命の実(28)12①
12①
その日、変化する地形に、ひかりは目を見張っては、ため息や歓声をもらしつづけた。
最初は、小さなとんがり帽子のような岩だった。運動会のコーンのように、点々と大地に置かれている。
それは、歩くほどに数を増し、巨大化し、形も変わってきた。
美しい縞模様の断層を飾りつけた円柱や丸い椅子。天に向かう巨大なつらら。巨人が大鉈を振るったように、すっぱりと斜めに切れた大岩。螺旋階段のように足掛かりが取り巻く尖塔。人や動物の形に似たものもあった。
それらが、美術館のオブジェのように一行を迎えてくれる。
子どものようにはしゃぐひかりに、イリューは優しく教えてくれた。
「魔女の山に近づけば、もっと大きいものが見られるよ。一番大きいのは山のすぐ向こうにあって、『エーンの椅子』と呼ばれているんだ」
「どうしてそんな名前がついたの。教えて」
「じゃあ、今夜、夕食の後」
「うれしい。ついでに歌も、ね」
ひかりは、甘えた声を上げた。
イリューはおやおやと肩をすくめたが、表情はうれしそうだった。
と、後ろからコホンという咳払いが聞こえた。ついで、アータガーンの尖った声。
「お楽しみのようだけど、ひかり。君にはすべきことがあるだろう」
「すべきこと?」
ひかりは、首を傾げた。
アータガーンが、珍しく怒ったような顔で頭の輪をつつく。それが何を意味しているのか、やっぱり分からない。
「はっきり言ってよ」
少しイラついた声を上げると、もっと刺々しい声が返ってきた。
「エフィルだよ。探しているんだろう」
「あ」
しまったと、口元を抑える。
そんなひかりに、容赦なく非難の言葉が浴びせられた。
「はしゃぐのも良いけど、使命を忘れてどうするんだ。それとも君にとって、エフィル探しはどうでもいいことなのかい」
売り言葉に買い言葉。皮肉った口調に、ひかりも声を荒げた。
「珍しいから、ちょっと見てただけじゃないの。忘れたわけじゃないわ」
イリューが同意した。
「そうさ、少し話をしただけだろう」
「ダメだ。ひかりは、昨日もその前も、一度も望遠鏡をのぞいていないだろう。見落としたらどうするんだい」
「一昨日は、雨だった。あんな中で探すのは無理だ。それから、昨日歩いた道にエフィルがあったとしたら、雨で芽を出しているはずだ。だが、そんなものはなかった」
アータガーンが、軽蔑したようにイリューを見た。
「まさかと思うが、知らないのかい。自然の雨では、エフィルは芽を出さないんだよ。人の手で水をかけないかぎりね」
ぐっと、イリューが息を呑んだ。勝ち誇ったように、アータガーンが言う。
「僕はね、ひかりのためを思って言っているんだ」
「そうかな。私とひかりが楽しそうだったからじゃないのかい」
「イリュー。君は自惚れが強すぎるんじゃないかい」
「君ほどでもないよ」
どんどん、口調が険悪になっていく。
最初は腹を立てていたひかりだが、今はおろおろしていた。
「あの、アータガーンの言う通り、わたしが悪いの。すっかり忘れてたから。だから、エフィルを探すから。だから、ケンカしないで。お願い」
イリューとアータガーンが、顔を見合わせた。それから、気まずそうに目を反らせた。
アータガーンが、ぽつっともらした。
「確かに、ひかりが悪い」
それから、顔を上げ微笑んだ。
「魅力的すぎる」
天使の笑顔に、かーっと頬が熱くなる。
それを誤魔化すため、望遠鏡を取り出すと目に当てた。目の前のとんがり岩が、なぜか遠く小さくなった。慌てて、逆さに当て直す。
二人が声を立てて笑うのが聞こえたが、必死で探す振りを続けた。
約束通り、夕食の後、イリューの話が始まった。
「それでは、トゥールの師匠が、幼いころ語ってくれたエーンの伝説を」
『山の乙女と賢者の玉座』の話
ィアーケス・オニーシャに人間が現れる前の話だ。
そのころ、十二の山にはそれぞれ山の乙女が住み、その眷族と暮らしていた。
大地には緑があふれ、花が咲き、様々な果実が実っていた。すべての獣は、好きなだけ花や実を食べ暮らしていた。
父なる太陽は、国の中心部にある大岩に立ち、平和と幸福に満ちた国土を眺めるのが好きだった。
大岩の周りには、特に美しいナファルという白い花が咲き乱れていた。国で一番美しく豊かな花畑は、どこの山にも属せず、どの眷属のものでもなかった。
ところが、あるとき飢饉が起こった。雨が降らず、山の草も木も枯れ始めた。
食料を求める獣達が、ナファルの野を取り合って争いを始めた。乙女達はそれを諌めるどころか、自分の領地を増やそうと争いに加わった。
それを知ったヌースは怒り、大岩を切り裂き、真ん中に一つの玉座と、それを取り巻く十二の椅子をこしらえた。
そうして乙女達を集め、厳かに言い渡した。
「領土を広げたいと思う者は、わたしに捧げ物をしなさい。最も優れた物を捧げた者に、すべての領土を支配する権利とこの玉座を与えよう。
期限は一年。来年の今日、それぞれの椅子の上にそれぞれの捧げ物を置くがよい。判定は月の王子に任すとしよう」
乙女達はそれを聞きうなずいた。みな各々の国に戻り、何を作るか眷族と話し合った。
イムを司る乙女ユーバは、薬作りの名人だった。しかし、薬というものは、病気の人がいてはじめて役に立つものである。
「ヌースは不老不死だから、捧げ物としての価値がないと言われるかもしれない」
それで、ユーバはイムたちを二手に分け、それぞれ国土の右と左に放った。
「よいか。他の種族のものに出会ったら、おまえたちの毒で殺してしまえ」
眷族の助けがなければ、乙女たちは何もできないだろう。そう考えたからだ。
イムたちは、それぞれ言いつけをよく守った。
左回りのイムは、順にアーム、イジュスティフ、ウラス、イロット、ユーニを、右回りのイムは、ウスタトゥ、フー、アロット、イシュー、エーンを回り、最後にイーの国で落ち合うと、ともに草原を横切って国に帰って来た。
ユーバは、イムたちの働きに満足した。
眷族を殺された乙女達はみな、気が狂ったように泣き叫んだ。
アームを亡くした乙女クォッフは、嘆きと怒りのあまり、アームの血に自分の涙を混ぜ、それを絵の具として絵を描き上げた。
美しい緑の野原を真っ赤なアームが駆けている。空の青と草原の緑とアームの赤がつくるコントラストは、本物よりも生き生きとしていた。
イジュスティフでは、乙女アドゥカルは死んだ獣の毛を刈り取り、糸を紡ぎ、様々な色に染め上げ、絨毯を織り上げた。
織物の中でイジュスティフは甦り、賢く、優しい目で草を食んでいた。
ウラスの乙女ウェリッチは、悲しみのあまり髪が抜け落ちてしまった。
彼女はそれを拾い集め、柔らかなブーツを編み上げた。外側には亡くなったウラスの皮を貼り合わせ、丈夫で履き心地もよく、しっかりと足を守ってくれるブーツを作り上げた。
イロットは、美しい緑の羽根を持った尾長鳥だった。
乙女ロディジンはそれを集め、衣装や布団、羽飾りなど、身のまわりの物をいくつも作った。そうしてそれらをまとうと、イロットたちと旅をしている気持ちになれて、悲しみも紛らわされた。
ユーニが殺されたとき、乙女ウォドーブは、ユーニに集めさせた木の実を漬け込んだ酒造りの最中だった。酒ができるまで時間がかかる。乙女はその間ずっと泣きつづけ、彼女の涙が溶け込んだ酒は、えもいわれぬ芳しさをたたえた。
六番目のイーでは、乙女アーマットは、イーの流した血を固め、真っ赤な石を造り出した。
それから大きな牙を抜き、イーの姿を刻み込むと、瞳に赤い石をはめ込んだ。柔らかな乳白色の体に火のような眼を持つレリーフからは、猛々しい咆え声が聞こえてくるようだった。




