、受付嬢は視線をそらした。
「最近……炎精霊の暴走が目立つの。上の連中はただの気候変動だと言ってるけど」
「違う。魔力濃度が異常に高い」
カイが即答した。
「……やっぱり、そうよね。あなたたちは勘がいいみたい」
受付嬢は声を潜める。
「炎帝が、戻ってくると――街の者たちは怯えているの」
炎帝。
古代、炎の王国を治めたとされる伝説の精霊。
イグニス――。
「バカバカしい噂だぜ」
近くの冒険者が鼻で笑った。
「炎帝なんざ、おとぎ話だろ? 精霊を崇めて暮らしてる信者が大げさに騒いでるだけさ」
だが、別の者は声を潜ませる。
「この前の夜、見たんだ……砂漠の奥で、炎が天を裂くのを。あれは……目覚めだ」
空気が一瞬、重くなる。
精霊たちの断末魔を、俺は何度も聞いた。
今回も、それに近い予感が胸を冷やす。
「……レオン、見て」
ミルが窓の外を指差す。
上空を漂う炎精霊が、苦しげに火花を散らしながら飛び交っていた。
「自然現象じゃないわ。精霊が、泣いてる」
カイが眉をひそめた。
「誰かが、炎帝の力に干渉している。間違いない」
そのとき、分厚い扉が重く開いた。
筋骨隆々の男――ギルド支部長が現れる。
「お前たち。いいタイミングで来てくれた」
俺たちの前に歩み寄り、鋭い目で俺を――いや、腰の《炎の剣》を見た。
「依頼がある。砂漠奥地に潜む異常を調べてきてほしい」
「異常って?」
「炎精霊の暴走源だ。あそこはもう、人間が近づける環境じゃない」
危険を告げる声の裏で――
期待、いや“確信”のようなものを感じた。
支部長は、探るように問いかける。
「若いの。お前……炎帝の血に関係していないか?」
喉がひりついた。
俺ではない。
ダリオ――俺の兄が、炎帝の血脈。
俺は静かに首を振った。
「俺は……ただ、精霊を救いたいだけだ」
支部長はそれ以上触れず、ゆっくりと頷いた。
「ならば十分だ。報酬は弾む。頼む」
依頼書を受け取ると、無言の圧に背中を押されるように宿へ向かった。
◆◇◆
夜。
外に出たノワールが、じっと砂漠の闇を睨んでいた。
「どうした?」
「……何かが、俺たちを見てる。悪意を持って」
俺も夜空を見上げる。
炎精霊たちが不安定な軌跡を描き、ひゅうっと悲鳴のような音を立てていた。
「俺たちを……?」
「いや、もっと深い。炎帝に近づくヤツを、監視する何者か……だ」
嫌な汗が背を滑り落ちる。
その瞬間――遠方で巨大な火柱が、夜空を焦がした。
それは燃え上がる砂嵐。
渦巻く炎の中心で、揺れる影が――ひとり。
『……たすけて……』
声が聞こえた。確かに。
俺は剣を握りしめ、走り出していた。
「レオンっ!? どこ行くの!?」
「行くしかないだろ! 誰かが――呼んでる!」
砂嵐へ踏み込む。
視界は奪われ、熱風が肺を焼き、足が砂に沈む。
でも。
見捨てるなんて――できるわけがない。
◆◇◆
赤い嵐の向こう。
小さな影が倒れていた。
少女――。
燃えてしまいそうなほど華奢な体。
額には、炎帝の紋を思わせる赤い紋章が光っていた。
「おい、大丈夫か――!」
少女が震える唇を開く。
「せい……れいが……苦しんで……いるのです……」
その声は、炎よりも強く、切実だった。
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