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精霊契約でパーティー追放されたけど、今さら戻ってこいとか言われても遅い!  作者: 夢見叶
第6章 氷の王国と契約の少女

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第17話 絆の共鳴

 鏡門の縁を越えた瞬間、世界が音の前に温度で形を持った。


 足の下は静かな氷鏡湖。一歩ごとに白銀の輪紋が広がって、遠くでやわらかく重なり合う。

 湖上には細い回廊が組まれ、頭上では一本の樹が鏡の葉を茂らせていた。葉に触れる風が、誰かの昔語りみたいにさらさらと鳴る。


 胸の《炎紋》を白金域へ。右手の六花がそれに同拍して光る。

 均熱:丸め:間=三:二:一。呼吸を整えるほどに、湖面のゆらぎが落ち着いていく――信の秤は正直だ。


 背後――現実の広間は遠い。けれど、糸はつながっている。ミルの風が通路を押さえ、カイが囮で時間を買い、リアの祈りが拍に温を与え、ゼルフィアが「安全三拍」を刻んでくれている。そのどれもが、ここでの俺の一歩を軽くした。


 鏡の葉をそっと撫でる。淡金の文字が流れ、指先に昔の昼が触れた。



 黄金時代の昼。

 白い庇の影で、少年が笑っている。俺に似た面差し――レオニス。隣には白い王、そして幼いフローリアの姿。

 何でもない午後。何でもなさが、たまらなく貴重だ。


「――精霊は人を信じたい。人もまた、精霊を信じるためにいる」


 レオニスが言う。

 その一文が湖に落ち、長い輪紋になって広がっていく。

 胸の奥で《炎紋》がこつと跳ね、右手の六花が答える。――ここが、始まりなのだと体が理解する。


 次の葉に触れる。昼は夜へ傾き、都市の上に黒銀の棘線が広がっていく。

 命令の言葉、従属誓文。

 レオニスは宣言で立ち向かおうとするが、主語の角があちこちに食い込み、輪が軋む音がした。


 思わず拳を握る。ここで俺ができるのは、言葉を整えることだけだ。



 湖の中央、白い気息が下りる。問いは刃ではない。けれど鋭さは変わらない。

「名を捨てる理由を言葉で示せ」


 俺は頷き、主語を捨てた構文で返す。

「奪わず、閉ざさず、隣に在る――輪を守るため、名は重ねない」


 言葉が落ちる。湖面のゆらぎがすうっと引き、信の秤が静まった。

 いい。間は確保できている。


 次に現れたのは、湖心に沈む凍涙だった。触れれば、過去の痛みがこちらへ流れ込んでくる。

「……逃げない」

 右手を伸ばし、触れる。冷が骨に入ってくる。均熱で温度差を削ぎ、丸めで角を受け流し、最後に間を空ける。

 胸の奥が軋む。けれど、切れない。


 遠い現実から、水の音が届いた。フローリアの――涙継ぎ。

 彼女が痛みを分けてくれている。エリシアの“橋”が通路を安定させ、リアの祈りが波をならす。

 俺は一人じゃない。輪の上に立っている。


「――もう一度、聴いてくれ」

 湖と樹と白い気息に向けて、宣言で言葉を置く。

「輪は名のものにあらず。隣に在る者のもの」

 呼吸を合わせ、もう一節。

「そして――精霊は人を信じたい。人もまた、精霊を信じるためにいる」


 鏡の葉が一斉に震え、細い歌が降りてくる。湖の淡金は白金に明度を上げ、《誓文樹》の影さえやわらいだ。

 白い気息が、問いの鋭さをほんの少し抜く。

 ――聴いている。王は、聴く者の相へ半歩移った。


 湖底から、六花の欠片が浮いてきた。掌に乗せると、右手の印が二重に重なって、第二層の紋が刻まれる。核鍵片。

 皮膚の下で六花と六花が呼び合い、フローリアの気配が近づく。

 これで――共鳴路が整った。


 遠景の吹雪が、少しだけ薄くなるのを感じた。現実の広間で、市民の誓環歌が一段強くなっているのだろう。

 同時に、黒銀の棘の拍がわずかに戻った。ゼファードが後段式の改を仕掛けている。スヴァルドが結び目を見張り、ミルとカイが持ち場を死守してくれている姿が目に浮かぶ。


 白い気息が、最後の一降りをする。


「問は尽きぬ。ならば――見せよ」

 湖心の氷が裂け、黒く深い凍核片が姿を現した。

「……この氷を融かしてみせよ」


 力押しの命題ではない。位相を合わせ、痛みを分け、角を丸め、歌に戻す作業――そういう種類の試練だ。


 俺は凍核片から視線を外さず、右手の六花に拍を落とす。掌の奥で、新しく刻まれた第二層が鈴のように微かに鳴った。

 ――届く。フローリアへ、繋がる。


「受け取った」

 小さく言って、回廊を振り返る。鏡門の向こうで、白い広間が遠さをやめる。

 あの手はそこにある。俺の隣に。



 現実へ戻った瞬間、吹雪の音が耳を打った。

 六花紋が高く鳴り、フローリアの六花がそれに答える。視線が交わるだけで、通路が明るくなる。


「どうだった?」

 ミルの声。

「短く言えば――鍵は入った」

 ゼルフィアが盤面をのぞいて頷く。

「共鳴路、安定。短時間なら二重負荷を許容できる」

「三拍は稼ぐ」

 カイが苦笑して、まだ立っていることを示す。

 リアが祈りの糸を太くし、エリシアが静かに一歩、前へ。

「橋は、保つ」


 白い声が、最後にもう一度だけ降りてきた。

 問いの形をした――信頼。


「契約者よ」


 俺は答えるために、肩の力を抜いた。

 均熱:丸め:間=三:二:一。

 六花と六花が、同時にきらりと光る。


「やろう、フローリア」

「うん」

 二人で息を合わせる。

 輪の上で、歌の前の静けさが成立した。


 ――融かすのは力じゃない。

 痛みを分け、角を丸め、隣に在ることの温度で。


 俺たちは手を取った。

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