第4話 穏やかな違和感
協会本部の研究区画――
その扉が開いた瞬間、俺は言いようのない寒気に襲われた。
白い。
白すぎる。
壁も床も天井も、そして歩く人間たちの白衣までもが、息苦しいほど無機質だった。
「うわぁ……キラッキラしてる……!」
ミルが目を輝かせる。
なんでも楽しめるのがミルの長所でもある。
「魔力抽出ラインはフロア奥……こちらが、精霊の魔力を精製する装置です」
案内役の研究員が誇らしげに説明する。
巨大な硝子筒には青白い流体が渦巻き、脈動するような光を放っていた。
「へぇ、理論上は知っていたが……ここまでの規模で実用化されているとは」
カイはすでに観察モードだ。
メモ帳を取り出し、ぶつぶつと専門用語を呟く。
「ねぇレオン。この中にいる精霊は、苦しくないの?」
ミルが不安そうに囁いた。
「……わからない。けど――」
耳に集中した瞬間、
低く、震えるような声が届いた。
『……やめ……ろ……』
動悸が急に早まる。
「レオン? どうしたの?」
ミルが俺の袖を引いた。
「何か、聞こえた……気がする」
「へ? わたしは何も聞こえないけど?」
研究員は軽く笑い飛ばした。
「精霊が喋るなんて、迷信ですよ。魔力は資源です。扱い方を誤らなければ、とても有用な――」
瞬間、俺は睨みつけてしまっていた。
研究員は気づいていない。
ただ、効率と成果の数字しか見えていない目だ。
……嫌な目だ。
◆精霊結晶保管庫
壁一面に並んだ透明なケース。
その中に、氷のように冷たい結晶が整然と固定されている。
「わぁ〜! キレイ! 宝石みたい!」
ミルが結晶に触れようとした瞬間――
ピィィーーッ!!
大音量の警告。
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと触っただけなのにー!」
耳まで真っ赤になって慌てるミル。
研究員は苦笑しながら、
「触れただけで劣化しますから。高価なんですよ」
ミルはぷくーっと頬を膨らませた。
「だって……中の子たち、寒そうだったから」
「寒そう……?」
研究員が首を傾げる。
その時だった。
『……さむい…………こわ……い……』
確かに聞こえた。
さっきよりはっきりと。
凍りついたのは、俺のほうだ。
「レオン?」
今度はノワールが俺を見た。
精霊らしからぬ冷たい目で。
「ここは――声が静か過ぎる。生きた存在が、こんなに集まっているのに」
ノワールはふっと笑う。
「結界がある。監視用だ。面白いからちょっと弄ってみた」
パチンと指を鳴らすと、天井の発光石が一斉に明滅した。
「ちょっと!? 何してるの!?」
案内役の研究員が慌てふためく。
ミルは小声で、
「ねぇ、この人たち……変な目してるよ。レオンを見る目が……怖い」
見上げると、複数の研究員がこちらをじっと観察していた。
瞳が――データを測る装置みたいに冷たい。
「複数契約の精霊使い……本物か」
「どうやって人格維持を……?」
「制御できているのか……?」
質問というより、検体に向けた分析。
俺は背筋に寒気を覚えた。
カイが前に出る。
「すみません、データが欲しいなら正式な手順を踏んでください。無断観察は研究倫理に反しますよ」
研究員たちは黙り込む。
だがその目は、獲物を見る肉食獣のようだった。
「こちらへ。協会長アステル様がお待ちです」
重厚な黒扉の前で案内役が告げる。
まるで墓石のような冷たさを放つ扉。
「レオン……行きたくなかったら帰ろ?」
ミルの声は震えていた。
「大丈夫。俺たちは一緒だろ?」
ミルが少しだけ笑う。
ノワールも肩をすくめ、
「好きにしろ。ただし気を抜くな」
深呼吸一つ。
俺は扉へ手を伸ばした。
――嫌な予感しかしない。
だけど、逃げるわけにはいかない。
精霊を奪う場所があるのなら
俺が止めなきゃいけない。
そして、奥から感じる圧倒的な魔力。
対峙せずにはいられない、そんな気配。
扉が開いた――。




