命の実(21)8②
8②
『スマホ』の話
スマホっていうのは、世界中とつながることができる、すごい発明品なの。小さなパソコンで、電話だけじゃなく、写真や動画が取れるし、検索や買い物もできる。時計や財布代わりにも使える、ホント、便利なものなの。
特に、わたしがよく使うのは『ライン機能』。会話感覚で文字を送れるから、離れていても目の前に相手がいるみたいで、本当に便利で、楽しい。
でも、今は母さんに取り上げられてて、使えない。
だから返してもらいたい。友理とラインがしたい。謝りたい。
そう、他の機能はどうでも良い。友理にラインで謝りたい、それだけなの。
友理と喧嘩になったのは、わたしが友理に内緒で美波さんちのカウントダウンパーティーに行ったからなんだけど……、東君に誘われて。
東君が友理には内緒だって言って、わたし一人に来て欲しいんだって言ったから、舞い上がってしまった。だって、彼のことがずっと好きだったから。
でも、友理も東君が好きだったし、ちょっと後ろめたかった。だから彼の言う通り、友理には内緒にした。
母さんにも、男の子が来るってことは内緒にした。言ったら、きっと許してくれないって分かってたから。東君が誘ってくれたんだもん、どうしても行きたかった。
それなのに、行ってみたら、わたしを呼びたかったのは東君じゃなくて、その友だちの永田君だったの。東君は頼まれただけで、彼は美波さんと付き合ってたの。
あんまりショックで、逃げ出した。でも、お酒を飲みすぎた永田君が救急車で運ばれて、パーティーのことがみんなに知れわたってしまった。
父さんも母さんもすごく怒って、わたしは一生懸命謝ったけど、以前と何もかも変わってしまった。
母さんは、「もう、ひかりの言うことは信じられない」て、泣いた。大げさだと思った。だって、わたしは嘘をついていない。まあ、言わなかったことはあったけど……。でも嘘はついてない。……、同じことかなあ、やっぱり……。
わたしを自由にさせすぎたって、スマホは取り上げ、門限ができた。
母さんが、「内申書に傷がついたから、よほど良い成績を取らないと高校に行けないに違いない」って言うと、父さんは、「暇だから悪いことをするんだ。塾を増やそう」って言った。
ランクを落とさず、志望校に合格できれば返してあげるって。でも、少しでも早く返して欲しくて、草引きを手伝ったらこんなことになってしまった。
だいたい、庭が広すぎなのよ。広い庭が欲しいからって、わざわざ二軒分の土地を買って、温室やら芝生やら、自分の趣味にばかりお金を使ってる。きっと、わたしより花の方が大事なのよ。
学校では、永田君がぶっ倒れたのはわたしに振られたせいだって噂が立って、まるでわたしが悪かったかのように、皆がわたしを無視する。友理まで内緒にしてたことで怒ってわたしと絶交だって。そんなの有り?
一体、わたしが何をしたっていうのよ!
ひかりは怒鳴りつけると、拳で砂を叩いた。バグが、驚いたように砂に潜る。少しして、様子を伺うように顔を出す。当惑したその表情がこっけいで、謝らずにはいられなかった。
「変な話でごめん。これ、愚痴だよね。分かってる。本当は、イマニームに話すべきだったんだ、きっと。
彼女の話を聞いたとき、自分が責められてるみたいで、苦しかった。だから、話せなかったの。恥ずかしくて、隠しておきたかった」
相手が人間なら、話せなかったかもしれない。でも、バグだ。
バグも、何も口を挟まずそこまで聞いてくれた。
相変わらず閉じた目元には、いつものような皮肉はなかった。頭を少し傾け、何か真剣に考え込んでいるようだった。それから、改めて口を開いた。
「ラインって奴をすれば、本当に仲直りできるのかい」
「それは……、分からないけど……」
言葉に詰まる。
そうじゃないだろう。そんな声が内から響く。
「けど、友理はわたしの話を聞いてくれないの。廊下で話し掛けようとしても、無視して行っちゃうし……。取り付く島もないよ」
そうなんだ。話を聞いてもらえないからラインするんだ。
「でも、ラインなら、わたしが送っても読んでくれる……、と思う」
だんだん自信がなくなってきた。
読まないで消去するかもしれない。既読スルーもあり得るし。ひょっとしたら、既にブロックや非表示になっているかもしれない。
つながらない、なんて、今まで思いもしなかった。
「ラインって、スマホで送る会話だろう。手紙みたいなものじゃないのかい」
「まあ、メールっていう機能は、実際、手紙だよ」
「じゃあ、どうして普通の手紙を書かないんだい」
それは、考えもしなかった。
学校で話すかラインで話すか、それしかしてこなかったから思いつかなかった。
けれど、言葉に詰まったひかりは、心で毒づいた。
(問いかけはダメだって、イマニームが言ってたじゃない)
バグは、いつものように皮肉な笑いを浮かべた。意地悪そうな目元と口調。
「はーん。イマニームが何て言ったって」
また、心を読んだ!
「人の話を邪魔しちゃダメなの」
怒鳴りつけた。
「メールやラインはね、人の邪魔をしないの」
「確かにそうかもしれないね。でも、すぐに返事が送れるんだろう。あまり考えないで書いた言葉は、よけい人を傷つけるかもね」
ひかりは拳を振り上げた。下ろした場所に、もちろんバグはいない。
少し先から声がする。
「相手からひどい返事が来て、かっときて思わずひどい言葉を書いて……」
最後まで聞かず、拳を振り下ろす。砂が舞い上がる。
「あんたになんか、もう二度と話ししてやんないんだから」
闇に向かって叫んだが、波紋すら答えなかった。




