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命の実  作者: 不動坊多喜


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命の実(20)8①

8①


何時の間に眠ってしまったのか。

クェーンという甲高い鳴き声で目を開けた。

ぼーとする間も無く、ラムダが鼻息も荒く顔をつつく。

「んー、なあに。何かあったの」

体を起こすと、月明かりの下、小さな影が幾つも遠ざかっていくのが見えた。

「クォッフ!」

がばっと跳ね起きる。きょろきょろ周りを見回したが、近くにはいないようだ。けれど、油断はできない。大急ぎで荷造りをする。

焚き火はとうに消えていて、灰すら吹き飛ばされていた。昨夜までは、用心深いイマニームが、夜中に薪を足してくれていたのだろう。甘かった。


風下に、小さな足跡が転々とついている。ひかりが寝ていた場所から、十五メートルも離れていない。こんなに近くまできていたのに襲われずにすんだなんて、奇跡だ。

ラムダが追い払ってくれたのだろうか。いや、二日前には、たった二匹だったにもかかわらず、二人と三頭に襲い掛かってきたのだ。さっきの影は、少なくとも七つ八つはあった。

イマニームの話では、次の獲物に何時逢えるか分からない場所だから、少々抵抗されようが、見つけた相手には誰彼かまわずかかっていくということだった。パクスはとうに消えていたし、襲うには絶好の相手だったはずだ。

それなのに、何故?


足跡のつき方を観察するうち、妙なことに気がついた。

近づいてくる足跡は間隔が狭く、背を低くしてにじり寄ってきたような足の運びだ。

一方、去っていくそれは、大股で乱れている。何か、焚き火やラムダではない、もっと恐ろしいものがひかりのそばにあったため驚いたような逃げ方だ。

では、何がいた?

考えても分からないものは分からない。

もう一度眠る気にもならず、ふーっと大きく息をつくとラムダに跨った。


行く当ては、ない。

けれど、ラムダは行く先を知っているように真っ直ぐ歩いていく。

風は、左手斜め前から吹いてくる。時おり突風が砂を舞い上げる。そのたびにベールを直したり顔を隠したりする。そのうち嫌になってきて、ベールの裾をトレーナーの襟元に突っ込んだ。

それでも、ラムダは進んでいく。動く砂丘を乗り越えてまで、どこへ行こうというのだろう。エフィルのありかを知っているのだろうか。そうだったらいいのに。

けれど、望遠鏡の先に見えるのは、相変わらず砂だけだった。


単調な一日が終わろうとしていた。

右手はるか地平線に、夕日が沈んでいく。

突然、影がひかりを包み込んだ。と、思う間も無く、夕日が再びひかりを照らした。

「雲?」

そういえば、この世界に来て、雲を見ただろうか。

昼間はエフィルを探して砂ばかり見ていたから、空のことはよく覚えていない。でも、毎日晴天続きだったし、なかったような気がする。

ただ、イマニームが繰り返し言っていたではないか。もうすぐ雨が降ると。


期待を持って見上げた空には、やはり一片の雲のかけらもなかった。

しかし、すぐそこに、大きなシルエットが浮かんでいた。

「竜!」

シルエットが遠ざかっていく。

鳥だろうか。いや、大きすぎる。間違いなく、竜だ。

翼があるから、日本や中国の竜じゃない。ということは、西欧のドラゴンだ。

思うだけで、胸がざわめく。

恐怖? いや、期待だ。

ドラゴンへの憧れは、ファンタジー大好き少女のひかりにとって、抑えきれないほど大きかった。

思わずラムダの腹を蹴る。走れ、と。

飛び立ったのは、すぐ近くだった。その跡地があるだろう。見てみたい。そこを探れば、あいつが本当にドラゴンだったのかどうか分かるんじゃないだろうか。

しかし、ラムダは走らない。いつものように悠然と構えている。それが、何時にもまして苛立たしい。


なんとか早足で歩かせて、とうとうそれらしきものが見つかった。

浅くて大きな窪み。誰かが作らない限り、こんなものが自然にできるとは思えない。

ラムダの背からすべり降りると、窪みを覗き込んだ。それから、ちょっとラムダを振り返った。そ知らぬ顔で立っているから、きっと危険はないだろう。

三十センチ程の斜面をずり落ちると、底はほぼ平らで、畳二畳を縦に並べたような細長い楕円だった。よく見ると、パワーショベルか何かで引っかいたような跡がある。

(やっぱり、あいつが掘ったんだ)

反対側の斜面は、ひかりが下りて来たところよりも高かった。おそらく、掘り上げられた砂でできた山だろう。

竜は、山のてっぺんを爪で掻いたのだろうか、おかしな形に削れている。山の崩れ方から考えると、どうも、穴を埋めたように思える。


何のための穴だろう。どうして、掘って、また埋めるのだろう。餌を探したのだろうか。

でも、こんなところに、あいつが食べそうな生き物があるだろうか。クォッフだろうか。まさか、ユーバ?

しかし、辺りにそんな痕跡はなかった。争った跡も、血も骨も抜け落ちた毛も、何一つなかった。もしかしたら、それらを隠すために埋めたのだろうか。わざわざ?


訳が分からなかったが、胸の高鳴りは収まらなかった。

ぐっと見上げると、真上に月が見えた。毎日その位置を変えるというヤーキッシュだ。

(珍しい)

ひかりはポケットから手帳を取り出し、竜のことを書き付けた。

それから、現在地を測量器で割り出し、いつものようにメモした。

手帳と地図を皮袋にしまおうとして、その手を止めた。

昨夜、クォッフは、なぜか襲ってこなかった。でも、今夜また来るかもしれない。明日もあさっても、その次の日だって、危険は同じだ。その時、荷物を持って逃げられるという保障は無い。けれど、この美しい地図だけは手放したくない。

ひかりは考えた揚句、無くすよりもしわを寄せることを選んだ。つまり、小さく折りたたみ、ジーンズの後ろポケットに突っ込んだ。

そうして、もと来た斜面をよじ登った。


その夜、突然バグが現れた。

びっくりしたが、前のように嫌がる気持ちは、もうなくなっていた。

バグでもいてくれたら心強い。クォッフが来ても、気づいて教えてくれるかも……。

ふと、思いついて聞いてみた。

「もしかして、昨夜もいてくれた? クォッフを追い返してくれたのは、お前?」

「追い返したわけじゃない。向こうが勝手に逃げたんだ。まあ、ちょっと脅しはしたけどね」

「同じことだよ。ありがとう」

「あんたの命を守るのが仕事だからな」

「わたしの?」

心臓がどきんと鳴った。それが本当なら、すごいことだ。これから先、何の心配もないじゃないか。

しかし、そんな打算を見透かすように(実際見透かしていたに違いない)、バグはにやりと笑った。

「正確に言うと、あんたの命じゃない。あんたの中のイラキーフの命だ」

「?」

「あんたが食べてしまったエフィルは、あんたの中で生きている。そいつに用があるってことだ」

「意味、分かんない」

「そりゃそうだ。あんたは考え無しだからな」

ひかりはむっとした。それにはお構いなしに、今度は報酬を要求してきた。

「それより、お礼に話でもしてくれないかい。ほら、人間たちは、焚き火を囲んで話をするんだろう」

ひかりはぶっきらぼうに答えた。

「何の話」

「そうだなあ、あんたが執着してた、スマホって奴の話」

「スマホかぁ」

すっかり忘れていた。この世界では用無しだから。

何時の日か、この世界にも携帯電話のできる日が来るのだろうか。

ひかりは、思いつくまま話し始めた。




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