命の実(32)14①
14①
遠くに、また一つ大岩が見えてきた。
キャラバンは、その陰で小休止を取るつもりらしく、進路を少しずらした。
近づくほどに、ひかりは首をひねった。
何だか、側面に穴があいているように見える。それも、たくさん、規則正しく並んで。
先頭が荷物を下ろし始めた頃、我慢できなくなってイリューに尋ねた。
「ねえ、あの変な岩は、何」
代わりに、アータガーンが答えた。
「あれが岩に見えるなら、君の頭は鳥並みだねえ」
いつものこととは言え、人を皮肉った言い方にムカッときてにらみつける。
「わたし、イリューに聞いてるの」
イリューは、すまなさそうに頭を掻いた。
「ごめん、あれが何かは知らないよ。何しろ、私もこれが初めての旅だから。でも、アータガーンは来るときもここを通ったから、何か知っているんだろう」
アータガーンは、ふふんと得意そうに鼻を鳴らした。
「よーく見てごらん。煉瓦造りだって分かるから」
そう言われてみると、日干し煉瓦に見えてきた。しかし、見かけは岩そのものだ。
「鳥が騙されて入ってくるように、岩に似せて造ったのさ」
「鳥? 何の」
「色々。まあ、主に雨追い鳥だけどね」
「雨追い鳥って、渡り鳥でしょう」
数日前に見た群れを思い出し、首をひねった。
「そう。あの時も言ったと思うけど、繁殖期は魔女の山の近くで過ごす、その家さ」
「何のために、鳥に家なんて造ってやるの」
「まあ、自分で考えるんだね」
知っていても簡単には教えない。知識を小出しにして、ひかりをからかっているに違いない。
ひかりは、イーと、しかめっ面をして見せた。
鳥の家は、二階家ぐらいの高さで、上部に窓が並んであった。そこから鳥が出入りするのだろう。
三人はアドゥカルを降りると、人間用の入口から中に入った。
中の空気は、クーラーをかけた部屋のように肌に心地良かった。ただし、鼻が曲がるほど臭い。
「何、これ」
鼻をつまみ、息を止め、床を見て納得した。糞の山だ。
しかし、アータガーンは平気な顔をしている。
「ひどい臭いだが、良い肥料になるんだよ」
「肥料? どこで使うの。畑なんてあるの」
「もちろん、ここで使うわけじゃない。袋詰にして売りに出すのさ。エーンやイーや、オノトースの国々に」
糞には、藁のような乾いた草がかけてあった。表面が乾燥するのを防ぐためだという。
ついこの間まで雨追い鳥がいたため、まだ新しく、肥料には使えない。しかし、下の方からじわじわ醗酵し、半年後には出荷されるらしい。
「出荷が終わった頃に、また鳥がやってきて糞を落とすってわけさ」
「ふーん。じゃあ、肥料を作るためにこの小屋を建てたんだ」
つまらない、と思った。臭い思いをしてまで作る価値があるのだろうか。
「まさか、これは副産物だよ。目的は他にある」
「じゃあ、何」
その言葉にかぶさるように、ッピーという鋭い声が、空間を切り裂いた。
見上げると、蜂の巣のように区切られた壁から、パタパタと小型の鳥が飛び出してきた。
ピャーィピャーィと、甲高く叫びながら、ぐるぐる天井付近で円を描く。見てる間に、影が二つ、三つと増えてきた。悲鳴が天井に反響し、増幅し、人間を責め立てる。
ひかりは顔をしかめ、耳を抑えた。
「何が起こったの」
「僕らを、玉子泥棒だと思ってるのさ」
「はあ?」
「とにかく出よう。彼らが落ち着くように」
三人が外に出た後も、鳥の悲鳴は続いていた。
「そうか、玉子を取るために造ってるんだ」
「玉子だけじゃない。肉も、羽もそうだ」
玉子と肉は食用だが、羽は、布団や飾りを作るのに使われるという。
「なるほどね」
一応は納得したものの、釈然としない。
「でも、こんなところまで、誰が取りに来るの」
「ギーブの人たちさ」
「それ、どこ」
「ここから、アドゥカル半日ほどの距離にあるオアシスだ」
魔女の山の近くには、小さなオアシスが幾つかと、大きなオアシスが一つある。
小さなオアシスは、前に聞いた伝説のように、突然干上がったり湧き出したりするらしい。そのため、人は住んでいない。
しかし、大きなオアシス、ギーヴは宿場町で、それこそ伝説の通り、沙漠を横切る人々が立ち寄るらしい。
「そこの人たちが、この小屋を立て、管理しているのさ」
「でも、鳥は怪しいと思わないのかしら」
「そこが鳥の浅はかさ。あの鳥にしても雨追い鳥にしても、オアシスよりもここが安全だと思っているのさ。
数日置きに、餌と水が運ばれてくる。苦労のない暮らしに慣らされたら、怠け者になるのは自明の理だ。分かっていても、逃げられない。
憐れ、丸焼きとなったあいつらを、明日の夜はごちそうになれるだろう」
ひかりは顔をしかめた。この間から上がっていたアータガーンの株が、一気に下落した。同時に、彼に惹かれかけていた自分までバカみたいに思えた。
どさっと腰を下ろすと、皮袋から水を飲む。
それにしても、自分は何にイライラしているのだろう。
鳥肉を食べたいと思えば、鳥を飼い、それを殺さなければ食べられない。それこそ自明の理だ。どうして、それをはっきり指摘されて苛立つのだろう。
(彼の言い方がふざけてるからよ)
そうではないと知りながら、もう一口水を含んだ。
小休止が終わり、一行はまた移動し始めた。
しかし、ひかりはまだ、鳥肉のことが心に引っ掛かっていた。
重苦しい気持ちで尋ねる。
「私たち、ギーブに行くの?」
アータガーンは、いたずらっ子みたいに、丸い瞳をくるっと回した。
「そう。そこにはね、イリューの恋人が待っているのさ」
「ええ!」
ひかりは、本気で飛び上がってしまった。
大慌てで、イリューが訂正する。
「嘘だよ。友人だよ」
「親友じゃなくて?」
アータガーンが混ぜっ返す。
「向こうもそう思ってくれているならね。ああ、本当に、久しぶりに会えるかと思うとうれしいし、楽しみだね」
答えるイリューは、真っ直ぐ地平線の彼方を見つめている。口もとは笑みをたたえ、細めた目は、早くそのオアシスが見つからないか探している様だった。頬がわずかに紅潮して見えるのも、夕焼けのせいばかりではないだろう。
なぜかくやしくて、唇を噛み、視線をそらす。
どんな人だろう。
「アータガーンも、知ってる人?」
「いや。会ったことはないが、会いたくもない」
「どうして」
アータガーンはたくらむように笑うと、唇をとがらせた。
「何しろ、イリューの頬を染めるほどの男だ。かなりの男前だろう」
「ちょっと待って。男なの」
「女だと言ったかな」
「言ってないけど……」
わざと、勘違いするような言い方をしたんだ。そう思い当たると、また、むかついた。
が、相も変わらず、平気な表情だ。
「僕のひかりがそいつに心を奪われるかもと思うと、心配でご飯も食べられない」
「何時、わたしがあんたのものになったの」
ひかりは拳を振り上げた。
二人の乗った獣たちが、やれやれというように、そろっていなないた。
その日の夕食は、ちょっと豪華だった。
もちろん、食べ物の質は変わらない。が、量が多かった。更に、気分が違う。何もない限り、あと半日でオアシスだ。
みんな剛毅な気分になり、少年達にまでお酒が振舞われた。
イリューもアータガーンも美味しそうに飲んでいたが、ひかりは飲む気にならなかった。
「だって、またお酒で失敗するの嫌だもん」
「おー、そんな心配は無用だ。ぼくは、酔った勢いで女の子に迫るような恥知らずではない」
言葉とは裏腹に、アータガーンが体を寄せてきた。それをぐいっと押し返す。
「酔ってなくても迫ってくるくせに」
どっと一同がわいた。
イリューも、いつもよりずっと陽気な声で問う。
「さあ、今日は誰の話を聞こうか」
即答する。
「イリューの話が聞きたい。それに、歌も」
お酒でほんのり赤く染まっていた頬が、うれしそうに緩む。いそいそとトゥールの弦を調節すると、ぽろろーんとかき鳴らす。
「それでは、ウスタトゥに伝わる、バグとエフィルの話を」




