命の実(38)17②
17②
『三つの月』の話
はるか昔、この地が花と緑に覆われていた頃よりももっと昔の話だ。
大地には、何もなかった。あるのは、岩と、土と、泥だけだった。
あまりの寂しさに、ヌースは生きるものを作ろうと思った。けれど、一人で仕事をするには広すぎた。
それで、手始めに十二人の乙女を作り、それぞれ十二の山に配した。
「よいか。それぞれの山に、それぞれの生き物をこしらえるのがおまえたちの仕事だ」
乙女たちは仕事に取り掛かり、ヌースは彼女等の成果を楽しみに待つことにした。
ところが、乙女たちは美しかったが、あまり賢くはなく、しかも怠け者だった。目を離すと、すぐ大地に寝そべったり、せっかく作った植物を食べ尽くしたり、むしろ仕事の邪魔になることばかりした。
困ったヌースは、三人の息子を呼ぶと相談した。
初めに、一の王子、ナーキッシュが意見した。
「乙女らの生活には、けじめというものがありません。毎日、したい時にしたい事をするだけです。それは、父上が一日中ここにいるからではないでしょうか。私と父上とで一日を半分に分け合えば、眠るときと起きて働くときがはっきりします。時間を決めて動くことができるようになるのではないでしょうか」
ヌースはもっともだと思い、一日を昼と夜に、二人で分けることにした。
次に、二の王子、マーキッシュが進み出た。
「乙女らには、今日と明日の区別がありません。毎日が同じことの繰り返しで、変化も面白みもないのではないでしょうか。一日が三十時間なら、三十日を一まとめとして区切り、一の日には雨を降らせる等、規則と変化をあたえたらどうでしょうか」
ヌースは感心してうなずき、その役目はマーキッシュに任せることにした。
それで、マーキッシュは毎日出る時刻をずらしていくことで、今日が何日か知らせることにした。
最後は、三の王子、ヤーキッシュの番だった。
彼は三人の王子の中でも一番美しく、誰からも好かれていた。しかし、自分の意見というものをあまり持たず、自惚れが強く、遊び好きで気まぐれだった。
それで、父から問われても良い考えはなかった。しかし、兄たちの意見を聞いているうちに、一つの考えが浮かび、それを述べることにした。
「兄上達の意見は素晴らしいと思います。私はそれをもっと大きくまとめるとよいと思います。つまり、三十日と十二の山を掛け合わせて、三百六十日を一まとめにするのです。それを一年とすれば、生き物の成長がよく分かるのではないでしょうか」
ヌースは、手をたたいて喜んだ。
三人の息子の意見はそれぞれ素晴らしく、彼は大満足だった。
時間と、月と、年と、その一巡りをきちんと決めたおかげで、植物も動物も規則正しく生活することができるようになった。
三つの月の動きに合わせ、リズムを整え、生活を律していく。それは、見ているものにも美しい動きだった。
ところが、三年経った時、その生活が少しずつ乱れてきたのにヌースは気がついた。
自分の見ている間は正しく動いているのに、次の日になるとずれているのだ。
もしかすると、自分のいない夜の間に何か起きているのだろうか。
そこで、ある新月の日、隣に来たマーキッシュにその理由を尋ねてみた。
最初、マーキッシュはためらった。が、父に問い詰められ、しぶしぶ口を開いた。
「告げ口は好きではないのですが、実は、ヤーキッシュが仕事をさぼっているのです」
マーキッシュの話では、ヤーキッシュは、最初の一年は、毎日一度ずつ出る場所を変えて天に上り反対側に沈んでいたが、二年目からは、美しい乙女達に声を掛けられると足を止め、無駄話をするようになったという。そして今年になってからは、天に上ることもせず、乙女らと語らっている日々が続いているのだと。
「ただし、一人の乙女のところに長くいると、次の乙女が早く来いと催促するので、一応一巡りはするのです。けれど、年の巡りがつっかえたり早くなったりするものだから、生き物たちは混乱しているのです」
「おまえたちは、それを黙って見ていたのか」
「まさか。私も兄上も何度注意したか分かりません。けれど彼は言うことをきかず、勝手気ままに振舞うのです」
ヌースは大変怒り、その日は夜まで沈まずに待っていた。そうしてヤーキッシュを捕まえると、厳しく叱りつけた。
ヤーキッシュは縮み上がり、これからは決して仕事を怠りませんと、父に誓った。
「もし誓いを破れば、もう容赦はしないからな」
そうしてヤーキッシュは、また、正しく年を刻み始めた。ヌースも満足して、自分の位置に戻った。
それからまた三年が過ぎ、ヌースは新月の日に隣に来たマーキッシュに話し掛けた。
「最近、ヤーキッシュは真面目に働いているようだなあ」
マーキッシュは、困ったように顔をしかめた。苦しそうなその様子を変に思ったヌースは、問い正した。
「どうしたのだ。作物の実りは正しいし、時間も月日も狂っていないように見えるが、何かあるのか」
「実は、ヤーキッシュは全く仕事をしていないのです。ィアークという羽トカゲに仕事を押し付けて、自分は遊んでばかりいるのです」
仰天したヌースは、その日は沈んだ振りをしてこっそり戻ってくると、山陰から様子を伺った。
果たして、一匹の醜い羽トカゲが、その日ヤーキッシュが昇る場所から飛び立ち、天まで駆け上がった。
そして、肝心のヤーキッシュは、草原で美しい乙女らとダンスをして遊んでいた。
ヌースは天から駆け下りると、彼の名を呼んだ。
「ヤーキッシュよ」
声は雷のように彼の心を縛り、体を岩のように固めてしまった。
「お前はここで何をしているのだ。あのトカゲは何をしているのだ」
ヤーキッシュは、声を絞り出した。
「あれは、向こうが勝手に仕事をさせてほしいと申し出たのです」
「戯言を申すな!」
ヤーキッシュの体を、本物の電撃が貫いた。ヤーキッシュは悲鳴を上げ、地に這いつくばった。ひいひいと掠れる声で、自分の正当性を訴えた。
「本当です。あの者にも聞いてみてください」
ヌースはトカゲを呼び寄せると、それが本当か問い正した。
「本当のことです。私は、ヤーキッシュ様のお手伝いができれば、それで良いのです」
そこまで言われては、ヌースもそれ以上息子を叱ることができなかった。
仕方なく立ち去ろうとしたが、何時の間に来たのか、ナーキッシュが傍にいて、耳もとにささやいた。
「トカゲは、ヤーキッシュに恋をしているのです。ヤーキッシュは、それをいいことに、自分の仕事を代わりにすれば美しくなれる、そうしたら花嫁にしてやると約束したのです」
「醜いトカゲが美しい乙女になるはずがなかろう」
「だからですよ。美しくならない限り、約束を果たす必要もないのですから」
あまりに身勝手な約束に、ヌースは完全に腹を立てた。
ヤーキッシュの心を縛り上げると、彼に呪いを掛けた。
「お前はダンスが好きなようだから、これからは、ずっと踊り続けるがよい。そう、一日目は四歩前へ、二日目は三歩後ろへ、三日目には……」
「ちょっと待った。そこんとこ、もう一度」
ひかりはポケットからメモを引っ張り出した。
バグは、ニヤニヤしながらその行為を皮肉った。
「問いかけはダメなんだろう。人の話を邪魔するのはルール違反だったんじゃないの」
「うるさい。つべこべ言わずに話の続きを。ただし、ゆっくりとね」
ひかりは、鉛筆を握り締めた。
バグは「どうしようかなあ」と、唇をとがらせたが、ひかりににらまれ、また、話し始めた。
「一日目は四歩前へ、二日目は三歩後ろへ、三日目には六歩前へ、四日目は二歩後ろへ、五日目は四歩前へ、六日目は六歩後ろへ、七日目は三歩前へ、八日目は二歩前へ、九日目は七歩後ろへ、十日目には一歩前へ」
ナーキッシュが、父の言葉を継いだ。
「次の十日は、最初に一歩前へ、次が七歩前へ、そして二歩後ろへ、次が五歩後ろへ、それから六歩前へ、そうして七歩後ろへ、更に三歩前へ、続いて六歩前へ、それから五歩後ろへ、最後は三歩後ろへ」
マーキッシュが更に引き継いだ。
「最後の十日は、二歩前へ、四歩前へ、五歩後ろへ、六歩前へ、七歩後ろへ、八歩前へ、六歩後ろへ、三歩前へ、二歩前へ、三歩後ろへ。並び立ったり追い越したり、しそうな時には逆回り」
呪文に縛られ、ヤーキッシュはそれ以外の動きはできなくなってしまった。
毎月同じダンスをし、休むこともできない。そのうち髪は乱れ、息も荒くなり、美しかった顔もやつれ果てた。
どんどんみすぼらしくなっていく彼を、山の乙女達はあっさり見捨ててしまった。
しかし、ィアークだけは彼を愛し続けた。
彼の代わりに引き受けた仕事をずっと続け、年を刻みつづけた。
いまや、彼は自分一人のものなのだ。そうして、毎夕、愛しい恋人に出会うため、国の中心から飛び立ち、逢瀬を果たすと新しい命を生み出し、元の場所へと戻っていくのだった。
バグは話を終えると、反応を待った。が、ひかりはもう、自分の世界に入り込んでいた。
やれやれとつぶやき、バグは砂に潜ってしまった。
ひかりは月明かりの下、メモをじっと見つめていた。




