第14話 王女の涙
最初に冷たくなったのは、空気の音だった。
王核室前の広間に、白い風が走る。
エリシアの肩口――鈴刃に裂かれた傷痕から、細い氷光が脈打って床へ落ちる。淡金の古式誓句が、白青のノイズを帯びてきしんだ。
王核が低く鈴を鳴らす。広間の氷文字がざわつき、氷の暴風が起きた。
近づこうとしたフローリアの手が、弾かれる。ミルの風は巻き上げられ、リアの祈りは乱反射で散った。
スヴァルドが剣を半ば抜きかけて止める。
「無闇な介入は均衡を壊す」
エリシアは胸を抱いたまま、呼吸が乱れている。ほおを伝う涙が、床で結晶になって弾けた。
「来ないで……来ないで……!」
細い声は、風の刃になって自分を守る方へ曲がる。
黒銀の旗が角の向こうで再編の気配を立てる。ゼファードは距離を取り、計測だけを続けているようだった。
俺は右手を上げる。六花紋が胸の炎と同拍で鳴った。
「遮る」
掌から淡金の輪を広げる。共鳴遮断――半径数歩の無音帯が広間にひとつ、浮いた。
胸の呼吸を数える。均熱:丸め:間=三:二:一。三拍吐き、二拍で角を丸め、最後の一拍で空ける。
凍焼の痺れが腕に走る。大丈夫、持つ。
俺は暴風の中心へ声を投げた。命令じゃない、宣言で。
「奪わない。閉ざさない。――隣に在るために、俺は来た」
エリシアが顔を上げる。瞳の奥で、氷と人の二重紋がぶつかっている。
反射で拒絶しかけた唇から、言葉がこぼれた。
「わたしは……人でも、精霊でもないの……! どちらにもなれない……!」
風が鋭くなる。床のノイズが、さざ波から波頭へ変わる。
「なら、こうしよう」
俺は一歩、さらに踏み込む。六花の輪が足元でちりと音を立てた。
掌を上に向けて差し出す。支配でも服従でもない合図。――ただ間に立っていると示す手。
「そんなことない。お前はお前だ。人でも精霊でもないその間に、立てるのがお前だ」
触れそうで、触れられない距離で、彼女の指が震える。
結晶の涙がもう一粒、落ちる。――割れずに、溶けた。
彼女の手が、そっと、俺の掌に重なった。
同拍が合う。
六花紋と混血紋が一度だけ強く光り、暴風の縁が丸くなった。
リアの祈りがようやく通る。ゼルフィアの位相板に、ノイズが減衰するグラフが滑っていく。
スヴァルドが剣先を下げた。
「均衡、戻る」
フローリアがふたたび肩に触れる。今度は弾かれない。
彼女の冷は柔らかく傷口の周りを包み、痛みの角を丸める。
「……ごめんなさい」
エリシアが、俺の手を握ったまま小さく息を吐く。
「怖かった……どちらにも、嫌われるのが」
「嫌われてない」
俺は首を振る。
「俺が、ここにいる」
「……ずるい言い方」
うっすら笑ってから、彼女の目にまた涙が溜まる。今度は水のまま、静かに落ちた。
そのときだ。
広間全体の拍が、自然にそろってしまったのが分かった。
火――俺。氷――フローリアと奥に横たわる王核。間――エリシア。
三者同拍が、誰も意図せず成立する。
王核室の扉に刻まれた封印紋が、ひとつ、またひとつとほどけていく。
逆流する黒銀の棘線ではない。古式の、淡金の手順。
ゼルフィアが青ざめた声を上げる。
「待って、これ――正規解錠で動いてる!」
リアの祈りが震える。
「原初の誓句の通りに……扉が……」
角の向こうで、ゼファードが振り返る気配はなかった。彼は顔色ひとつ変えず、副官へ短く命じる。
「後段式へ移行」
封印紋の最後の花弁が、音もなく解けた。
広間の床下で、巨大な翼のような影がうごめく。冷気が内側から天窓へ伸び、霜が瞬く間に咲いた。
エリシアが力を込めて、俺の手を握る。
「わたし、間に立つ。――もう、逃げない」
「ああ」
「レオンは?」
「隣に在る。何度でも」
ミルが空気を読まず小声で「キマってる~」と言い、リアが肘で小突いた。カイは壁にもたれ、痛い笑いで親指を立てる。スヴァルドは扉の前で、静かに剣を構え直した。
扉の向こうで、氷翼が広がる音がした。
天窓の霜が内側から砕け、細かな雪が広間へ舞い落ちる。
白い風が戻り、けれど今度は、最初に冷たくなった音が――歌に近づいている。
封印は、もう開く。
俺はエリシアの手を離さず、胸の拍を整えた。
次の一言を、受け止めるために。
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