命の実(29)12③
12②
右回りの最初の国では、ウスタトゥは、既に、乙女バグによって殺されていた。
バグは、殺した眷属の体を使って楽器を創り上げたのだ。その響きは、主人のために命を捧げたウスタトゥの泣き声に似て、寂しげで澄んだ色合いをしていた。
イムは、乙女が自分の眷族を殺したことに戸惑いと驚きを覚えたが、所詮他国のこと、手間が省けてよかったと思い、そのまま立ち去った。
二番目のフーは、真っ白な小動物だったが、毒が回って青紫になって死んでしまった。
乙女ティバールは、帰らぬフーを探してさまよい歩いた。しかし、泣きすぎて目がよく見えなくなっていたため、砂の間から顔を出していた真っ白な岩をフーと勘違いした。
一生懸命掘り起こし、キスをして初めて塩の塊だと分かったが、本物を見つけることができず、泣く泣くそれを持って帰った。
次は、アロットの番だった。
乙女レジットは、何とかアロットを甦らせようと、薬草を塗り込んだり煙で燻したりしてみた。そのため、彼の体は燻製となり、腐ることもなく、ずっと形をとどめていた。しかし、命は戻らなかった。
四番目の国の乙女ウォークは、怒りをぶつけるように、イシューの乳を溜めてあった桶を揺さぶり、かき混ぜた。
その結果、乳は、図らずもクリームやチーズ、バターに変わってしまった。
しかし最後の乙女オーティフは、エーンを殺されても何もしなかった。
彼女は何の技術も持っていなかったし、時間と根気のかかる仕事が嫌いだったので、たとえエーンの助けがあったとしても何もできなかっただろう。
それで、握り拳ほどもない小さな死骸に土をかけ、とりあえず両手を合わせて自分の幸運を祈った。
さて、乙女クォッフは、絵を描き上げても怒りが収まらなかった。
一年後、皆が集まり捧げ物をそれぞれの台座に置いたとき、その怒りが爆発した。
クォッフは、狂ったように玉座の周りを駆け回り、次々と他の乙女の捧げ物を地に落とし、叩き壊し、踏みつけにした。
最後に、歯を剥き出しにしてヌースに突進した。
しかし、ヌースが手にした杖の先を彼女に向けると、その姿はしゅるしゅると小さくなり、耳の大きな獣になった。
「一体、これはどうしたことだ」
ヌースの問いに、乙女らは口々にイムの悪行を訴えた。
その間に、ユーバは台座の後ろにこそこそと隠れ込んだ。
「ユーバ」
ヌースの声が聞こえたにもかかわらず、彼女は返事をしなかった。しかし、気がつくと、体中の骨も肉も融けるように消えていき、皮膚は干からび、しわがれ、ぺしゃんこになっていた。
ユーバは己の姿が恥ずかしく、台座の下にもぐり込んだ。そうして、そこからヌースに訴えた。
「ウスタトゥを殺したのは、バグですよ」
ヌースの視線がバグに向けられた。
バグは青くなった。慌てて言い訳を探したが、言葉を発する前に体は小さく萎み、背中にはウスタトゥのような重い甲羅が背負わされていた。
「さて、他の者はどうだろう」
乙女らはみな、口々に眷族の悲しい死と、自分の捧げ物の素晴らしさを語った。
ところが、最後にオーティフが、石のナイフのように鈍く、重い言葉を投げかけた。
「それじゃあ、あなた達は、死者を正しく葬らなかったのね」
氷のような風が吹きぬけた。死者は正しく葬られることで、土に戻り、新たな命となることができるのだ。
乙女らは口を閉ざし、ヌースはため息をついた。
彼は玉座の横に立つと、厳かに言い渡した。
「みなそれぞれに素晴らしい知恵と技術を持っていて、わたしはうれしい。しかし、その方法が間違っていたことが悲しい。よって、今罰を与えた者には更なる罰を、種族を正しく葬らなかった者にも軽い罰を与えたい」
言いながら、右手に持った杖を高くさし上げた。それを振り下ろし大地を強く打つと、落雷のような光と音がして、エーン以外の十一の岩は砕け散った。砕けた岩は様々な大きさとなり、それぞれの国に押し寄せた。
結果、ウスタトゥからイム、アームの町はあふれる砂に埋もれてしまった。
アロットとフーは砂より細かい粘土の国に、イジュスティフとウラスは砕けた石に覆われた。イシュー、イロット、ユーニ、イーも砂の国だが、母なるレヴィール川のおかけで穀物を手に入れられるようになった。
同時に、乙女らも姿が変わっていた。
アドゥカルは長い毛と硬い皮で守られた足を持つ獣になった。
ウェリッチは、柔らかな茎と葉を持つ草になり、今ではブーツを編むのに使われている。
ロディジンは鳥となり、雨を追いかけ各地を旅するようになった。
ウォドーブは汁気の多い木の実となり、酒造りには欠かせない作物となった。
アーマットは川に流れて十二の玉石となり、人々は子どもが七歳になればその耳に種族の石を飾ることになっている。
ウォークとレジットは、自分の作った食物を、つまり、ウォークは豊かな乳を、レジットは燻製や干し肉・腸詰の材料を生み出す動物になった。
また、ティバールは白の岩となり砂漠に散らばった。人々は今、それらを掘り起こして塩を手に入れるのだ。
ヌースは最後にオーティフを招くと、玉座を与えようとした。
しかし、月の王子、ナーキッシュがそれをとがめた。
「乙女らは皆、あなたの命を受けて苦労して物を作り上げたのに、何もしなかった者が賢者になるのはおかしいのではありませんか」
弟のマーキッシュも同意した。
「乙女らは、眷族の死を無駄にすまいと工夫したのです。新たな形で命が伝えられていくのは素晴らしいことではないでしょうか」
ヌースは息子達に諌められ、自分の判断が間違っていたことを悟った。
そこで、オーティフを人間に変えると、
「おまえには、他の十一の部族の知恵と技術の全てを与えよう。しかし、おまえが嘘や軽口を使って身を護ろうとすれば、耐えようのない苦しみや悲しみに襲われることになるだろう。そこをよく考えて行動するように」
そう言い渡した。
そうしてヌースは天に戻り、二度と降りては来なかった。自分の処罰を恥じ、一日のうち半分だけ顔を出すようになった。
夜が闇に包まれるのを憐れに思った王子ナーキッシュは、一日の残り半分を照らしてくれるようになった。
ユーバとクォッフは、ヌースの目が届く時間は砂や岩の間に隠れ、ヌースがいなくなってから現れるようになった。そうして、人間や他の生き物を見つけると、噛み付き、その血を吸い、肉を食らうことで恨みを晴らそうとしている。
しかし、バグは地の底深くに隠れ、夜も昼も、決して姿を現そうとはしなかった。
そうして、人間は全ての地に広がり、乙女らがくれた技術を受け継ぎ、彼女等の命をつないでいるのだ。しかし、正直に生きられず、いつも苦しみや悲しみに悩まされる、そんな生き物になったという。
ひかりは、ぼわっとした頭のまま尋ねた。
「じゃあ、今イリューが弾いているその楽器は、バグが作ったの?」
「そういう話だ」
横から、アータガーンが口をはさんだ。
「ただの伝説さ。見た者なんか一人もいないんだから」
「その通りだよ。何しろ、人間が生まれる前の話だ。けれど、伝説には必ず真実が含まれているというからね。どこが真実なのかは分からないけれど」
「それで、賢者の玉座はどうなったの」
「崩れ落ちた。今はそこに、魔女の山がある」
「今登ってる、この山が魔女の山じゃないの」
「これはただの丘だ。今は、エーンの椅子だけが残っている」
言いながら、イリューは、ギアを一つきゅっと回してトーンを調節した。試すようにぱらららーんと音を降らせる。
奏で始めたその音階は、やはり五つの音でできていたが、また微妙に違っていた。そして、それだけで、広がる世界が大きく変わった。
物寂しげなメロディーと、古の王朝を思わせるゆったりとしたリズム。
緑萌ゆる大地に
花の帯果てしなく
美味し果実実りて
皆それを食みて生く
その幸も今遥か
過ぎ去りし夢となる
ヌースの怒りに触れ
乙女らは姿変え
その思い砂となり
風のままに彷徨う
目を閉じて聞いていると、自分も乙女の一人になったような気がして、哀しかった。




