第18話 契約の再誓
凍った核が、白銀の床の中心で呼吸していた。
触れれば砕けるのではなく、近づけばこちらの拍を奪う。古代の絶望が、固い温度のまま閉じ込められているのが分かる。
俺は一歩進み、胸の《炎紋》に指を当てた。右手の六花が、それに同拍でひらめく。
「――もう一度、共に歩もう」
白い声が降りる。
「……ならば、この氷を融かしてみせよ」
試す声じゃない。問う声だ。なら、答えるのは力じゃない。
隣で、フローリアが俺の右手にそっと自分の手を重ねる。掌は上。支配でも服従でもない合図――ただ“間に立つ”手だ。
「いこう、レオン」
「ああ」
呼吸を合わせる。均熱:丸め:間=三:二:一。
胸の白金が静かに広がり、六花が二人の間で同拍になる。俺の手の六花は二重――心奥で受け取った核鍵片が第二層を刻んだからだ。
床に薄い花弁の輪が咲き、凍核へ向けて通路が伸びた。
「始める」
俺は宣言で言葉を置く。
「奪わず、閉ざさず、隣に在る」
フローリアが頷く。
「痛みを分け、角を丸め、輪に戻す」
二人の声がひとつに重なる。
「――《氷華契約》!」
白銀の空気が一歩、やわらぐ。凍核の表面に走っていた微細なひびが、音をやめた。
まずは均熱だ。
炎紋を白金域にとどめ、熱を燃やさずにならす。凍核の内側に積み重なっていた温度梯子――冷とさらに深い冷の段差が、ゆっくりと均された。
氷は解けない。けれど、角へ至る最短経路が消える。熱と冷のけもの道が草に覆われていく感覚。
「次、わたし」
フローリアの睫に、涙がひと粒、生まれる。落ちる前に光になり、通路へ染み込んだ。
涙継ぎ。
氷の中に封じられた言えなかった痛みが、細い水路で俺たちへ分けられてくる。胸の奥がひとつ、重くなる。けれど――切れない。
遠くでリアの祈りが糸を太らせ、エリシアの橋が通路を安定させる。
「拍、大丈夫。通ってる」
耳の片隅でゼルフィアの声。
「負荷、上限近い。三拍ごとに均熱で削って」
了解、と短く返す。
黒銀の棘線が外周から滲み込んだ。ゼファードだ。
「移送門残骸、再利用――後段式・改」
彼の乾いた声。広間の縁に黒い柱が再び芽を出す。
「させない」
ミルの風が視線を白に染め、スヴァルドの剣が結び目を正確に穿つ。
カイが壁際で血の味を噛み殺し、「十拍は稼ぐ」と笑い、ゼルフィアの雷が棘線へ逆相を差し込む。
味方のリズムが、俺たち二人の足場を支える。
「最後――角を丸める」
フローリアの指先に、氷花が咲いた。凍核片の鋭い稜に花が次々と重なり、角が丸面へ変わっていく。
俺はその丸面へ、白金の均熱をそっと通す。焦らず、焦がさず、ただ温度差を削る。
氷の中で、閉じ込められていた断片が水になる。水は通路を伝い、床の花環へ帰っていく。
城下の誓環歌が、広間へ届いた。母音の輪が一段大きくなり、吹雪の粒が音符みたいに舞う。
凍核の中心が、透明に透けた。
俺は、古の一句をもう一度復唱する。
「精霊は人を信じたい。人もまた、精霊を信じるためにいる」
白い声が、わずかに頷く。
最後の角へ、二人の六花を重ねる。空気がきいんと澄み、氷が――解けた。
吹雪が歌へと変わる。
白銀の広間に、静かな和音が満ちた。王城の軋みが止まり、崩れていた細かな氷片が雪に戻って床をやさしく覆う。
白光の外套が、人の輪郭へ収まっていく。
氷の王――ルシエルが、こちらを見る。
低く、短く。
「……応えよう」
熱でも冷でもない、承認の言葉。
次の瞬間、俺とフローリアの手の甲に印が刻まれた。二つの六花が絡み合い、輪を形作る――氷華輪紋。
痛みもない。ただ、わずかな温が皮膚の下に広がった。
広間の縁で、ゼファードが副官に短く告げる。
「目標、奪取不能。計画は次相に移行。――撤収だ」
黒銀の柱が沈み、棘線がほどけていく。彼の灰の瞳は最後まで揺れない。けれど、その視線は負けを認めていた。
「ふぅ……終わった?」
ミルが腰に手を当てて息を吐き、
「終わってない。次は始まりだ」
カイが苦笑して、脇腹を押さえる。
リアの祈りが細くなり、エリシアが胸の紋に手を添える。
「……橋は、保てた」
ルシエルの視線が、ゆっくり王都の方角へ向いた。
白い風が一度、屋根の上を撫でる。雪が新しい拍で舞い、街路の灯がひとつ、またひとつと温を取り戻す。
「重すぎる痛みは――」
王は静かに言った。
「眠りに返そう」
白い雪が、記憶の角を丸めるために降っていくのが分かった。泣き声は消えない。けれど、刺さらなくなる。
それは奪う行為ではない。隣に在るための忘却だ。
フローリアが、俺の手をぎゅっと握った。
氷華輪紋が、二人の拍で微かに光る。
「ありがとう、レオン」
「こっちこそ」
王の白光が少しだけ薄れ、広間に静寂が落ちる。
遠くの誓環歌は、もう“祈り”というより“子守歌”に近かった。
ルシエルの声が、本当に小さくなる。
眠りの前に、灯を残すように。
「――お前の炎が、また世界を照らす日を願おう」
胸の白金が、ふっと灯った。
その温度を忘れないうちに、俺は目を閉じ、ひとつ呼吸を整えた。
輪は歌に戻った。
そして歌は、次の静けさへ。
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