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精霊契約でパーティー追放されたけど、今さら戻ってこいとか言われても遅い!  作者: 夢見叶
第6章 氷の王国と契約の少女

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第9話 契約者の記憶

 ――落ちる。けれど、沈まない。


 鏡扉に触れた掌から、音が先にほどけていった。風の気配が遠のき、次に光が返り、最後に温度が合う。

 白昼の息が胸へ入り、まぶたの裏を薄金色に染めた。


 目を開けた。


 そこは、白い昼の街だった。氷の運河に沿って露店が並び、人の子と小さな精霊が肩を並べて荷を運ぶ。祈りの母音が掛け声に混じり、鍋の蓋の音や笑い声と同じ高さで響いている。

 銘板には短い誓句が刻まれていた。《奪わず/閉ざさず/輪を護れ》。


 胸の《炎紋》が、ここでも脈を刻む。けれど、俺の影には重さがない。足を進めても雪は凹まず、袖が布に触れても布は揺れない。――俺は、見るだけの存在だ。


「……ここが、記憶の世界」


 試しに露店の端の石の台座――六花の模様が彫られた鏡盆に指を置く。

 瞬間、音の層が一つ増え、こちら側へ焦点が合う。

 広場の少年の視線が、ほんの一瞬だけ、真っ直ぐこっちを刺した。


「レオニス・アルディス! 母音の拍、落ちてる!」


 師範の叱咤に、少年が振り向く。

 ――心臓が、跳ねた。

 顔立ちが、俺の少年時代を鏡で磨いたみたいに似ていたからだ。

 右手の甲に古式の炎紋。形はわずかに違うのに、鼓動は同じだ。しかもその赤に、かすかな白金が混じっていた。……ならす炎の原型。


「すみません、先生。もう一度」

 少年――レオニスは呼気を整え、短い母音を置く。

 あ――い――

 胸の奥で、こちらの拍と彼の拍が薄く重なった。


 師範は板の前に立ち、白墨で円と線を描く。

「誓いは縛りではない。あわいを保証する文だ。主語を持たず、命令しない。母音は間に橋を架ける。呼気の配り方を忘れないこと――均熱、丸め、そして間の伸ばし」


 均熱。丸め。間。

 イグニスのならせが、ここではことわりとして教えられている。

 俺は無意識に呼吸を真似し、胸の拍に数を付けた。三拍吐いて、二拍で待つ。……白金の呼気が、炎の輪郭を少し柔らげる。


 視線の端で、小さな精霊がレオニスの袖を引いた。

 雪花を纏った、薄青の羽衣。あの横顔――今のフローリアよりも幼い。名前は呼ばれない。ただ、嵐の前の湖みたいに澄んだ瞳で、彼を見守っている。


「先生、王の鏡林への進言の礼、もう一度確認を」

 レオニスの声は細いが、芯がある。

「よろしい。君の呼気なら届く。王へ問う言葉は、奪わず、閉ざさず、ただ隣に在ること――その責任の分担についてだ」


 講堂の隅で、低い私語が重なった。

「封氷は保管こそ正しい」

「誓いは不確実だ」

 ――隔離派。今の協会の祖型。

 教官は白墨を置き、ゆっくりと言う。

「隔離は痛みを増幅する。誓いは痛みを分かつための文だ。忘れるな」


 授業が終わると、レオニスは小精霊と並んで外へ出た。

 街は明るい。恐れではなく、信頼で回っている。人と精霊が並ぶ絵が、ここでは日常だ。


 俺はまた石製の手すりに指を添え、音の層を重ねる。

 レオニスの足が、ふっと止まった。

 彼は振り返って、誰もいない空間――いや、俺がいる“こちら”を見た。


「……だれ?」

 かすれた声。

 次の瞬間、焦点は切れ、俺はただの影に戻る。


 夕刻。王の鏡林は、誓いの参道だった。

 六花の碑が両脇に等間隔で立ち、触れるたびに短い断章が浮かぶ。

『われら環となる。痛みは分かち、名は重ねず。奪わず、閉ざさず、ただ隣に在る。』

 ――ここで聞いた言葉だ。胸の奥の白金が、静かに答える。


「人と精霊は対等であるべき」

 レオニスの独白は、誰にも届かない代わりに、まっすぐだ。

「対峙ではなく、隣に在る対等。僕はそのために、炎をならす」


 小精霊が涙をためてうなずく。彼女は言葉より先に、拍で彼の志に寄り添っている。


 参道の終わり、石の台座に鏡がはめ込まれていた。俺はそっと縁に触れる。

 ――合う。

 彼の鼓動と、俺の鼓動が、一瞬だけ同拍で重なった。

 鏡面に二つの姿が重ね写る。少年の横顔と、今の俺の眼差しが、輪郭だけを共有する。


「君は……どの時の人?」

 レオニスが問う。

 答えようと口を開くが、声は出ない。出ないけれど、拍だけは伝わる。

 ならす拍。隣に在る拍。


 ――戻れ、レオン。


 誰かの声が、遠いところで俺を引いた。

 意識が、薄い糸で現実に繋がっているのを思い出す。


 白い回廊。扉のこちら。

 エリシアが蒼白な顔で三者同調を保ち、フローリアが扉縁に帰還の花紋を刻んでいる。

 ゼルフィアの罠雷が二度、鈍く跳ね、カイの偽足跡が追手を横道へ逸らす。鈴の不整拍はまだ続く。――時間はない。


「もう少し……!」

 王女の指先が震える。

 俺は鏡に掌を押し当てた。

 レオニスが、こちらではない向こうの光に顔を上げる。


 扉が開いた。

 白い光が、森のように澄んでいる。

 声がした。厳かで、しかし冷たさではなく静けさを運ぶ声。


『来い、子よ。人と精霊の間を問おう』


 ――氷精霊王・ルシエル。


 レオニスは一歩を進め、俺の視界も引かれていく。

 背後で、今の俺の鼓動が急いている。行くのか、戻るのか。

 俺は短く、息を整えた。


 間に立つ。そのために来た。

 白金の呼気で拍を合わせ、光の方へ足を出す。

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