第1話 王都からの使者
ギルドの扉を開いた瞬間、空気が張り詰めているのが分かった。
いつもなら酔っ払い冒険者の笑い声が響いてるのに、今日はやけに静かだ。
「……なんか、みんなピリピリしてる?」
隣のミルが首を傾げる。
その肩の上で、黒猫姿のノワールが尻尾を揺らしながら低く呟いた。
「……嫌な気配がする」
嫌な気配。ノワールがそう言う時は大抵、本当に嫌な事が起きる。
カウンター横へ視線を向けると、青銀のローブをまとった二人組がじっとこちらを見ていた。
肩には王国の紋章――精霊を象った双翼。
「レオン君、ちょっといいかな」
ギルド長のエドガーが、妙に硬い顔で俺を呼んだ。
◆
応接室に通され、ソファに腰掛ける。
向かい側でローブの二人が、品定めするように俺を見つめてくる。
「はじめまして。王国精霊協会の特使を務める者です」
落ち着いた声の男が、胸に手を当てて軽く礼をした。
もう一人は無言だが、眼鏡越しにヴァイタルスキャンでもしてるかのような鋭い視線を向けている。
「あなたの活躍は、王都まで届いておりますよ。特に……異常な精霊契約記録について」
テーブルに置かれたクリスタル端末が光り、映像が再生された。
俺が炎の精霊を呼び出した時の映像。
そして次には風、水、土――
契約者じゃない俺が、複数精霊と自然に同調している瞬間。
「……異常?」
「ええ、極めて異常です。精霊は本来、単一属性の契約者と結びつく。なのにあなたは複数属性、しかも精霊自らが強い好意を示している」
その目は純粋な興味――ではなく、実験材料を見つけた科学者のそれ。
「我々と共に、王都で研究に参加して頂きたい。あなたは、世界を変える可能性を持っている」
エドガーが即座に立ち上がった。
「待て。少年をモルモット扱いする気じゃないだろうな?」
「誤解のないように。協会は彼に、正式な地位と環境を提供するだけです」
にこりともせず答える特使。
その笑みのない微笑みが、逆に不気味だった。
「……断ったら?」
「行政命令により、強制的に同行して頂きます」
ぞくりと背筋が震えた。
◆
応接室を出ると、仲間たちが心配そうに待っていた。
「ねぇねぇ、どうだったの!? 王都に招待ってすごくない!?」
ミルは目を輝かせ、俺の腕に飛びつく。
「お、おれ……行ったことねぇけど、すっげぇ場所なんだろ?魔導列車とかあるんだよな!」
カイは興奮気味に前のめり。
一方のノワールは、鋭い目で特使の背中を見つめていた。
「レオン。奴らの瞳は欲望だ。殺すわけじゃない。ただ、お前を所有したがっている」
その言葉が重く胸に沈んだ。
◆
夜。ギルド長室。
「行くしかないようだな」
エドガーが、苦々しい顔で言った。
「協会は……精霊を兵器にできると本気で信じている連中だ。精霊と共に生きるなんて考えは、甘いと切り捨てる」
「兵器……?」
俺の中で、疑念と怒りがくすぶった。
ノワールやミルを――道具扱いするってことだ。
「だが、お前の信念は、お前が守れ。王都に行けば、味方も敵も増える。隙を見せるなよ、レオン」
エドガーが手を差し出した。
その手を強く握り返し、俺は小さく頷いた。
「必ず戻ってきます」
◆
翌朝。荷造りを終えた俺は、ギルド前に立っていた。
ミルはいつになくドレスアップしている。
ふわっと広がる白いスカートに、淡い宝石の髪飾り。
「どう? 王都スタイルだよっ!」
「いや、いつもより……すごいな」
「レオンだってもっとおしゃれしなさいよ! 王都でモテなくなるわよ!」
「モテる予定はないんだけど」
ノワールが俺の肩に飛び乗り、小さく囁く。
「……もし危険を感じたら、すぐ言え。あいつらが何を企んでいようと、俺が守る」
「ありがとう、ノワール」
列車の汽笛が響いた。
特使が冷たい目で俺達を振り返る。
「レオン=アークライト。お時間です」
俺は大きく息を吸い、仲間と共に列車へ乗り込む。
その瞬間、遠くの屋根の上で
黒いローブの影がこちらを見下ろしているのに気付かなかった。
ただ――胸の中に、理由のない不安が広がる。
自由のためか。支配のためか。
俺はどちらへ向かうのだろうか。
列車が動き出す。
俺の知らない未来へ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
本日より短編で掲載しておりました
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、森でパン屋を開いたら辺境伯に溺愛されました 〜悪女呼ばわりした元婚約者よ、助けを求められてももう遅い〜
を連載版でを本日より投稿しております。下記リンクより移動できます。
軽く紹介させていただきます。
公開断罪で婚約破棄され、「悪役令嬢」として北の辺境に追放された公爵令嬢リリアナ。
……なのに当人はどこか嬉しそう。
ブラック企業で働き詰めだった前世の記憶と、《生活鑑定》スキルを頼りに、
「今度こそ、のんびりカフェをやって生きていきます」と決めたから。
寒さ厳しいノルドハイムの街で、穀物コーヒーとあったかスープの小さな店を開いたら、
疲れ切った兵士たちや子どもたちが笑顔を取り戻し、
無愛想で怖いと噂の辺境伯様まで、いつの間にか奥の席の常連さんに。
罪人として捨てられたはずが、「ここにいてほしい」と望まれる居場所になっていく、
ごはんと恋とスローライフ、時々ざまぁな、ほっこり系異世界恋愛です。
もしよければお読みいただければと思います。




