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命の実  作者: 不動坊多喜


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命の実(36)16

16


イシャギーフに連れられて、ひかりは山を目指した。

キャラバンの仲間は、「無駄なことを」というように顔を見合わせたが、止めることもしなかった。ひげの大将が言った。

「ゆっくり見物しておいで。ここは居心地が良いからのんびり待たせてもらうさ」

山を見れば気がすむさ。無理だって分かるだろう。そう言っているように聞こえた。

「僕たちも連れて行ってくれるだろう。なにしろ、ひかりは僕の大切な患者様だからね」

アータガーンとイリューが笑いながらついてきた。


四人は、磁石の示す方向を目指して進んだ。進むにつれ、針は上を向いていく。

地球では、極地に近づくにつれ針が下を向くという話を思い出し、不思議な感じがした。

(つまり、磁力を発しているものが、上空にあるってことかしら?)

低い山だが強力な磁力を発する。ということは、磁鉄鉱でできた岩山かもしれない。そんなところに、樹木が生えるだろうか。いや、魔法の木なんだから、そういう場所の方が育ちやすいのかもしれない。

それでは、そんな山に住む魔女とはどんな(ひと)だろう?

低い山なら誰でも登れるはずだ。それなのに、山に登った人もなく、魔女の姿も知られていない。

もしかしたら、魔女の正体は雷かもしれない。強力な磁気が発生する場所なら、落雷も多いだろう。それに撃たれて命を落とした人もいるだろう。

大体、どこの国の神話でも、雷は神鳴だ。北欧神話のトール然り、ギリシア神話のゼウスのライデン然り。日本や中国の竜もその仲間だ。

ああ、それでィアークもそこにいるんだ。きっと、そうだ。


魔女の山や魔女自身の正体を思い描くと、いやでも心が高ぶってくる。

それがピークになるころ、イシャギーフの声が響いた。

「魔女の山が見えてきたぞ」

指差す彼方に目をこらしたが、山らしきものは見あたらない。

「どれが?」

アータガーンが、忍び笑いをもらした。

「普通の山を思っちゃあダメだよ。何しろ、魔女の山だ」

しかし、イシャギーフは真面目な顔つきで前方を指差した。

「柱が見えるだろう。あれだよ」

「柱?」

確かに、柱のようなものが、はるか遠くにぼんやりと見えている。

(あれが、山だろうか)

どう見ても、山ではなかった。

真っ直ぐ、地上から天空に向かって立つ柱は、視界を真っ二つに分けている。数日前に見た竜巻よりももっと細く、もっと上まで続いている。

それは、天から垂れている蜘蛛の糸のようだった。


「もっと近くまで行きますか」

もう十分だろうという響きだった。

「行く。麓まで」

何しろ魔女の山だ。

もしかしたらあれはトリックで、近くに行けば普通の山かもしれない。


しかし、その期待は見事に裏切られた。

近づくほどに、その異様さが迫ってくる。

なだらかな斜面というものが見あたらない。垂直に切り立った円柱が一本、砂の中に立っている。それだけだ。

その頂上は一年中雲に覆われ、見た人もいないという。山肌には樹木どころか、一本の草さえ見あたらない。どだい、生えるのが無理だろう。


四人はアドゥカルを降り、徒歩で柱の周りを回った。

五分もかからず、元の場所に戻ってこれた。

「この上に、本当に魔女は住んでるの」

「そういう話だ。見た者はいないがね」

「じゃあ、どうして分かるの」

「ィアークが飛んでくる。この上から」

イシャギーフは真面目にそう言い、アータガーンが笑いながら混ぜっ返した。

「つまり、この上には、あのィアークが住めるだけの広さがあるってこと」

それこそが、魔女のトリックだ。

ひかりは、金属のように光る山肌に触ってみた。つるつるの表面は、見た目通り硬く、冷たく、自然の物ではないと思われた。


「夜通し歩けばオアシスに戻れるが、どうする」

問われて、ここを去りたくない気持ちに気づいた。

ここには何もない。けれど、もう、ここしかないのだ。この上に登るしかないのだ。

静かに、首を横に振る。イシャギーフがため息をつく。

「分かった。今夜はここに泊まろう」

「ヒー。本気かい。魔女のお膝元だぜ」

「さぞかしゆっくり眠れるだろうね」

イリューが笑いながら、荷物を下ろし始めた。

「二、三日は泊まれるだけの食料があるよ」

「とんでもない」というように、アータガーンは肩をすくめた。

夕焼けの赤い空を、黒い影が一つ横切っていく。ィアークが、糞をしに行くのだ。

大きな翼を広げ、のんびりと悠久の時を旅して行く。その翼が、一瞬太陽を隠した。きらりと、日蝕の後のダイヤモンドリングのように、再び日光がひかりの目を射た。


一行が宿泊地に選んだすぐそばに、『エーンの椅子』と呼ばれる大岩があった。

岩は確かに円柱形で、上は平らだと言う。

登った人がいるらしく、縞模様の地層には、所々、金属製の楔が打ち込まれてあった。楔の頭には鎖が巻かれ、それを伝って登れるように、幾つか足場も彫られてあった。

けれど、もう長いこと誰も登っていないのだろう。鎖は錆びつき、引っ張ると錆がぽろぽろとこぼれてきた。

「登ってみるかい」

「まさか」

本当は、少しでも上に立ちたかった。けれど、この椅子の上に立ったところで、目指す山頂が近くなるとも思えなかった。名残惜しい気もしたが、諦めもついた。

「夕食にしないか」

イリューの呼ぶ声に、ひかりはエーンの椅子を離れた。


その夜、イシャギーフが、また新しい話をしてくれた。

「これは、王家の者が、自分達の戒めとして代々語り伝えてきた話だ」

イリューが「ほう」と言い、イシャギーフの方ににじり寄った。

ひかりも、一言も聞き漏らすまいと、挑むように彼を見た。



『魔女の山』の話


魔女の山ができたのは、人間たちが魔女のエフィルを盗もうとしたためだとか、魔女に戦いを挑んだためだとか言われている。

そのため、魔女は人間から逃れるため、この山を造ったとね。

本当はどうなのか、誰にも分からない。第一、イシュールシュが本当に魔女の印なのか、エフィルはどうしてあんな生え方をするのか等、分からないことだらけだ。

それでも、山の上にはエフィルがたくさん生えている。

はるか昔、そう考えた王がいた。ネットという名で、初代の王から数えてちょうど十番めの王だった。


ネットは、自分の運命を呪っていた。というのも、王族は、王家が始まって以来、必ずイシュールシュで死んでいたからだ。

歴代の王は皆、印が現れたら家臣にエフィルを探しに行かせていた。けれど、見つけたものは一人もいなかった。

普通の民たちは見つけることができるのに、王のために探す人だけはダメだった。

そのため、初代の王、トスリフの呪いに違いないと噂されていた。彼が魔女を怒らせたからだと。

ネットはトスリフを恨み、イシュールシュで死にたくないと願っていた。

それなのに、ある朝、魔女の印が現れた。


ネットは、最初、家臣に命じてエフィルを探しに行かせようと考えた。しかし、これまでの王で助かった者がいなかったことを思い出し、やめた。

「魔女が山の上にいるのなら、エフィルも山の上にある。育てることなどやめて、奪えばいいのだ」

ネットは、軍隊を送り出し、山の上のエフィルを持って帰るよう命じた。

同時に、国中にお触れを出した。

「山の上には、エフィルの育つ森がある。そこには、エフィルがたわわに実っている。力を合わせて取りに行け。私のためには一つあれば良いのだ。他は全て、必要な者で分け合うがよい。エフィルを手に入れたい者は、軍隊と共に山に行け」

多くの人が、山の麓に集まった。みな、身内のだれかがイシュールシュにかかった者だった。

だが、どうやって登ったものか、誰にも方法が分からない。


最初、彼らは、鉄の楔を打ち込もうとした。しかし、岩盤は鉄よりも固く、楔は刺さるどころか折れ飛んでしまった。折れた破片に当たって、幾人もの兵が怪我をした。

次に、たくさんの木を切り出して、長い長い梯子を組み立てた。エーンからアームまで届くその梯子を、百万もの人間で持ち上げ山にかけようとした。しかし、梯子は途中で壊れ、上のほうが落ちてきた。落ちた梯子に当たって死んだ者もいた。

それでも負けず、何度も何度も挑戦し、とうとう立てかけることができた。

いざ、と上った兵士たちは、上にたどり着く前に足を滑らせ、ゴミ屑のように砂に落ちて死んでしまった。


次の方法を思いつく前に、ネットは石になって砕けてしまった。

それでも後を継いだ十一代の王ネーヴェルも、兵を山に送りこんだ。

まだ若いネーヴェルは、自分には時間がたっぷりあると思っていた。

けれど、王位について一月もしないうちに、彼の体に斑点ができていた。そうして、エフィルを見つけることなく砕け散った。

人々は、兵を送ったため魔女の怒りを買ったのだと噂した。


おかげで次の王、エーヴレウトは、わずか十歳にして王位を継ぐことになってしまった。

彼は幼かったが、賢かった。大臣の言葉に素直に耳を傾け、兵を無駄死にさせるような行為を続けようとは思わなかった。

それだけではなく、自分の祖先の犯した罪を償うため、その代価は王家が支払うと宣言し、エフィルを探す人々から金を巻き上げることを禁じた法律を制定した。そうして、自らの生命は運命にゆだねることにした。

その行為が魔女の心を動かしたのだろう。

エーヴレウト王は、王家の人間としては初めて、イシュールシュにかかることなく天寿を全うした。

以来、王家の者は、施しと公平さを第一の仕事と考え、永く良き時代が続いている。

国人は皆、エフィルを探す人々に施しをするようになり、裁きを受けた者は山に登ろうとせず、エフィルを育てることにした。



話が終わって、ひかりはため息をついた。

「この山に登る方法は、本当にないのかしら」

「空でも飛べればね」

イシャギーフは、高笑いをした。が、ひかりは、じっと山頂を見上げた。

半欠けのマーキッシュは地に傾き、真ん丸いナーキッシュが上空に上ろうとしている。ヤーキッシュも半欠けの姿で、ずっと遠く、空の低い所にぶら下がっている。三つの月に照らされて、山は黄泉の国を支える柱のように真っ黒だった。

あの山の上に、本当にエフィルがあるのだろうか。そんなスペースがあるだろうか。

いや、これも魔女の魔法に違いない。本当は、山の上は広いのだ。きっと、あの雲の上に大地があるのだ。

あの雲の上に。


「空を飛ぶ」

それは、はてしない憬れだった。

箒にまたがって坂道を駆け下りたのは、三年生だったはずだ。

四年生のときは、春風を待って傘を広げ、ジャングルジムから飛び下りたから。

イカロスにあこがれ、公園で鳩の羽を集めた五年生。

現実が分かりつつあった六年生のときには、自分が飛ぶのではなく、模型飛行機を作って飛ばしていた。


空への憧れと不思議は、世界共通の夢だったに違いない。

翼を持たぬ人間は、その力を神々や魔人、魔女にのみ与えてきた。

ライト兄弟が飛行機を発明するまでは、かなわぬ願いだった。

翼を持たぬ人間には……。


(そうなんだ、飛べば良いんだ。でも、どうやって?

飛行機もヘリコプターもないのに。

熱気球は? 作り方なら、本で読んで知ってる。でも、材料も時間もない。

いっそ、忍者みたいに大凧に乗って……。イシャギーフは、凧揚げができるだろうか?)


イシャギーフは、すました顔でスモモによく似た実にかじりついている。

ひかりも、一口かじってみた。コリッとした歯ごたえがあり、リンゴのような味がした。薄く黄色い実の中には、アーモンド形の茶色い種が一つあった。


種。

それを運ぶィアーク……。


自然に、言葉が口をついて出た。

「わたし、飛ぶわ」

驚いたように、イシャギーフが振り返った。

その体にしがみつくようにして、ひかりは声を荒げた。

「飛ぶ。きっと、飛んでみせる。そうして、魔女にエフィルをもらってみせる」

イシャギーフが、唾を飲むのが分かった。



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