命の実(15)4②
4②
『バグの裁き』の話
この沙漠は、十二の頂きを持つ山並みに周囲を囲まれていて、そのため、ィアーケス・オニーシャ(内の世界)と呼ばれている。ここは世界の中心で、全ての文明はここから始まり外へと広がっていった、と言われている。
言い伝えによると、世界ができた頃、この辺りは沙漠ではなかった。一面の緑に美しい花が咲き、美味しい木の実がたわわに実る、そんな豊かな土地だったらしい。
そして、全ての生き物はその果実を食べ、仲良く暮らしていた。
ところが、そこへ突然魔女がやって来た。魔女は、地上に住む全ての動く物を集めて、こう告げた。
「お前たちが果物を食べるように、私は動くものの命を食べて生きている。だから、おまえたちを順に食べたいと思う。これから順番を決め、明日からはその順に、一匹ずつ命を差し出すように」
生き物たちは皆、おののいた。考えるだけで恐ろしいではないか。けれど、逆らえば誰彼なしに命を抜き取られるかもしれない。それは、もっと恐ろしい。
話し合いの結果、くじを作って順番を決めることにした。
人間は、運良く最後のくじを引き当て、とりあえず胸をなでおろした。
一番くじは、岩蛇と呼ばれるイムだった。
種族で話し合い、生贄に選ばれたのは若い雄だった。
夕日が沈む頃、みんなが見守る中、彼は魔女の前にするすると進み出た。魔女は蛇にふっと息を吹きかけた。すると、緊張して持ち上げられていたかま首が、解かれた縄のようにぽたっと地に伏した。
周りにいたものは、ざわわと声を上げた。
「眠っただけだよ」
魔女はそう笑い、今度は手のひらを蛇にかざし、目を閉じた。
息を詰めて動物たちが見守る中、魔女はきゅっと手のひらを閉じ、何かをつかむ仕草をすると同時にそれを吸い込んだ。
次の瞬間、見守っていたすべての生き物が悲鳴を上げた。
命を抜かれた生贄が、砂になって崩れ落ちたから。
あまりの恐ろしさに、二番くじのアームたちは、足を頼りに一族諸とも逃げ出した。
しかし、先頭を走る一匹が、夕陽が地平に沈んだ瞬間、走りながら砂になった。
逃げても無駄だと分かった三番くじのユーバたちからは、また生贄をささげるようになった。
そうして、毎朝、一つの種族から一匹の生贄が捧げられた。
様々な種が贄をささげ、どんどん人間の番が近づいてくる。
明日はいよいよ自分達の番だという日、朝から人々は集まって誰を差し出すか話し合った。年寄りにしようという人がいれば、親にそんなことはできないと反論する者がいた。子どもにしようという人がいれば、母親たちが一斉に反対の声を上げた。
けれど、誰も自分が行くとは言わなかった。
もう一日が終わろうかと言うとき、ふと、誰かがつぶやいた。
「バグを代わりに差し出せばどうだろう」
皆驚いて、言い出した男の顔を見つめた。
その頃、人とバグはとてもよく似た形をしていた。違いといえば、バグには背中に甲羅があることと、大人になっても人間の子ども程度にしかならないということ。
男は真剣な表情で、自分の言葉にうなずきながら話を続けた。
「甲羅をはがして服を着せれば、子どもと同じだ。魔女でも誰でも、見分けがつかないだろう」
誰かがうなずき、みんながうなずいた。
バグは、花が好きだった。中でも、ナファルという白い花が好きだった。
人はその花を摘み花束をこしらえ、それをえさにして罠を仕掛けた。
果たして、子どものバグが捕まった。人はその甲羅を割り、背中から剥ぎ取った。バグはあまりの痛みに気を失った。その間に、裸の体に服を着せ、魔女のところへ運んで行った。
魔女はそうとも知らず、バグの命を抜き取った。
次の日の午後、また、全ての動く物が集められた。
それぞれの顔を順に眺め、魔女は告げた。
「私の記憶に間違いがなければ、昨日で全ての動く物の命をいただいたはずだ」
動物たちは、皆、一斉にうなずいた。
「それで、これからは、一番私の口に合ったもの一種にしぼり、命をもらっていこうと思う」
ざわめきが、細波のように広がった。
もし、選ばれたのが自分達の種だったら、無駄だと知っていても逃げ出すだろう。
しかし、もし指名から外れたら、これから先、魔女に怯える必要はないのだ。
何時しかざわめきが収まり、緊張に満ちた静寂が戻ってきた。
魔女はまた一堂を見回し、ゆっくりとおごそかに口を開いた。
「話は変わるが、今日の明け方、私は泣き声に眠りを妨げられた。
誰が泣いているのかと外に出ると、一匹のバグが子どもを捜して歩いていた。昨日の午後に遊びに出かけ、それきり帰ってこないのだと。一晩中名前を呼んで探しているのだと。
あまりに可哀相で、私も一緒に探してやることにした。そうして見つけたのが、これだ」
そう言って、魔女は割れた甲羅を草の上に置いた。
人々は皆、胸をざわつかせた。が、知らん振りをした。
魔女の視線が一巡りし、人間達の上に落ちた。
「私は、澄んだ命より汚れた命が好きでね。罪ある命ほど美味なものはない。だから、これからは、この中で唯一嘘つきな動物、人間の命をもらうことにする」
次の朝、「バグを代わりに差し出そう」と提案した男の子どもが砂になった。
それから後、魔女は人の命だけを食べるようになり、人々はそのことを「バグの裁き」と呼ぶようになったと言われている。
イマニームが口を閉じた。パチッと、パクスの枝がはぜた。
「でも、それじゃ、ドゥニックから聞いた話とあわないよ」
「伝説よ」
イマニームは、口もとを少し持ち上げて笑った。けれど、瞳は、それ以上の質問は許さないというように厳しかった。
ひかりも口を閉じた。
消化不良のように、胸がムカムカする。
足の傷に薬を塗り、包帯を巻き直したところで、それは収まらない。
横になると、今夜もまた天幕を頭まで引き上げ、ぎゅっと目を閉じた。




