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君と出会えたから  作者: 夢野かなめ


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1話 時空逆行

 魂の重さは二十一グラム。


 それを証明したのは当時二十六歳のワカバ・ツキシタ博士だった。


 ワカバは共同開発者のクライド・スコット博士と共に、後援者のアーロン・フラー氏の援助のもと、魂を肉体と同じ物質として扱うことで、時を逆行できる時空逆行装置を開発した。


 オカルトめいた発明に各団体から抗議の声が上がったが、多くの人々の関心を掴み、それは実用化に漕ぎつけた。今では時空逆行の予約は数年先まで埋まっている。それは、安全性を考慮し、逆行装置が予備を入れて三機しか存在していないことも理由としてあった。


 人々は、好奇心を満たす為に、故人に会う為に、思い出を懐かしむ為にと様々な理由で研究所を訪れた。


 過去に戻るのは二十一グラムの魂だけ。


 原則、過去に干渉することは禁止されているが、まず過去の人々の目に映ることはなかった。時折、幽霊騒動として話に残ることが、実験から判明していた。


「ワカバちゃん、上着着ていく? 寒さを感じないとは言っても、今の時期は景色が寒いでしょう。気分的に、さ」


 助手のマリアが上着を差し出しながら言った。可愛らしい顔を気遣うように曇らせて、小首を傾げる。


「あ、そうか。最近此処に籠りっぱなしだったから忘れてた。でも、大丈夫だよ、有難う」


 時空逆行するのは魂だけとはいえ、自身の認識によって逆行先での姿形が異なる場合がある。映像で真夏の日差しを浴びれば僅かに暑さを感じるように、目的の時空に合わせて格好を変え、強く認識しておくことも必要だった。


 研究は、ひとつの成果物が出来れば終わりではない。現在は、時空逆行装置の管理、調整の必要があるし、次の研究に向けての検証を重ねる日々だ。


「もう、クライドもワカバちゃんもそればっかり! もうすぐ結婚式なんだから、他にもやる事あるでしょう?」


「もうすぐって、三か月先だよ。招待状の準備とか各方面の手配と調整は終わってるし──」


「そうじゃなくて! もう、ワカバちゃんったら判ってないんだから」


 マリアはプリプリという音がしそうに怒って見せる。その様子に思わず笑って、宥めながら部屋を出ようとすると、扉の影からクライドが顔を覗かせた。


「準備出来たか?」


「うん。あ、マリアが景色が寒いから上着を着て行ったら、って。着ていく?」


 コートハンガーからクライドの上着を取り、掲げると、クライドはふっと笑った。


「そう言えば、今はそんな時期だよな。此処に籠りっぱなしだったから忘れてた。まぁ、上着は要らないな」


 マリアが不満そうに頬を膨らませる。


「もう、二人して同じこと言ってるし。凍えても知らないからね!」


 頬を膨らましたまま部屋を出て行ったマリアを、きょとんと見やったクライドが、ワカバに視線を戻してから、照れ臭そうに笑顔を浮かべた。


「なぁ、本当に行くのか」


 人懐っこい犬のような顔をして、クライドが言った。思わず笑みを浮かべたワカバは頷いた。


「うん、行くよ。子供の頃の貴方に会ってみたいもの」


 事の始まりは今朝だった。


 装置調整日である今日、調整の一環として、結婚を前に互いの子供の頃を見てみたらどうか、とマリアが言い出したのだ。確かに、子供の頃の思い出話というものは散々話してきたが、実際に目にすれば、より鮮明な記憶となるだろう。そう考えたワカバとクライドは、各種調整を終え、決行することとなった。


「俺だって、子供の頃のワカバの姿を見てみたい気持ちはあるけど……いざ自分の子供時代を見られるのは……少し恥ずかしい気もしてな」


 そう言いながら、クライドは視線を逸らした。ほんのりと耳が赤く染まっているのに、ワカバは目を細めた。


「私だって恥ずかしいよ。でも、きっといい思い出になる。でしょう?」


 暫くモゴモゴと落ち着かない様子だったクライドは、ひとつ息を吐き、笑みを浮かべた。


「そうだな。いつも研究ばっかりの俺達だけど、たまにはこうして恋人っぽいことも、良いよな。──いや、夫婦……か」


 そう言いながら、クライドは伸ばした手をワカバの背に回して引き寄せた。愛おしさにぎゅっと抱きしめ、少し体を離して熱い瞳でワカバを捉える。


「私達、夫婦になるんだね」


「あぁ」


 唇と唇が重なった時、部屋の入り口でこれ見よがしな靴音が響いた。クライドが慌てて体を離す。


「お取込み中悪いんですけど、装置の準備が出来ましたよ。もう、イチャつくなら、たまには家に帰ってイチャついてよね」


 マリアが悪態を吐きながら顔を引っ込めた。カツカツと靴音が遠ざかっていく。


 クライドがはぁ、と溜息を吐いた。


「アイツは昔からああだ。母さんよりもよっぽど母親みたいだよ」


「クライドは格好付けしいだものね」


 ワカバがクスリと笑うと、「うるせぃ」とクライドが拗ねたように言った。


「俺が好意を向ける姿はワカバだけが見ていればいいんだよ。この俺は、ワカバだけのものだ。寧ろ、他の誰にも見られたくない」


 言いたい事だけを言うと、クライドはワカバの手を取り歩き出した。


「行くか。そろそろ本当にいかないと、マリアが怖い」


「そうだね」


 ワカバが手を握り返すと、クライドは照れたように笑った。


 研究室に入ると、時空逆行装置の作動音が静かに鳴っていた。


「ほらほら、二人とも早く。夜が明けちゃうよ」


「いや、これから逆行する時間にこっちの時間はさほど関係な──」


「そういうことじゃなくて、急げって言ってるの」


「はいはい」


 クライドは呆れたように言うと、装置Ⅰに体を滑り込ませた。


「じゃあ、後はよろしくね」


 ワカバの言葉に、マリアは笑顔で応えた。


「はーい。全部、このマリアちゃんにお任せを」


 そう言って、可愛らしく顔の横でひらひらと手を振る。それに手を振り返してから、ワカバは装置Ⅱに体を収めた。


 扉が閉まり、作動音が大きくなる。


 時空逆行装置は、魂を肉体と同じ物体として感知し、過去に遡る分だけを抽出したものに逆回転の力を加えることで時を遡る仕組みになっている。


 逆行時特有の眩暈に似た感覚と、体が再構築されていくような感覚に身を任せる。


 入眠前のような脱力感の中、マリアの声が薄れて遠退いていく。


「二十年前かぁ。クライドは九歳。だったら──」


 時が、逆行する──。



 ふっと意識が覚醒すると、見慣れた、しかし何処か違和感のある通りに立っていた。


 普段自身が目にしている街並みよりも、建物は新しく見えるのに、何処か古めかしく映る。


 人通りはなく、遠くに見える大通りの店々の灯りがぼんやりと照らしていた。


「着いたみたいだね。この眩暈みたいな感覚を抑える方法はないのかな。そしたらもっと多くの人に利用してもらえるのに」


 時空逆行装置は、現在乗り物酔いしやすい人には利用を断っている。以前に一度、それでもと強行した客に訴訟を起こされそうになって以来、その規則を厳格化した経緯があった。


 ワカバは、なかなか返事がないことに、横に立っている筈のクライドを振り返った。しかし、その先には真っ直ぐに通りが続き、街灯がポツン、ポツン、と灯るだけだ。


「クライド?」


 辺りを見回してみても、クライドの姿は見当たらなかった。


 その時、リンッとベルが鳴り、ワカバの横を自転車が通り過ぎた。慌てて道の端に避けようとしたワカバは、つんのめって強く足を踏み込んだ。ジン、と足が痺れる。


 ──足が、痺れる?


 ワカバは自身の体を見下ろし、絶句した。


 ──体ごと時空逆行している……!


 焦りで空回りしそうになる頭を落ち着かせ、辺りを見回す。


 深呼吸をしてから、近くのベンチに腰掛け、もう一度深呼吸して、頭を抱える。


 確かに、理論上は可能だ。全てを物体として感知することによって成り立っている装置なのだから、肉体も含めて全てを運ぶことも可能ではあるのだ。しかし、人間一人を過去へ送るには、膨大な力が必要になる。そのような設備や動力は研究室には置いていない。万が一、顧客にそのようなことが起きてしまうことを防ぐためでもあるが、そもそも用意するのも途方もない時間と労力が掛かるせいで、現実的ではない。


 ならば、装置の故障? 設定ミス?


 そのようなことが起きないように安全装置を設けているというのに。


 ──駄目だ。思考がまとまらない。


 ふと、何かが頭を優しく撫でた。いつものように気遣うような手つき──。


「クライド!」


 しかし、顔を上げて見えたものは、暗くなり始めた空だった。


 戸惑いにワカバが顔を歪めると、その頬を温かいものが包み込む。


「そこに……居るんだね?」


 いつもより低い温度のその感触を、確かめようと伸ばした手は、自身の頬を撫でただけだった。


「これが……心霊現象の正体、だね」


 笑うように肩を叩かれる。


 気配を辿ると、隣に腰掛けたのだと判った。ワカバには〝霊感〟というものはないが、そこに居るという確信があれば、案外目に見えぬものを感じることが出来るのだと発見する。


 少しだけ、気分が落ち着いた気がした。


「私が体ごと過去に来てしまったのは間違いない。装置の故障……過剰動作……それは、クライドがこうして通常の逆行を出来てるのだから、可能性は低いよね。設定のミス……今更考えられないことだけど……でも例えそれが起こったとしても、それを行うだけの力が足りない。──今、此処で調べようもないけど」


 通常であれば、過去での一時間程が経過すれば〝現在〟に引き戻される。


 時空逆行装置が実用に漕ぎつけたのは、思い出を五感で楽しむ程の時間に留めたからだった。


「人間一人を。しかも二十年分も過去に逆行させるなんて、あまりにも膨大な力が要る。在り得ないと思っていたけど、私が〝現在〟に戻るには……」


 殆ど独り言を呟きながら、ワカバは考えた。魂を過去へと送る力と、体ごと送る力。そして〝現在〟へと引き戻す為の力。時を移動するという点では同じだが、全く別の力だった。


 トントンと肩を叩かれ、気配だけが存在する空間に目を向ける。


「なぁに、何か判──」


 言葉の途中で頬を押され、視線をずらされる。


 視線の先には、三階建ての細長い家があった。隣家数軒と壁を接し、それぞれに柵で囲まれた庭がある。


「あ、そうか。クライドの家の近くに着くようにしたんだもんね」


 一番手前の青い屋根の一棟が、かつて幼い頃にクライドが住んでいた家だ。〝現在〟は遠い親戚に貸しているので、訪れたことはない。せいぜい前の通りを通りかかった時に、話を聞いたくらいだった。窓には温かな灯りが点っている。


「当初の予定通り、小さい頃のクライドを見てみるっていうのは、この状況じゃ無理だよね。ただの不審者になっちゃう。どうしよう……お金も持って来てないから喫茶店に行く訳にもいかないし、マリアの言う通り上着を着てくればよかった。マリアが引き戻して……ううん、まだそれがないってことは、対処出来てないってことだよね。それならクライドが戻った後に任せるしかないか」


 思わず溜め息を吐くと、ふいに体が包み込まれた。見えていなくても、抱きしめられているのだと判る。


「大丈夫。クライドならすぐに原因究明出来る。待ってる……と言っても、クライドが戻ってすぐに私も戻れると思うけど」


 過去に逆行した魂は〝現在〟に向けて進み続ける。〝過去の自分〟の先に〝現在の自分〟は存在し、〝現在の自分〟をなぞるように魂は時を進む。万が一、過去に影響を及ぼした場合、変わってしまった〝過去〟に〝現在の自分〟が合わせて変化することになる。


 時空とは、一本の道なのだ。


 〝魂〟の座標を、〝現在〟から捉えることが出来れば、さした差がなく〝現在〟に引き戻すことが出来る。


 突然、体を包んでいた感覚が、波を引くように消えた。


「クライド……?」


 返事はなかった。


 触れる筈はないと判っていても、ベンチの空いた空間に手を伸ばす。手は、ただ空を切っただけだった。


「帰ったんだ」


 ポツリ、と声が零れた。


 心細さを感じながらも、安堵の息を吐く。クライドが戻ったのだから、直に自分も〝現在〟に戻ることが出来る。


 ワカバはベンチの背にもたれ、空を見上げた。


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― 新着の感想 ―
科学的な理屈と心霊的な温もりが交差してて面白い。 ワカバの孤独とクライドへの信頼が伝わってきて、読んでて切なさと安心感が同時に残った。
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