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命の実  作者: 不動坊多喜


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命の実(18)6②

6②


また、夜がやってきた。

商人たちからもらった(パクス)は上等で、きつい香りが沙漠中に満ちていく。その火でお湯を沸かし、お(パクス)を飲む。危険から逃れた安堵と、これ以上災厄が来ないことへの祈りを込めて、二人ともいつもより多目に飲んだ。


「バグの裁きのことなんだけど、やっぱりよく分からないの」

ひかりの言葉に、イマニームは首をかしげた。長い巻き毛が肩にかかって、見とれるほどきれいだ。

「どうして、バグの裁きを受けた人からは、誰もお金を取らないの」

「当然のことだから」

「でも、それじゃ、ドゥニックのように裁きを受けた人を助ける仕事をしている人は、全然収入がないんじゃないの。それで、どうやって暮らしていけるの」

「確かに、その件での収入はないわ。でも、そのために使われた代価は、王宮から支払われるの。正しく言うと、税金が減らされるんだけど。魔女との確執は初代の王が原因だから、その責任をとってるのよ」

「でも、もしもよ、わたしは裁きを受けた人の手助けをしてますって、嘘ついて税金を払わないでおこうって思った人がいたら、見分けはつくの」

「そんなことをすれば、嘘をついた人間に裁きが降り掛かるでしょう。だって、もともと、嘘をついたために魔女の怒りを買ったのだから」

「でも、もしも、もしもよ、裁きを受けた振りをして、働かずに食べ物にありつこうって人がいたら」

「王様が知らなくても、魔女は知ってるに違いないわ」

その言葉に、ひかりは割り切れないものを感じた。


この世界の人々は、魔女を憎んでるんじゃないの?

それとも、魔女が嘘つきを裁いてくれると喜んでるの?


ひかりの釈然としない思いを読み取ったのか、イマニームは、

「じゃあ、今夜は、バグの裁きについて、もう一つの話をしてあげるわ。この話が、ひかりの疑問を解決してくれればいいんだけど」

そう言って、アームの隣、イジュスティフの伝説を話し始めた。



『裁きを受けた人間に施しをした者としなかった者』の話


偉大なるエーヴレウト王統治のころ、イジュスティフ出身の商人で、ティーチェックという男がいた。

知恵と才気に満ちた彼は、あるとき、山伝いに世界を巡ってみようと思い立った。

ウラスからイロット、ウーニ、イー……と巡り歩いて、とうとうィアーケス・オニーシャを一周してしまった。

いろいろな国の珍しい物を持ち帰った彼を、故郷の人々は驚きをもって迎えた。特に、エーンの平野で作られた穀類とパン、イシューの乳製品には、目を見張り、舌鼓を打って喜んだ。


それで、ティーチェックは考えた。

もっと多くの品物を運ぶことができれば、みんな喜ぶだろう。

けれど、イシューはイジュスティフから一番遠い国。日数がかかる。

でも、もし、この砂漠を突っ切ることができたら……。

経験を積んだ自分なら、できるかもしれない。


雨季をねらって出発し、アドゥカルを進めた。幾日も旅をし、ようやく魔女の山の麓まで辿り着くと、大きな岩陰で夜を過ごした。

明け方、アドゥカルに服を引っ張られて目を開けると、すぐ傍の地面から水が噴き出していた。呆然と見つめるうちにも水かさはどんどん増し、とうとう大きなオアシスができてしまった。

ティーチェックは驚き、喜んだ。ここはィアーケスの中心だから、ここに宿があれば、誰もが、もっと楽に、沙漠の旅をすることができる。

彼は早々に国に戻り、家族を引き連れ再来し、家を建て、宿を開いた。


そのころ、沙漠の奥地まで入り込むのはエフィルを探す人くらいで、最初の客もそうだった。

その人は、妻のためにエフィルを探している男だった。誰も面倒を見てくれる人がいないからと赤ん坊を連れ、宿に着いた時には既に高い熱があり、三日目に死んでしまった。

ティーチェックは、どこの誰とも分からない男を丁寧に埋葬した。が、その妻には知らせようがなかった。それに、たとえ居所が分かったとしても、その人はイシュールシュにかかっているのだ。ということは、この赤ちゃんは天涯孤独に等しい。

考えた末、赤ん坊にキシュネットという名前をつけると、自分の子どもとして育てることにした。


さて、一年過ぎたころにはオアシスの噂も広まり、商人たちがどんどん旅の途中に立ち寄るようになった。店は繁盛し、収入も増え、暮らしも楽になってきた。ティーチェックの親戚もやってきて、彼の仕事を手伝った。店はますます大きくなり、オアシスの周囲は一族の屋敷で囲まれてしまった。


オアシスの利用客には、当然ながら、エフィルを探す人もいた。

ティーチェックは、彼らからも商人からも同じだけ宿代を取ったし、パクスも水も食料も同じ値段で売った。ブーツもアドゥカルも何でも貸した。そして、平等に貸し賃を取った。

エフィルを探す人々は仕事をする暇がなく、貧しい人もいた。「探し終わったらきっと払うから、つけにしてくれ」と言う人もいた。

しかし、一人に許せば次々そういう人が出てくるだろう。線引きは必要だ。

それに「罪人」の言葉は信じられない。

だから、容赦なく取り立てた。


次第に、彼の一族は、女も子どもも年寄りも皆、尊大になり、エフィルを探す人をバカにするようになってきた。

「あいつらは、罪を犯したから裁きを受けたんだ。そういう奴には親切にする必要などない。倍の料金を貰ってもいいくらいだ」

それが、彼らの主張だった。


たった一人、その言葉に疑問を持った人間がいた。キシュネットだ。

彼は、本当の父親がエフィルを探す最中に死んだということを、親戚から聞かされ知っていた。ということは、彼の父は罪人で、母はそんな父を待ちつつ砂になったのだろう。そう考えれば、人事ではない。

キシュネットは、誰にも内緒で、こっそり、エフィルを探す人々に施しをした。


しかし、明るみに出ない隠し事はない。


怒ったティーチェックは、キシュネットにほんのわずかな水と食料を与え、オアシスから追い出した。キシュネットは許しを請うこともせず、徒歩で、別の町を目指して旅立った。


さて、ティーチェックには五人の子どもがいたが、ある日、一番末の一番可愛い女の子がイシュールシュになった。

ティーチェックは、大急ぎでエフィルを探しに出かけた。旅慣れた彼は、すぐに見つけて戻る自信があった。

ところが、彼が旅に出てすぐ、中の男の子に斑点が見つかった。それで、一番上の兄が、父を追って旅に出た。

すると、今度は四番目の子どもが、終いには残りの一人まで病気になってしまった。

残された母親は子ども達の看病に追われ、夫と長男の帰りを待ちわびた。

しかし、戻った夫は手ぶらで、しかも連れているアドゥカルの背には、イシュールシュにかかった長男がくくりつけるようにして乗せられていた。


一年、沙漠中を捜し歩いた。しかし、子どもは次々砂になってしまった。

気がつくと、夫婦の体にも斑点があった。

仕方なく、親戚や使用人に、エフィルを探してきてくれるよう頼もうとした。しかし、災いが自分達にも降りかかるのを恐れた彼らは、元の国へ帰ってしまった。使用人の中には、今までの賃金と言って、アドゥカルや家財道具を持ち逃げするものまで現れた。

悪いことはそれだけではなかった。オアシスの水が引き始めたのだ。

緑が次々と枯れていく。パクスは干からび、箒草さえどこかへ転がっていってしまった。

しかし、石になりつつある体では動くこともできず、枯れていく木々を、横たわって見つめていることしかできなかった。


誰も訪れることがなくなったオアシスで、二人が待つのは砂になる日だけ。

そんなある日の夕刻、一人の男がやってきた。

「お父さん、お母さん。私ですよ。キシュネットですよ」

夫婦は薄目を開けた。大きくなったキシュネットが、心配そうに、けれどにこやかに立っていた。

「ほら、エフィルです。ちゃんと二つありますよ」

キシュネットがエフィルを取り出すと、たちまち、辺りには芳しい空気が満ち溢れた。

けれど、ティーチェックもその妻も、それを受け取ることをためらった。キシュネットは、二人で追い出したのだ。

「確かに、最初は恨みましたよ。旅は苦しかったし、苦労もありました。でもね、身寄りのない私を育ててくれたのは、あなた方お二人です。私のお父さんとお母さんです。さあ、遠慮なさらず食べてください。お二人のために私が育てたんですから」

ティーチェックは、涙の出ない瞳で泣いた。声の出ない口でありがとうと告げた。しかし、キシュネットがエフィルを食べさせようとした丁度その時、地平線に日が沈んだ。そのとたん、ティーチェックは、砂と砕けてしまった。妻も、また。

キシュネットは、叫び声を上げた。

「魔女よ、教えてくれ。私は何のために苦労して帰ってきたのだ」

泣き、わめき、恨み、手にした二つのエフィルを山に向かって投げつけた。エフィルは、枯れたオアシスの真ん中に立つ大岩に当たり、わずかに残っていた泥の上に落ちた。と、そこから水が噴き出した。溢れ、渦となり、たちまち辺りを潤した。枯れかけていた木々も息吹をあげ、以前のように緑溢れる林になった。


青々とした泉の縁に立ち、キシュネットはそこに暮らすことを決心した。

父のように宿を開き、旅人から料金を取る。けれど、エフィルを探す人々からは、決してお金を貰わなかった。


その話を伝え聞いたエーヴレウト王は深く感銘し、エフィルを探す人々から金を取ることを禁じた法律を制定した。

「もともとは、わが王家の祖が犯した罪のためイシュールシュは広まった。よって、その代価は王家が支払うこととする」

以来、国人は皆、エフィルを探す人々に進んで施しをするようになった。王家も約束を守り、それは今に受け継がれている。



絨毯の上で横になり、月を見つめる。

この世界の人々は、魔女教徒なんだ。魔女を信仰し、魔女の裁きを恐れ、それを避けるために自分を律する。犯した罪は、誰も知らなくても魔女が知っている。天知る、地知る、魔女が知る。魔女は、彼らの規範なんだ。

けれど、自分を律することができるから、イマニームはあんなに強いのだ。

ああ、わたしの規範は何だろう。

月が眩しくて目を閉じる。

罪を犯した人間には、光は憧れである。同時に恐れでもある。

だから、今は目を反らせたかった。


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