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精霊契約でパーティー追放されたけど、今さら戻ってこいとか言われても遅い!  作者: 夢見叶
第6章 氷の王国と契約の少女

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第10話 精霊たちの黄金時代

 白い光は冷たくなかった。

 けれど、余計なものは一切許さない――そういう清澄さだった。


 氷冠宮・白王の間。天蓋は薄氷を幾層にも重ねたようで、言葉が母音にほどけるたび、天井裏の結晶が柔らかく呼吸する。足もとには鏡湖。踏みしめるごとに白金の輪紋が広がっては消える。


 少年――レオニスが一歩、進む。その隣に、小さな六花をまとった少女精霊。今より幼いフローリアだ。

 俺はその少し後ろを観測者としてついていく。触れられず、影も落とせない。ただ、胸の《炎紋》だけがここでも拍を刻んでいた。


 白光の奥で、声がした。


「来たか、子よ。間を問おう」


 氷精霊王・ルシエル。

 威圧はない。けれど、こちらの呼吸が乱れれば一瞬で見抜かれてしまうような視線だった。


 白い風が、レオニスの呼気を試す。俺の胸も、つられて拍を整える。――均熱、丸め、間。三拍吐いて、二拍で丸め、最後の一拍で“空ける”。


「まず問う。人と精霊は対等であるべき――その実、何を分かち合う」


 ルシエルの声は、氷の底を流れる水みたいに静かだ。


「権利ではなく、責任です」

 レオニスの声は震えていない。

「炎は温度の梯子を均し、氷は痛みの角を丸め、互いに間を空ける。奪わず、閉ざさず、ただ隣に在る――その分担を約することが、対等の始まりです」


 鏡湖の上に、光の文字がひとつずつ浮いては沈む。

 《奪わず/閉ざさず/隣に在る》


「よい。ならば次だ。力は境を越える。越境の規律は何だ」


「誓いは命令ではなく――宣言です」

 レオニスは息を揃え、床に落ちる声を見つめる。

「主語を捨て、間を先に置く。越境のときは呼気の配分――均熱:丸め:間=三:二:一。これを破るなら、輪は割れます」


 ルシエルの唇が、わずかに弧を描いた。

 白い指が湖面へ触れる。白金の拍が一つ落ち、広がっていく。その響きは、俺の胸の燃やさない炎に酷似していた。


花弁ペタラよ。証を」


 呼ばれて、フローリアが一歩前へ出る。幼い横顔が、涙で潤んでいた。

 彼女は小さな札――誓環の札を両手で差し出す。


「……あなたは、火で奪わず、氷で閉ざさず、ただ隣に在ることを選んだ。――その証です」


 レオニスが札を胸に当てる。古式炎紋の縁に、細い白金が灯った。

 その瞬間、俺の《炎紋》にも、温い刺し痛が走る。過去の決意が、現在の皮膚を軽く叩いたみたいに。


「契約とは何か」

 ルシエルは視線だけで問う。


 湖面に、原初の誓句が現れた。


『われらとなる。痛みは分かち、名は重ねず。奪わず、閉ざさず、ただ隣に在る。』


「環は境界線であり、共生の形だ」

 ルシエルの説明は、凪いでいてよく通る。「痛みは分かちは、均熱と丸めの規範。名は重ねずは、支配の否定――対等の宣言。これを破る契りは、誓いではない」


 レオニスが復唱する。母音が白く伸び、鏡湖に三つの拍が重なる。火、氷、そして間。

 輪紋は綺麗だった。壊す理由がどこにもないほどに。


 ――それでも、壊れたのだ。


 遠い廊の陰に、灰衣の学匠たちが立っているのが見えた。彼らは声を潜め、何かを紙に記している。

 耳が拾った言葉は、嫌な冷え方をしていた。保管封氷/従属誓文/核片抽出。


 ルシエルの視線が、陰へすっと流れた。

「誓いを兵器に堕とすな。……輪は壊れる」


 声は届いているはずなのに、彼らは目を逸らし、紙の上で線を太くした。

 レオニスが一歩、前へ出る。


「説得します。対等の意味を、僕の呼気で――」


 その肩を、フローリアが掴んだ。幼い指が震えている。

 彼女は言葉を探し、探し当てられず、かわりに拍で寄り添った。同拍。涙の重さを、母音が少しだけ軽くする。


 ルシエルは二人を見て、深い息をひとつ。

「ならば、これを授けよう」

 誓環の札がもう一枚、白光の中から現れ、レオニスの掌に落ちた。

「危機の折、記憶の扉を己の拍で開け。戻る道を見失うな」


 ――確かに、俺の《炎紋》にも、小さな返路の印が一瞬だけ灯った。過去の鍵が、現在の皮膚に場所を覚えさせる。


 白王の間の光がわずかに揺れ、ルシエルが低く続ける。


「覚えておくがよい。もし輪が裂けるなら――」


 言葉が氷の奥へ沁みていくのを、はっきり聴いた。


「――記憶を凍らせよう。継ぐ者が現れるまで」


 胸の拍が、そこで強く跳ねた。

 俺は今を思い出す。城下で鈴が乱れている現在、扉のこちら側でエリシアが蒼白になりながら同調を保ち、ゼルフィアの罠雷が時間を稼ぎ、ミルとカイが追手の足どりを散らしていることを。


 過去と現在が、輪の上で同拍になった。


「行け、子らよ」

 ルシエルは最後に、静かに告げた。

「輪を護るのは、隣に在る責任だ」


 白光がほどけ、白王の間の輪紋がゆっくり消えていく。

 レオニスは札を胸に、フローリアは涙を拭い、二人とも前を見て頷いた。


 世界はこのあと、約定へ向かう。

 俺は分かっている。だけど、目を逸らすつもりはない。

 この記憶に触れた責任が、いま俺の胸で熱と冷を同時に鳴らしている。


 視界の端が暗み、白金の拍が細くなる。

 扉のこちら側の冷気が、現実の皮膚に戻ってきた。


 ――帰る。けれど、持ち帰る。


 均熱:丸め:間=三:二:一。

 呼気の配り方、原初の誓句、そして“隣に在る”という言葉の重さを。


 白い風が背中を押した。

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