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命の実  作者: 不動坊多喜


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命の実(27)11

11


次の朝、目覚めて驚いた。

「何、これ。草?」

「ああ、昨日雨が降ったからねえ」

アータガーンが、何事もなかったかのように答える。

目の前の大地が、一面萌黄色に染まっているというのに!

細い草が柔らかな葉を広げている。どこに隠れていたのか、小さな虫がその茎を這い上がっている。草は、這い上がる虫のスピードよりも早く成長しようとしている。とどまることが罪であるかのように、何もかもが、ひたすら変化し続けている。

(この草も虫も、短い一生を楽しんでるんだ)

カエルと同じように、とにかく早く大きくなって、花を咲かせ実をつける。種はきっと、次の雨まで、来年まで、砂の中で眠る。虫もまた、然り。


グリーンベルトは、赤茶色の川に沿って広がっている。

ラムダたち、アドゥカルの群れは、キャラバンが朝食を取る間、生えたばかりの新芽を食べていた。実をつけることのできなかった草に、すまない気持ちがした。

(でも、それが生きることなんだ)

同意するように、川で魚が跳ねた。

こいつらも、砂の中で眠っていたのだろうか。

その水面を、影が横切る。

「雲?」

仰ぐ空を、鳥の群れが移動していく。

「雨追い鳥だよ」

雨が降る頃やってきて、干上がるころには行ってしまう。次に雨が降る場所まで飛び続け、一年かけてィアーケスを一周するという。

「繁殖期は、魔女の山の近くで過ごすんだ。その時期になると、彼らを迎えるように水が湧き出し、彼らが去るとまた干上がるらしい。今は、丁度繁殖期が終わったところ。ほら、一回り小さいのが、三月前に卵から孵ったばかりの若鳥だ」

ひかりは目を細め、自分達が来た方角へ去っていく群れを見つめた。

「あんなにたくさんあったら、カエルがみんな食べられちゃうよ」

「そう思うだろう。でも、そうはならない」

きっと、鳥はまた別の動物に、たとえばクォッフに食べられてバランスが保たれるのだ。

生き物は、不思議だ。


男達が動き始めた。名残惜しそうなアドゥカルを集めている。また、旅が始まるのだ。

ひかりも、ラムダのもとへと急いだ。


夕食後、かかとの傷をアータガーンに診てもらっていると、イリューが心配そうにのぞき込んできた。顔の角度が変わるたびに、耳たぶの白い光が揺れる。

「みんな白い石のピアスをしているのは、何故」

「私たちのピアスはね、生まれた国を表すんだよ」

ィアーケス・オニーシャでは、病気で死ぬ子どもが多い。それで、七歳になると、それまで生きられた感謝とこれからの無事を祈って、耳に種族の石を飾るのだという。

そういえば、イラキーフ親子は緑の石だった。けれど、オノトースから来たというアータガーン、イマニームとドゥニックは何もつけていなかった。

「アータガーンは、どんな国から来たの」

彼の目が、たちまち細くなった。ひかりが自分に興味を持ってくれているというのが、うれしくてたまらないように。

「知りたい?」

そう言われると、反発したくなる。

「別に」

イリューが、笑いながら間に入った。

「じゃあ、今日はアータガーンの話を聞こう」

「たいした話はないよ。聞く価値もないことばかりさ」

そう言いながらも、とろけるような笑顔で話し始めた。



『アータガーンが探す薬』の話


このィアーケス・オニーシャでは、まだ魔女の伝説は強く残っている。何と言っても魔女のお膝元だからね。だが、沙漠から離れるほど、人々は魔女から解放された生活を送っている。魔女を信じている人たちなら眉をひそめるような生活をね。


昔、ここは世界の中心だった。離れるほど辺境の地と呼ばれた。しかし、今では遠いほど人口も多く、商業や工業が発達している。


僕の育った町、ゾイスは、その辺りで一番大きな町だ。

雨が多く、肥沃な大地では作物がいくらでも育つ。海が近いから、海産物も多く出回る。それこそ、伝説に出てくる大昔のィアーケス・オニーシャのように、働かなくても食べ物に困らないくらいだ。

市場では、食料品だけでなく様々な品が商われている。

ガラスや陶器の食器類、反物や衣類、髪飾りのような小間物から箪笥のような大きな家具まで、そりゃあ、何でも売っている。大声で取り引きをしている様子は、まるで喧嘩だ。


そんな中で、僕の父は医院を開いている。医学も発達していて、たいていの病気や怪我なら治すことができる。それに、食べ物や生活に気をつけることで予防することもできる。

昔は手の施しようがなかった病が、一つずつ克服されていく。素晴らしいことだと思わないかい。


けれど、イシュールシュはまだ、原因も治療法もさっぱり分からない。だから、イシュルーシュにかかったら、死ぬしかない。なにしろ、ゾイスはここから遠すぎて、エフィルを見つけにくることができないからね。

でも、人々はイシュールシュに怯えながら暮らしているわけじゃない。みんながみんなかかるわけでもないし、第一、風邪のように、他人にうつるということがないのだから。

それに、今はまだ不治の病だが、他の病気のように、そのうち薬や治療法が見つけられるだろう。そう、信じる人が多いからだ。


僕がここに来たのも、エフィルに代わる薬を見つけるためだった。

イムは薬の国だから、何か手がかりはないかと思ったんだ。

残念ながら、見つからなかったけどね。


イムの山は岩だらけで、背の低い潅木や、サボテンの類しか生えていない。

サボテンというと、トゲと思うだろう。

けれど、エオラというサボテンはトゲがほとんどないんだ。まん丸で、硬い皮の内側にはたっぷり水を溜め込んでいるし、動物たちには格好の餌だ。

ただし、食べるのは命懸けだ。何しろ、崖に張り付くようにして生えているし、周りにはイムがいる。

イムというのは毒蛇でね、岩の透き間に住んでいるので「岩蛇」とも言われている。

エオラを食べに来る動物を待ち伏せし、喰らいついて毒で仕留め、食っちまう。


ところが、このイムって奴は、骨も皮も身も、全て薬の材料になる。

それで、イムの人々は、わざわざ岩場にエオラを栽培するんだ。そうしてやってきた動物もろともイムを捕まえてしまう。動物は食料になるし、エオラも薬の材料になるから、一石二鳥、いや三鳥かな。

お蔭で、一時はイムが減って、絶滅したんじゃないかって言われたくらいだ。

最近は、薬用に育てている人もいるらしいけど、昔ほども重宝されているわけでもない。いろんな薬があるからね、今は。


けれど、イムでは、新しい薬なんか開発されていなかった。昔のままだ。魔女信仰もね。オノトースでは、もう、魔女の伝説を信じている人なんてまれだというのに。

イシュールシュは、魔女の取り決めでもバグの裁きでもない。ただの病気だ。それならきっと、薬や治療法がある。エフィルの実がなくても助ける方法が。

それを、僕は見つけてみせる。



力強いその言葉には、いつものおどけた調子はまるでなかった。

(こんな人だったんだ)

真っ直ぐ前を向いて口を結んでいるアータガーンの横顔に、心が震えるのを感じた。

ふと、その顔がひかりに向けられる。にっこり微笑んだ口元は、いつもの彼に戻っていた。が、何時にないときめきを感じて、思わず下を向く。

「だからさ、ひかり、僕と一緒においでよ。苦労はさせないよ」

顔を上げずに返す。

「バーカ」

アータガーンは笑っただけで、また、話を続けた。

「ここに来るまで、この土地の人間はどうして沙漠を出て行かないのか不思議だった。外の方がずっと住みよいのに。そうだろう。そりゃ、イシュールシュは恐ろしい。けれど、さっきも言ったように、皆がかかるわけじゃない。ごくわずかな、一部の人だけだ。運が悪かった、そう思えばそれですむ。だから、皆を説得してオノトースに移住させよう。そう思ってたんだ。ところが……」

アータガーンは、そこで言葉を切った。そして、穏やかに言い足した。

「ここも案外住み良いってことが分かってしまった」

ひかりは、思わず声を上げた。

「住み良い?」

「そう思わないかい。確かに、ここは暑いよ。けれど、湿気がないのに風があるから、汗もかかないし体もべとつかない。陰に入れば涼しいくらいだ。暑い時間は昼寝で過ごす。最高じゃないか。おかげで、すっかり怠け者になってしまったがね。でも、これでいいんだ。ゾイスのように時間に追われ、速いテンポで暮らす必要なんてないんだ」

それには、ひかりもうなずかざるを得なかった。

「それに何より、この国には争いがない。時々小競り合いはあるようだけど、オノトースに比べれば平和なもんだ」

「でも、今は国に帰る途中なんでしょ。どうして帰るの」

「生の魚が食べられない。干魚だって、めったに手に入らない」

「それだけで」

アータガーンは、また笑った。

「ひかりは帰りたくないのかい」

「そりゃ、帰りたいよ」

「そうだろう、生まれた国が一番さ。まあ、そうじゃない人もいるだろうけど、ほとんどの人はそうじゃないかな。少なくとも、僕にとってはね。それに、沙漠も結構住みやすいってことを、国の皆に教えてやらなきゃね」

アータガーンは、目を細めてにっこりした。つられてひかりも微笑んだ。

反対側から、イリューが割って入った。

「本当に、イシュールシュを治す薬が見つかると思うかい」

「難しい」

アータガーンは眉をひそめた。

「本当のことを言うと、この国を見て、薬は見つからないほうがいいのかもしれないと思った」

「なぜ」

みな、一斉に真顔で詰め寄った。

「もし薬が見つかったら、人々はイシュールシュを恐れる必要がなくなる。そうすると、平気で罪を犯す人が出てくるかもしれない。ゾイスのように」

「つまり、オニーシャの平和は、イシュールシュによって保たれていると?」

「まあね」

アータガーンの言葉に、ひかりははっとした。この世界に来て、ずっと抱いてきた疑問。イマニームからは答えを得られなかった。けれど、彼なら……。

「ドゥニックは、罪を犯した人が裁きを受けてイシュールシュになるって言ったの。でも、イマニームは、罪を犯した人間がそれを償うためにエフィルを探すんだって言うの。どっちが正しいの」

思い切ってぶつけた問いに、アータガーンはやはり微笑んだ。

「これは僕の考えだけど、どちらも人間の都合だと思う。

罪を犯そうがそうでなかろうが、誰だってイシュールシュにかかるんじゃないかな。

けれど、実際に罪を犯さない人間は少ない。だからこの国の人々は、自分の罪を責め、それを償うために、

『裁きを受けた人の大切な人がイシュールシュにかかる』

と考えたんじゃないかな。

でも、砂漠から離れた所に住んでいる人は、エフィルを探しに来るのは無理だ。だから、見捨てざるを得ない状況に言い訳したんだろう。

『イシュールシュにかかるのは罪を犯した人間だ』

と。罪を犯したから裁きを受けた。だから仕方ない。どうせ、間に合わないのだから、自分達の都合のよいように話を変えてきたのさ」


明解な答えに、気が重くなった。

人の話には嘘がある。

この国に来て、何度も聞いた言葉だ。

当然のことだ。誰だって、自分に都合のよいように話を脚色するだろう。

わたしもそうだ。母に話をするときも、都合の悪いことは話さなかった。嘘をついた訳じゃないからいいだろうと、勝手に解釈して誤魔化してきた。


落ち込むひかりの耳を、イリューの歌声が通り過ぎていく。流れるように優美で、そのくせ物寂しいメロディー。

昨日とは微妙に違う五つの音が、溢れ、渦巻き、憂いを押し流していく。弦の響きが筝のようだと思ったとたん、日本が思い出され、涙がにじんできた。


私の探すふるさとは

いつもあなたの腕の中

あなたの声は風の歌

あなたの笑みは花の色

パクスの茂みで昼寝して

今日もあなたの夢を見る


いつの間にか沙漠の生活に慣れ親しんでいた。でも、やっぱり故郷が一番。

月を見たくなくて、目を閉じる。

代わりに、アータガーンの笑顔が浮かんだ。満月のように眩しい笑顔。

「でも、わたしは帰るんだ」

そっとつぶやくと、ラムダがふみふみと返事した。


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