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精霊契約でパーティー追放されたけど、今さら戻ってこいとか言われても遅い!  作者: 夢見叶
第6章 氷の王国と契約の少女

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第15話 氷の王、覚醒す

「――契約者よ、なぜ封印を解いた」


 白い声が、広間の天蓋から降りてきた。音より前に、温度が落ちる。耳の奥で鈴がひとつ、深く響き、従属誓文の命令位相が一段鈍った。


 床下で、巨大な氷翼がひらいた。

 封印紋の最後の花弁が消えた瞬間、天窓の霜が内側から弾け、粉雪が落ちる。白い昼のような明るさが、白銀の広間を満たした。


 スヴァルドが王核室の前で剣を立て、儀礼姿勢に移る。敵に刃を向ける構えではない。――王に対する剣だ。


 俺は胸の《炎紋》に手を当て、呼吸を合わせる。右手の六花が小さく同拍で鳴った。隣ではエリシアの混血紋が痛まずに揺れ、彼女の肩がほんの少し下がる。


「解いたのじゃない」

 俺は宣言で返す。

「正しく開いた。奪わず、閉ざさず、隣に在るために」


「私は――」

エリシアが一歩、前へ。

「人でも精霊でもない間。この国の橋として、ここに立ちます」


 白い声はすぐには返らなかった。かわりに、広間の光がわずかにやわらぐ。淡金の輪紋が床にひとつ、増えた気がした。


 外では鐘の拍が避難配列に切り替わる。運河は静音のまま凍り、屋根の霜が花を咲かせる。遠景で吹雪の壁が立ち上がり、王国を包囲するように閉じていくのが分かった。


 その白さの縁で、灰の外套が動く。

 ゼファードだ。広間の周縁に、黒い柱――位相アンカーが等間隔に立ち上がった。柱と柱を棘の線が結び、薄い輪になって床に沈む。


「後段式、起動」

 彼の声は淡々としていた。

「覚醒出力を奪還する」


 黒銀の棘環が広間の外周に現れ、鈴の痛み拍が持ち上がる。

 俺は反射で六花を灯し、半径数歩の無音帯を張った。凍焼の痺れが右の指先へ走る。大丈夫、まだ保てる。


「契約者」

 白い声が落ちる。

「誰のために開いた」


「隣に在る者すべてのために」

 俺は言う。

「この国をはじめとして――輪の外にいる者へも橋を」


 エリシアが続ける。

「王に届く道を、人の声から精霊の声へ繋ぎ直すために」


 白い気息が、天蓋から一度、ゆっくり吐かれた。

 その呼気の底に、古い痛みが混じっているのが分かる。――滅びの約定の、冷たい名残。


「輪は裂けた」

 声はつぶやくようで、広間全体に響いた。

「なぜいま、再び開く」


 フローリアが小さく息を呑む。彼女の六花が胸もとで震え、指がわずかに握られる。

 俺の視界の端で、白い都市の昼が重なる。レオニスの拍が薄くつながり、胸の中で白金の輪が広がる。


「民の母音が、届いています」

 リアが控えめに言った。

「城下で――誓環歌が始まった」

ゼルフィアが位相盤を見せる。街路に沿って淡金の線が灯り、広間の色が一段明るくなる。


 ゼファードの棘環が唸り、覚醒出力の一部を偏流させる。広間の奥で移送門が半分だけ形を取りはじめた。

「保全のための搬送だ」

 彼は視線も寄越さず言う。

「神座は空席であってはならない」


「空けたのは、名を捨てた王の責任だ」

 俺はゼファードに視線だけで返す。

「俺たちは隣に在る責任を継ぐ」


 棘環の縁が広間の淡金を噛む。痛み拍が刺さり、無音帯の輪が軋む。

「結び目、三点」

 ゼルフィアの声が早口になる。

「北、東、南――同時なら落ちる」


「承知」

 スヴァルドが剣を半ば構えて静かに踏み出す。ミルは風で視界を白にし、カイが血を滲ませながらも囮へ回った。

「十拍、稼ぐ」――息が荒い。だが立っている。


 俺は六花でミュートを一段厚くして、エリシアの脇から北の結び目を刺す。

 白金の輪紋が黒銀の角を丸め、一瞬、噛み合わせが緩む。


「今!」

 スヴァルドの剣先が東の結び目に正確に入る。

 ゼルフィアの逆相が南へ落ち、棘環がばちりと火花を散らして裂けた。


 移送門が崩れ、黒銀の柱が呻く。その反動が逆流になって、広間いっぱいの冷気が爆ぜた。

 膝が笑う。指先の凍焼が肘へ伸びる。カイがよろめき、ミルが片肩を抱いて支える。リアの祈りが糸になって各所を縫い止めた。


 そのとき、白い声が二度目の問いを落とす。


「輪は誰のものか」


 俺の口が、自然に動く。

「名のものではない。隣に在る者のものだ」


 エリシアが頷く。

「橋のものでもある。渡る者、渡される者、どちらかだけのものじゃない」


 短い静寂。白い気息が、今度はほんの少しだけ温を帯びる。

 氷翼の中心に、人の輪郭が立ち上がった。顔は白光に覆われ、視線だけが――確かに、こちらを見ている。


 その視線が、一瞬、フローリアに合った。


 彼女の肩がわずかに震え、次の瞬間、震えが止まった。

 六花の光が、ぴたりと定まる。


「――私が王の意志を受け止めます」


 フローリアが前に出た。

 王の呼気が、そこだけ深くなる。

 白光の内側で、古い記憶が形になりかける。滅びの約定の冷たさ、手放した名の痛み、雪に紛れた泣き声――。


「フローリア!」

 呼びかけるより早く、氷意の奔流が彼女へ落ちた。

 氷花の盾が音もなく砕け、フローリアの身体が弾かれる。床に片膝をつき、息を詰めたまま顔を上げる。


「――あなたの記憶が……残酷すぎる」


 言葉は掠れ、しかし確かに届いた。

 広間をめぐる白の気配がわずかに揺れる。

 王の輪郭が、もう一段、鮮やかになる。


 六花が胸で跳ねた。俺は一歩、彼女の方へ踏み出す。

 ゼファードの残る柱が、低い唸りで再起動の拍を刻み始める。外の吹雪は厚みを増し、時間は細っていく。


 次の問いが、白い風に積もっているのが分かった。


 ――ここで、受け止める。


 俺は呼吸を整え、凍える指を握り直した。

 最後までお読みいただきありがとうございます。


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