表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命の実  作者: 不動坊多喜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/45

命の実(37)17①

17①


翌朝、ひかりはラムダの手綱をイシャギーフに渡そうとした。

「ラムダをつれて飛ぶことはできないから。もし、ロディムというオアシスに行くことがあったら、ドゥニックに返して欲しいの。靴と荷物はまだ必要だから持っていくけど、たぶんわたしのほうが先に帰るから、そう伝えておくね」

が、彼はそれを受けとらなかった。

「一緒に行くよ」

「ダメだよ。オアシスで待ってるみんなに迷惑だよ」

「大丈夫だ。我々は風の吹くまま旅をするのが慣わしだ。急ぐ必要なんかない。幾日でも待ってくれるさ」

「そうそう。どうやって飛ぶつもりかは大体予想がつくけれど、徒歩じゃあィアークに追いつけないよ」

アータガーンがにこやかに、けれど嫌みったらしく言った。

「それに、僕は、君が諦めるのを心待ちにしてるしね」

ひかりは、アータガーンをにらみつけた。

「どういうことよ、それ」

「失敗したとき行く当てはあるのかい、てことだよ。ロディムには戻れないだろう」

ぐっと息が詰まる。

「そのときは、僕と一緒に行こうよ。ひかりはとてもチャーミングだ」

口調は相変わらずだったが、瞳はとても真面目だった。胸のときめきを打ち消そうと、小さい子のようにイーと歯を出した。

「おあいにくさま。そのときは元の世界に帰ります。バグは、わたしが望めばいつでも戻してくれるって言ったから」

「残念」

アータガーンは、笑いながら後頭部を掻いた。

イリューとイシャギーフは、やれやれというように顔を見合わせ、肩をすくめた。

「冗談はさておき、食料を運ぶものは必要だ」

イリューは、言いながら荷物をまとめ始めた。

「だから、我々も一緒に行こう」

彼にまでそう言われると、ひかりもうなずかざるを得なかった。


昼寝のとき、ひかりはこっそり起き上がると、必要最小限の荷物を準備した。

食べ物を少しと、水を入れた皮袋を一つ(節約すれば二日はもつだろう)。そうして、測量器具と地図。他の者を起こさぬように、テントは畳まなかった。重いし、持っていく必要もない。できるだけ荷物は少なくしないと速く歩けない。

それに、うまくいこうがいくまいが、残された時間は、あと三日と少し。

明々後日の日没には、イラキーフは砂になる。


しかし、歩き始めたところでイシャギーフの声が追いかけてきた。

「やっぱり一人で行くんだね」

横たわるアドゥカルたちの間から、彼が姿を現した。

「わたしの責任だから」

「そう、それがいいと思う」

イシャギーフは止めなかった。一緒に行くとも言わなかった。

けれど、気配に目を覚ましたラムダが、足踏みをしてひかりの進路をさえぎった。

「ごめんね。連れて行けないんだ」

別れるのは寂しかった。けれど、一人沙漠に残していくわけにはいかない。

その鼻面を撫でながら、彼に助けられた様々な出来事に思いを馳せた。

「ラムダをお願い」

分かったと言う代わりに、イシャギーフは手綱を握り締めた。

ラムダは叱られた子供のような顔でフミーと鳴いたが、諦めたように彼に従った。


「パクスは持たなくてもいいのか」

「うん。たぶん、なくても大丈夫。バグが守ってくれるから」

ひかりは確信に近いものを持っていた。が、イシャギーフはあきれたように首を傾げて、寂しそうに微笑んだ。

ひかりは、わざと明るい口調で言った。

「あなたのおかげで、取るべき道が見つかった。ありがとう」

「そうして、イリューやアータガーンに恨まれるんだろうな」

二人の名前を聞くと、胸がチクッとした。

「イリューに伝えてよ。もしうまくいったら、わたしの歌を作ってって。魔女に会うため竜に乗った少女とか、何とか」

けれど、イシャギーフは、もう笑わなかった。


ひかりは「じゃあ」と手を振ると背中を向けた。が、再度、イシャギーフが引き止めた。

「アータガーンには、何もないのかい」

心の震えが、自分の肩を揺らすのが分かった。後ろを向かず、答える。

「アータガーンには……」

ひかりはぐっと唇を引き締めた。今ここにいるのがイシャギーフではなく彼だったら、出発できなかったかもしれない。彼のことは、思い出さないほうがいい。

「何も、ない」

そうして、歩こうとした。が、足は前に出なかった。

もう、会えない。上手くいこうが失敗しようが、わたしは自分の世界に戻る。だから、もう、二度と会えない。本当のことを伝えることもできない。

思い切って振り向くと、顔を上げようとした。けれど、涙がこぼれそうで、やっぱり足下に目を落とした。

「本当は、好きだって。一緒に行きたかったって」

イシャギーフはひかりの傍に来ると、小さくつぶやくように言った。

「きっと喜ぶよ。イリューはくやしがるだろうけど、歌でも作って耐えるだろう」

それから、手のひらでひかりの両頬を包み、そっと上を向かせた。

「バグの祝福が、汝の上にあるように」

祈りの言葉のあと、その唇が額に触れた。見えない力が、自分の中に流れ込んでくる。

その力を信じて、ひかりは一人歩き始めた。彼が教えてくれた通り、ィアークがその日通るであろうコースを。


途中、一度だけ振り返った。

もう、彼はいないだろう。そう思って。

けれど、丘の上にはイシャギーフの影と、あと二つ、背の低い影と高い影ががこちらを向いて立っていた。

(イリュー、それに、アータガーンも)

二人は、ひかりが一人で行こうとするのを知っていて、寝たふりをしていたに違いない。

手を振って応えたかった。けれど、そうすると、歩けなくなる気がした。駆け戻って、彼らと一緒に旅をしたかった。

ぐっと熱いものが込み上げてきて、堪えるためにも前を向いて歩き続けた。


時おり、地図の上に磁石をのせ、方角を確認する。イシャシーフにもらった道具が、今、役に立っている。

ひかりは、一人微笑んだ。

「問題は、山からの距離だ」

イシャギーフの言葉を繰り返す。

「山からどれだけ遠くまで飛ぶか、それは奴の気分次第だ。うんと遠く、町の近くまで飛ぶ日もあれば、山の真下に降りる日もある」

コースが分かっていても、一時間で近づける範囲にいないと意味がない。糞をするための一時間。その一時間が勝負だ。

これは、賭けだ。

勝てるだろうか。


ひかりは、自分は運の悪い人間だと思っていた。

じゃんけんゲームは、いつも一番に負けた。懸賞に当たったこともない。トリプルリーチになっても、決してビンゴにはならない。くじ運も最悪だった。

たとえば、一年生のとき、毎月くじ引きで掃除場所を決めた。八月を除く十一回のうち、実に十回も、ひかりはトイレ掃除が当たった。


「運の良し悪しなんてね、一生で帳尻が合うようになってるのよ」

そう言ったのは、母、真奈美だ。

それを、信じたい。今こそ、帳尻合わせをしてもらう時だ。

それでも、自信がない。


(とにかく、歩けるだけ歩こう)

果たして、その日のィアークは、ひかりのはるか頭上を飛び越えていった。ずっと、ずっと遠くへ。その影を追いかける。

砂の上を歩くのも随分慣れたとはいえ、走ると足をとられ、倒れそうになる。

戻ってくるィアークの影を見つけたとき、体中の力が抜けるのを感じた。思わずひざをつき、砂の上にしゃがみこむと、肩で大きな息をついた。

今日一日を、無駄に使ってしまった。

(何としても、明日はあいつを捕まえてやる)

静かに顔を上げると、歯ぎしりをしながら山に向かう黒い影をにらみつけた。


その夜、ひかりは、干し肉を噛みながら自問自答した。


とにかく、でたらめに進んでもダメだ。予想しなくちゃ。

予想? そんなことができるだろうか。

予想できるってことは、動きに規則があるってことだ。でも、あいつの動きは不規則だ。


不規則な動き。この世界に似つかわしくない。

と、ひかりはあごの動きを止めた。

(不規則な動きのものって、他になかったっけ)

目を上げる。三つ目の月、ヤーキッシュが今しも地平線に沈もうとしている。

(あいつだ)


それにしても、この世界でどうして不規則なものがあるのだろう。

ここ、ィアーケスでは、驚くほど全てが規則的に動いていく。

地図を見たとき、時計のようだと思った。しかし、今は訂正する。時計そのものだと。

それなのに、不規則なものがある。変だ。

 あいつの動きには、本当に意味がないのだろうか。

この世界で、意味のない動きをするものがあるだろうか。

 隠された何かが、あるのではないだろうか。

そうだ、あれは、初めてィアークを見たとき。アータガーンが言った。「ヤーキッシュ」は三つ目の月の名前以外に、「ィアークの来る月」という意味があるって。つまり、ィアークとヤーキッシュは、何か関りがあるはずだ。

でも、どんな?

情報が足りない。けれど、話をしてくれる人がいない。

人が……。


ひかりは、にやりと口の端で笑った。それから息を吸うと、大きな声を上げた。

「バーグ」

返事はない。

「いるんでしょ。分かってるんだから出てきなさいよ」

ひかりの前、少し離れたところの砂が盛り上がり、バグが顔を出した。

「やれやれ。お呼びですか」

ひかりは、もう一度にっと笑った。

「一人で寂しいの。話し相手が欲しくって」

「ハイハイ。何でも聞きますよ」

「そうじゃなくって、おまえの話が聞きたいの」

「私の」

「そうよ。おまえなら、人間も知らない話を知っているでしょう」

バグは、さあてねえと首をひねるようにした。

「で、どんな話を」

ひかりは、今しも地平線に隠れようとしている月、ヤーキッシュを指さした。

「あいつの話を……。あいつとィアークの話を」

ふふっと、バグは小さな声を立てて笑った。

「確かに、あいつのことなら、人間の知らない話を知っているかもしれない。バグは、人間よりあいつには詳しいからね」

「ゴチャゴチャ言わなくていいの。 さっさと話して」

「では、ご要望にお答えして」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ