表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命の実  作者: 不動坊多喜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/45

命の実(33)14②

14②



『バグの祝福』の話


昔、この地は花と緑に覆われていた。様々な花が様々な果実を実らせ、人も獣も好きなだけそれらを食んで生きていた。


そのころ、バグと人はとてもよく似た形をしていた。

背中に甲羅があり裸なのがバグで、そうでなければ人だった。

もう一つ違うのは食べ物で、バグは花を食べるのだ。長いざらざらした舌を伸ばし、花を額まで巻き込むようにして茎からちぎりとる。そうして、丸めた舌の中ですりつぶして飲み込むのだ。

ところが、花をまるまる食べられた草木は、実をつけることができない。

そのため、動物たちは口々にバグを罵った。

別にバグがそれほど大食いだったわけでもない。彼らが食べたから食料に困った、ということがあったわけでもない。

それなのに、生き物たちは、自分たちと違うものとしてバグを嫌がったのだろう。

それで、バグたちは、次第に他の動物たちを避けて暮らすようになった。


あるとき、親を無くした一匹のバグが、食べ物を探して歩くうちに群れを離れ、迷子になってしまった。

そのうち美しい花畑に出くわした。

おなかのすいていたバグは、夢中で花をむしって食べた。と、いきなり後から殴られ、引っくり返ってしまった。

這いつくばったまま顔を上げると、それは人間の子どもだった。


「この、泥棒」

「ここの畑は、俺たちのものだぞ」

「美味しい実がなるよう世話をしているのに、その花を食べるなんてけしからん奴だ」

皆は口々に罵り、足蹴にした。

バグは頭をかばいながら、地面に泣き伏した。

「わたしは花しか食べられないんです」

「他の物を食ったことがあるのか」

「そうだぞ。食わず嫌いはいけないぞ」

そのうち一人が、手に持っていたどんぐりを投げつけた。

「これでも食ってろ」

「そうだ、そうだ」

他の子どもも次々と、手にしたどんぐりを投げつけた。

そのうちの一つが、額に小さな掻き傷をこしらえた。とろりとした粘っこい血が、目の上に垂れてくるのが分かった。けれどバグは怒りもせず、頭を抱えてうずくまり、彼らの気が晴れるまでひたすら我慢した。


子どもたちが去った後、バグはどんぐりを拾い集めた。

確かに、これを食べられれば、もう仲間はずれではない。

「頑張れば、食べられるようになるのだろうか」

試しに口に含んでみた。

舌で包み込み、花と同じようにすりつぶそうとした。

しかしどんぐりの皮は硬く、何時までたっても、花のようにとろとろにはならなかった。

それでも、懸命に転がした。とうとう舌が痛くなって、ふっと気を抜いた瞬間、どんぐりが咽の奥に入り込んだ。

「うう」

咽が塞がり、息ができなくなった。苦しさのあまり首を掻きむしったが、詰まった物が取れるはずもない。


青くなり、泡を噴いて伸びていると、一人の少女が通りかかった。

少女は驚いて駆け寄ると、バグを下向きに抱え、甲羅をトントン叩いて吐き出させた。

吐いた物を見て、少女はまた驚いた。

「どうしてこんな物を食べたの」

バグは、泣きながら子ども達のことを訴えた。

話を聞き、少女は自分がしたことように謝った。同じ人間のしたことなので、恥ずかしかったのだろう。傷の手当てをし、摘んできたナファルの白い花を差し出した。

「お詫びにこれを」

そんなに親切にされたのは初めてで、バグはかえってうろたえた。

「お礼に、何か困ったことがあったら呼んでください。何でも手伝いますから」

そう約束した。


言葉通り、次の日から毎日バグがやって来た。

始めは笑って相手にしなかった少女も、だんだん疎ましく思えてきた。

そこで、早く帰ってもらおうと、薪を拾ってくるよう言いつけてみた。

バグは大喜びで、一日かけて山ほど枯れ枝を拾ってきた。

次の日は木の実を取って来いと言ってみた。

やはりバグは、抱えきれないほどの木の実を持って帰ってきた。

そんなことが続くうち、少女は面倒な仕事は全て、バグに言いつけるようになっていた。

けれど、バグは喜んでそれらをこなした。


時が経ち、少女は美しい乙女になった。

ある日、乙女は、「ナファルの花束を、昼までに作ってくること」と命令した。

バグは、大急ぎで花を摘みに走った。

それから大きな花束を抱えて戻ってくると、乙女の婚礼が始まるところだった。

「遅いじゃない」

労いもせず、乙女は花束をひったくった。

それから、夫となる人の待つ広場へと行ってしまった。

取り残されたバグは、それでも何か彼女の役に立ちたいと願い、毎日様子を伺っていた。


そんなある日、いつものように家を覗いて見ると、彼女は床に伏せっていた。

よく見ると、体中にベージュの斑点ができている。

イシュールシュだ。

バグは、自分の体が砂と砕けてしまうような苦しみを感じた。


バグは走った。幾日も幾日も走り、魔女の山のふもとまで来ると、頂上に向かって声を張り上げた。

「あの人を助けてください。代わりにわたしの命をあげますから。だから、どうかあの人を助けてください」

魔女の声が、空から降ってきた。

「私は、人の命が好きなのだ。汚れた命ほど美味いものはない」

「あの人の命は、汚れてなどいません。清く、美しいものです」

「いいや。あの女は、おまえの好意を踏みにじっても平気でいるではないか」

「あの人は、踏みつけにされていたわたしを救ってくれたのです」

「そして、他の男のもとに去った」

「それでも、あの人を助けてください。代わりにわたしの命をあげますから」

「おまえの命など、不味くて食えたものではない」

「それなら、わたしの命をあの人にあげてください」

魔女のため息が聞こえたような気がして、バグは耳をすませた。

気づくと、体は棒のように細くなっていた。手は枝になり、足は根になった。髪は葉になり、甲羅は実になった。実の中には、バグの命が詰まっていた。


魔女の導きがあったのか、乙女の娘がそれを見つけ、家に持ち帰って母に食べさせた。

乙女が食べた瞬間、バグの心がなだれ込んできた。

「わたしの命を大切にしてください。あなたの中で、あなたと共に生き続けることができるように」

乙女は、自分がバグにしたことを、初めて恥じた。けれど、もう謝ることもできないのだ。

バグの最後の願いを命の中に抱いて、乙女はずっと後悔し続けた。

これからは、バグであれ人間であれ、全ての生ける物に優しくあろう、そう誓い、それを忘れなかった。

そうして、自然の死が彼女に訪れたとき、バグの願いは祝福となり、その胸の内を幸福で満たしたのだった。

以来、人間は、イシュールシュを「バグの裁き」と呼ぶ者と、「バグの祝福」と呼ぶ者に分かれてしまったと言われている。



それは、イマニームに聞いた『バグの裁き』の話と、全然違った。

「どちらが正しいの」

「どちらも」

部族が違えば、伝えていく人も違う。

この世界にある国の数だけ「言い伝え」もあるのだろう。

「裁きと祝福は、同じものなの?」

「そうだね、感じ方の違いかもしれない。

自分の罪に気づくことは苦しいことだから、できれば目を閉じていたい。けれど、目を反らさずそれを償うことで、罪は祝福に変わる。たぶん、そういうことじゃないかな。

だから、ひかりがその胸の内に荷物を抱え込んでいる限り、裁きと感じるかもしれないね」

「祝福ってのは、只で手に入るものじゃないってことさ」

アータガーンが、少し意地悪く笑った。


いきなり、イリューがトゥールをかき鳴らした。

その日の音楽は、いつもよりずっと、躍動感に富んでいた。ジャズのような憂いを含んだ旋律と、ラテン音楽のような軽快なリズム。

パパパン、パパン

時おり、胴に張った皮を叩き、太鼓のように拍子を取る。


罪には祝福を

祝福には愛を

罪を犯したる者は

その罪を償わん

罪を償いし者は

祝福を与えられん

祝福を与えられし者は

愛を得ん

その罪を恥じるなかれ

その罪を隠すなかれ


イリューの澄んだ歌声が胸に迫ってくる。


ああ。

どうかわたしにも、バグの祝福がありますように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ