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命の実  作者: 不動坊多喜


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命の実(31)13②

13②


その夜、かかとの治療を終えたアータガーンが、いつものおどけた調子で話し掛けてきた。

「どうだい、ひかり。僕と一緒に来る気になったかい」

「え、なんで」

「昼間の僕は、カッコよかっただろう」

相変わらずのふざけた気障ったらしい物言いに、そして、それが事実だっただけに、一層カチンときた。にらみつけながら言い返す。

「友達になら昇格してあげてもいいけど、それ以上はダメだよ」

「おー。じゃあ、今までは友達でもなかったわけかい」

「そう、言うなら、ただの通りすがりだね」

何てこったと肩をすくめる傍で、イリューが不安げな顔をした。

「私は?」

「イリューは親友だよ」

「どうしてイリューが親友で、僕は友達なんだ」

「君はダメ」

「ひどいよ、ひかり。僕は命の恩人じゃないか」

「それとこれとは別」

憤慨するアータガーンをちょっと笑って、再びイリューが口を挟んだ。

「ひかりは、故郷にも親友が三人いるんだよね。友理ちゃんと、東君と、美波さんと」

名指しされ、すごく驚いた。

自分の話をきちんと覚えてくれたんだ。

胸がじーんとしてうれしかった。けれど、

「東君と美波さんは、友達だよ」

少し、哀しいけど。

「正しくは、失恋の相手とライバルだ」

すかさず茶化すアータガーンに、拳を振り上げ目をむいた。

しかし、彼は全くこたえていないかのように、華やかに笑っている。

その表情が眩しくて、顔を背けた拍子にぽろっと本音がこぼれた。

「それに、友理ちゃんとはケンカ中なんだ」

「どんなケンカ」

「うーん」

「ぜひ、話してほしいなあ」

アータガーンの言葉には、反射的に反論したくなる。

「やだ」

「私も聞きたいね。話せば楽になるよ」

イリューに言われると、考え込む。

「でも、サイアクの話だよ」

また、アータガーンが混ぜっ返す。

「最悪はいいことだ。それより悪いことは起こらない」

ぐっと息を止め、ひかりは三度彼をにらみつけた。が、返ってきたのは、やはり、極上の笑みだった。

ふーっとあきらめのため息をつくと、ひかりは話し始めた。



『サイアク』の話


東君は、小三の終わりごろからわたしたちとは遊ばなくなりました。男の子と遊ぶほうが面白くなったんです。

中学になって三人ともクラスが離れて、東君とはますます疎遠になりました。でも、友理ちゃんとはずっと一番の友達でした。

わたしは、美波さんをはじめ、幾人か親しい子がクラスにできたけど、引っ込み思案の友理ちゃんは、なかなか友達もできないようでした。


去年の暮れでした。大晦日に、美波さんちでカウントダウンパーティーがあるから一緒に行こうと、東君から電話があったんです。わたしは、浮ついた空想にすっかり舞い上がってしまいました。

でも、東君は永田君に頼まれたからわたしを誘っただけで、本当は美波さんと付き合ってたんです。それで、言い寄ってきた永田君を蹴り倒して逃げ帰りました。

このことは友理ちゃんには内緒でした。東君がそうしてほしいと言ったからです。

でも、留守中に電話があって、全部ばれちゃいました。


元旦の朝、友理ちゃんに電話して、一緒に初詣に行きました。

会ったら最初に謝ろう。そう思っていたのに、なかなか「ごめん」の一言が言えませんでした。

帰る時間が近づいてきて、本当に思い切って、やっとのこと口にしたのに、友理ちゃんの返事は、「何が」でした。

ちょっと拍子抜けしたけど、夕べのことを正直に話しました。そしたら、

「ホントに知らなかったの。私だって知ってたよ。あの二人ができてるって、有名じゃない」

と、なぜか非難の目を向けられました。

でも、わたしの癇に障ったのは、「ひかりって、まだ東君なんか好きだったの」という言葉でした。それは、私なんてとっくに卒業したよという響きがあって、馬鹿にされたような気がしました。

本当は自分だって彼が好きなのに、誤魔化そうとしてる。誘われなかったからひがんでるんだ。そう思い、とても腹が立ちました。


だからそのあと、友理ちゃんが、東君と美波さんとそのグループの悪い噂を次々並べ始めたときには、うんざりしてしまいました。

今までは、たとえ自分が悪く言われても人の悪口は言わない、そんな子だったのに、まるでワイドショーのリポーターみたいだったんです。

たとえば、「美波さんが転校してきたのは、三角関係で傷害事件を起こしたからだ」とか。その噂は、わたしも知ってました。でも、美波さんの話では悪いのは向こうだったし、事件の内容も傷害というほどのものでもなかったから、そう反論しました。

そうしたら、それは本人が自分を正当化してるだけで本当は違うと、また新しい噂で彼女を非難しました。


それで、つい言い返してしまったんです。

「どうしてそんなに彼女の悪口言うの。彼女が友理ちゃんに何かしたっていうの」って。

そしたら、急に……、泣き出したの。

「ひかり。どうかしてるよ。なんで彼女をかばうの。傷つけられたのは、ひかりの方なのに。そんなに美波さんがいいの」って。

わたしは、友理ちゃんがなぜ泣くのか分からなかった。だから、彼女を慰めるどころか、逆に腹が立ってきて、そのままさよならしてしまった。最悪だった。


でも、それは本当の最悪じゃなかった。まだまだひどいことが次の日起こって。

学校から電話があって、正月なのに呼び出されたの。親子で。

着いてみると、あの夜集まったメンバーが、永田君以外みんな来ていた。

永田君は、あの後、急性アルコール中毒になって救急車で病院に運ばれて、おかげで未成年の飲酒がばれ、全員呼び出しというわけ。

親子共々たっぷりと叱られ、休み中の謹慎を言い渡された。

横目で見た母の顔は、真っ赤になって震えていた。


予想通り、帰った後は嵐のような怒りの渦。わたしは言い訳に徹した。

「そんな集まりだとは知らなかったのよ」

これは、本当のこと。

「ワイン一杯だけだよ」

これも、本当のこと。

でも、わたしは言わなかった。男の子が来ることを知っていたことは。これを言うと、ふしだらな娘とか言って、もっと怒り狂うに決まっていたから。

「とにかく、もう、美波さんとは付き合わないこと」

そう申し渡され、わたしはうなずいた。もともとそのつもりだったし。


謹慎はとにかく退屈だったけど、どうせ友理ちゃんとも喧嘩してるし、まあいいや、みたいな感じで残りの休みを過ごした。

けれど新学期が始まって、わたしは自分がクラスで浮いてることに気がついた。

初めは理由が分からなくて、でも、切れ切れに聞こえてくる噂話から分かったんだけど、みんなあの夜のことを知っていて、わたしを避ける雰囲気ができてしまったみたいだった。

つまり、永田君は、振られたショックでお酒をやけ飲みした。そのせいで、みんながセンター指導を受けて謹慎になった。だから、悪いのは二ノ宮ひかりだ。そういう論理だ。


でも、まだまだそれで終わりじゃなかった。

一月の終わりごろ、突然友理ちゃんから呼び出しがあった。あれ以来ずっと話をしていなかったから、うれしかった。

でも、話の内容は「絶交」だった。理由は、「オタクの私と無理して付き合ってくれなくてもいい」だった。誰かが、あの夜の会話に尾ひれをつけて噂に流したんだ。でも、あんまり突然で、言い訳の言葉も見つからなかった。

自分に向けられた背中を見て、わたしは世界で一人ぼっちになった気がした。

それまでは、いくらクラスで浮いてても、みんなが白い目で見ても、平気だった。喧嘩してても友理は友達。そう思ってたから、一人じゃなかった。

のに、その友理まで行ってしまった。あれからずっと、友理はわたしを無視する。

わたしは、そんなに悪いことをしたの?



話しているうちに気持ちが高ぶり、言葉が乱れてきた。気づいたときには涙が頬を伝い、いつしかしゃくりあげていた。

左隣に座っていたアータガーンが、そっと肩を抱いてくれた。優しくて、温かだった。

いつの間にか、イリューがトゥールを奏でている。寂しげな旋律が風に混じる。小さい頃母さんが歌ってくれた子守唄と、どことなく似ている。

思わずその背中が恋しくなり、アータガーンの胸に顔をうずめ、子どものように泣きじゃくった。


命は巡る 夢巡る

 なくした春も また還る

 雨の香りに 種目覚め

 枯れた枝にも 花開く

 命の果実の 熟すまで

 目を閉じ待とう その日まで

 命は巡る 夢巡る

 命は巡る 夢巡る


つぶやくような低い歌声が、旋律に絡みつく。寂しかった気持ちが、満たされ、落ち着いてくる。アータガーンが静かに言う。

「人の悪口を言ったことのない子が悪口を言う。きっと友理ちゃんは、ひかりが離れていくようで怖かったんだよ」

本当だろうか。

友理の気持ちは分からない。わたしは友理じゃないから。

でも、自分の気持ちは少しずつ見えてきた気がする。

その思いを口に出すのは怖かった。けれど、今、言わなければならない。

ひかりは、アータガーンの胸に顔をうずめたまま、彼の服を思い切りつかんだ。そうしないと彼らが逃げていくような気がした。もう、一人にはなりたくなかった。



わたし、美波さんに憧れてたの。わたしと違って何でもできたから、羨ましかった……。

違う、そうじゃない。東君が彼女を好きになったから、羨ましかった。なのに、わたしはそれさえごまかそうとしてた。

わたし、東君においていかれたくなくて、いっぱい無茶をした。

でも、怖くなかった。だって、いつも友理が待っていてくれたから。

どんなに失敗しても傷ついても、馬鹿にしたり笑ったりせず、感心してくれた。それが分かってたから、何でもできた。

友理がいたから、何でもできた。なのに、そのことに気づいてなかった。どころか、友理も東君が好きだって、勝手に思い込んで嫉妬した。

友理に甘えてたくせに、友理の態度が今までと違ったから、腹を立てたんだ。

わたしは、ガキだ。今も昔も、友理がいないと何もできないくせに。話を聞いてもらえなかったから、拗ねた。そう、拗ねたんだ。

聞いてもらいたかった。同情して欲しかった。でも、諭されたから、拗ねたんだ……。

そして、仕返しに、友理を傷つけた……。

だから、友達を失っても当然なんだ。



最後の言葉を吐き捨てた後、ひかりはアータガーンの胸に、激しく顔を押し付けた。そうしていても、不安が竜巻のように渦を巻いている。


結局、わたしは、何時だって独り善がりだった。

独りぼっちになったのは、それだけのことをしたからだ。

いや、初めから一人だったんだ。いつだって自分の空想の世界に生きていたから。他人の気持ちなんて、考えたこともなかった。だから東君も、わたしを選ばなかったんだ。

イリューとアータガーンは、きっと、わたしに愛想を尽かしただろう。


けれど、楽の音はやまなかった。

そして、アータガーンは、強くひかりを抱きしめてくれていた。


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