第13話 協会の襲撃
黒銀の門が、廊下の角に並列で開いた。
鏡面の向こうに、同じ廊下が見える。そこから、黒銀の近衛が波のように押し寄せる。刻印鏡の門――協会式の転移連結。鈴の乾いた音が拍を刻み、命令の言葉が主語を引いて走る。
「王核は保全のため、協会が預かる」
拡声の声。ゼファードだ。灰の瞳は揺れない。
俺は一歩、前に出た。右手の六花が胸の炎と同拍で鳴る。
「――この国の精霊は渡さない!」
空気がきしむ。
黒銀の幕が押し寄せ、白銀の床が低くうなる。
「分かれる」
短く言って、仲間と視線を結ぶ。
「前衛は俺とフローリア。AとBの継ぎ目で共鳴遮断、突入口の鈴を黙らせる。支援はリアとゼルフィア。A側は位相固定→逆相崩し、B側は母音の補強。遊撃はミルとカイ。Cの搬出路を切断して攪乱。エリシアは通行権の確保と避難指示、王核室の鍵を」
「了解!」
ミルが風の層を靴裏に纏い、カイが頷いて影に消えた。包帯の下、古傷の熱が戻っている顔だ。
黒銀の近衛が霜封枷網を投げる。空気に張られた枷が、網のように関節を縫い留める。
「共鳴、落とす」
俺は六花を灯し、淡金の輪を地に広げた。無音帯が伸び、鈴の波形が輪の縁でぷつりと切れる。
「今!」
フローリアが氷花を散らし、関節の角を丸める。網は丸いものを掴みにくい。近衛の動きがなめらかに失速した。
「位相、固定」
ゼルフィアの指先で稲光が微振動を刻む。鏡門の縁がわずかにずれ、転移した近衛同士が半歩ずれて衝突した。
「母音、入れる!」
リアの声が、兵の耳の奥に温い間を置く。揺れた心拍が戻っていく。
Aレーンはひとまず抑えた。だが、Bの主階段から新手が来る。Cの井戸――搬出路も黒銀が棘線で再活性化している。
「Cに入る」
カイの声が耳飾り越しに落ちた。ミルと二人、井戸の鎖をすべる音。
俺は視界を紋視に切り替える。床と壁に淡金の曲線、その上に黒銀の棘線。
棘線の太い流れは、城の中心――王核室へ。
Aレーンでの押し引きが一段落したところで、灰の外套がひとつ、前に出た。
ゼファード。
従属誓文の合唱が近衛の背後で響き、術の通りが一段、上がる。
「秩序は保管に宿る。名は束ねられるべきだ」
命令の言葉が、術の骨格に主語を差し込む音がする。
「名は重ねない。間を保証するのが誓いだ」
俺は答える。言葉は術だ。胸の炎が白金で鳴る。
ゼファードのまぶたが、ほんのわずかに動いた。感情ではない。計測だ。
従属誓文と霜封枷網の二段拘束が飛ぶ。
俺は淡金の共鳴遮断で鈴の根を断ち、フローリアが氷花で角を丸め返す。
術と術の翻訳。命令を宣言に戻し、縛りを保証へ返す。
そのとき、耳飾りが短いノイズを吐いた。
「……着いた。ハブ、視界に」
カイだ。息が上がっている。
「黒銀の棘、三本合流。そこを切れば搬出路は死ぬ」
俺は視界の地図を言葉にして、カイの耳へ渡す。
「ミル、三拍後に風層で右へ。偽足跡は左に撒け」
「了解っ!」
風の音が一度、細く鳴り、足音が二方向に分かれていく。追手の視線が迷う。
金属と布が裂ける、乾いた音。
「……切った。――っ」
同時に、短い吸気。
耳の中に、血の匂いが流れ込んでくるようだった。
「カイ!」
「大丈夫……今は倒れない」
刃の笑い。強がりの角が、喉に引っかかる。
Bレーン、王核室前。
白銀の扉の前に、スヴァルドが立っていた。氷鎧の巨影。柄に添えた手が、今は抜くための位置にある。
「今は均衡の剣だ。――共に立つ」
短い宣言。
「借りる」
俺は頷き、視界の棘線を指示に変える。
「右の柱、根元に結び目。そこを」
スヴァルドの剣先が、冗談みたいに正確にそこへ入る。黒銀の棘がほどけ、術の縛りが緩む。
フローリアが王核室の扉に霜花の楯を重ね、衝撃を丸める。
階段の踊り場に、血を拭ったカイが現れた。脇腹の包帯が赤に濡れている。
「三十拍、稼ぐ」
ミルがすぐ後ろで風層を斜面に変え、敵の足元を崩す。
リアの止血祈りが遠距離で糸のように伸び、ゼルフィアの雷幕が射線を切る。
ゼファードは微動だにしない。
「奪還だ。神座は空席のままを許さない」
「座を空けたのは、名を捨てた王の責任だ」
言葉が、火花の形で空間に刺さる。
「俺たちは隣に在る責任を継ぐ」
回廊の奥から、黒銀の搬出棺が現れた。四脚の台座に棘文。従属誓文が微細な命令で脚を動かし、音もなく進む。
俺は紋視で搬出路の温度梯子を視る。白金を薄く流し、梯子の段差を削いだ。
フローリアが霜花の奔流で棺の脚を丸氷に変える。丸は転がるが、止まる。自重に負け、棺は腰を落とした。
鈴が一段、強くなる。
ゼファードが出力を上げたのだ。城全体の痛み拍が、鈍く、重く、押し寄せる。
共鳴遮断の輪を保つたび、右手の凍焼が指へ走る。痺れをフローリアの冷で丸め、もう一歩前へ出る。
「ここは私が開ける」
エリシアが、王女の鍵を取り出した。混血の紋が肩口できらめき、王核室の正規儀礼路(淡金)が濃くなる。
「だから――守って」
鍵が回った瞬間だった。
音のない刃が、斜めに走った。
鈴の形をした、透明の刃。鈴刃だ。
「――っ」
エリシアが、王核を庇って身を傾ける。
肩から胸へ、遅れて痛みが来る。氷と人の二重紋が逆流し、肌の下で位相がきしむ。
「エリシア!」
手を伸ばしたフローリアの掌が、はじかれた。混血紋のノイズが周囲を弾く。
王核が低く唸る。白銀の床の文字がざわつき、空気が冷たく尖る。
「退路、印す」
俺は壁に返路アンカーを二点置いた。花紋が淡く開閉し、戻る場所を約束する。
「カイ、――」
「まだやれる。十拍」
血の気の引いた顔に、笑いの線が一本、引かれている。強情な線だ。
エリシアの瞳が氷光に濡れる。呼吸が荒く、言葉が途切れる。
「わたし……わたしは――」
床に落ちた涙が、結晶になり、はじけた。
王核がそれに呼応して、さらに低い鈴をひとつ鳴らす。
ゼファードが視線だけで隊を下げる。撤収のふりだ。次の波を、もう組んでいる。
黒銀の旗が一歩退き、角の向こうで再配置の足音が混ざる。
俺はエリシアの前へ出た。六花紋が、胸の炎と強く同拍を取る。
彼女の両肩を風と冷が避け、誰も近づけない中、ただ一つの間が俺の足元へ開いていた。
「――守る。王核も、この国も、お前も」
言葉にした責任が、白金の輪になって足元で広がる。
白と黒の境界が、再びきしむ。
刃の音はない。鈴の音だけが、冬を長くする。
俺は右手を握り、次の拍を待った。
最後までお読みいただきありがとうございます。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークすると更新通知が受け取れるようになります!
ブクマ、評価は作者の励みになります!
何卒よろしくお願いいたします。




