命の実(14)4①
4①
さららさららと、たえず右手から風を受けながら二人は進んだ。
イマニームの乗ったカイを先頭に、荷物を積んだファイが続く。その後ろを、ひかりを乗せたラムダがついて行く。
ラムダは年寄りで、おまけにひかりは下手な乗り手だ。普通なら、前の二頭に遅れるところだろう。
しかし、イマニームは絶えず辺りを見回すため、ゆっくりと歩を進めていた。それは、ひかりには有り難かった。
ひかりも、望遠鏡を覗く。エフィルとはどういうものなのか、まだよく分からない。
ぐるりと首を回して、それらしきものを探す。
右手には、長い砂の壁が続いている。その壁に沿って移動していく。小さな砂丘ならこの世界に来ていくつも見たが、こんな大きなものは初めてだった。
三十分くらい経っただろうか。再び右手を見たひかりは、思わず言葉をもらした。
「砂丘が、近づいてる?」
砂丘と平行に進んでいたはずなのに、間が狭くなってきた気がする。
ひかりはラムダを走らせると、イマニームに並んだ。
「ねえ、砂丘がさっきより近くなってる気がするんだけど」
望遠鏡から目を離しもせず、イマニームは平然と答えた。
「風で砂が動くのよ」
「分かってる。だから、このまま進んで砂に飲み込まれるか、方向を少し変えるか決めないといけないんじゃないの」
「そうねえ。方向は変えたくないから、あいつがもっと大きくなる前に乗り越えましょう」
イマニームは、気のすすまない仕事に取り掛かるように、ふーと息をついた。しかし、カイの鼻を砂丘の方向に向けたときには、きっぱりとした表情になっていた。
「風が弱まったら、一気に駆け上がるわよ」
砂丘の高さは、ひかりたちの三倍はありそうだ。
切り立った壁は垂直に近く、その陰に入ると風は無かった。しかし、風が止んでいない証拠に、頂上からはらはらと雪のように砂が降ってくる。
(乗り越えられるだろうか)
砂と共に不安が降り積もってきた。そのとき、砂の雪が止まった。
「今よ」
イマニームが、カイの手綱を揺らした。カイが駆け出す。ファイも続く。
ひかりも心を引き締めると、ラムダを走らせた。少しでも緩い斜面を選び、斜めに駆け上がる。長い足を半分砂にうずめながら登っていく、カイとファイが見える。おそらく、ラムダもそうだろう。老体に鞭打ち、ずぶり、ずぶりと登っていく。
もう少しというところで、また、風が出てきた。
「がんばって」
ラムダの首筋を叩く。
一陣の風がベールと砂を舞い上げ、思わず目を閉じる。
目を開いたとき、ラムダは頂上に立っていた。
視界が一気に広がる。
三百六十度、延々と続くサンドベージュの海。そこに大小さまざまな波がうねり、文様を描いては消していく。
イマニームは砂丘の稜線をたどっている。ひかりも後に続く。
砂は、右手の緩やかな斜面をゆっくりと登り、頂上を越すと左手を転がり落ちていく。そうして、少しずつ前進していくのだ。
風が止むまで稜線をたどり、砂丘の裏へと駆け下りる。
砂丘に飲み込まれる心配の無いところまで来て、やっと昼食をとることができた。
食後はテントを張って眠る。
絨毯の上でうーんと伸びをする。さらさらと、乾いた風が心地よい。
「絶対、日本の学校も昼寝を取り入れるべきだわ」
つぶやきながら目を閉じると、すぐ眠りに引き込まれていく。
二、三時間眠ると、傾いた太陽がテントの裾から侵入してくる。そうして、自然に目が覚める。お茶を飲んで、テントを片付け、また旅が始まる。
一日二回眠るから、地球の倍の時間があるようで得した気分になる。
もちろん、一日が三十時間だから長いといえば長いのだが、基準となる一時間の長さを比べることができないので、本当のところは分からない。
夕方になると、しばらく風が止む。
「夕凪よ。このあと風の向きが変わるわ」
凪は、一日二回。日の出前と、日の入り前と。そうして、昼と夜では逆向きの風が吹く。まるで、昼間に運んだ砂を夜の間に元にもどそうとするようだ。
命あるもののように、動く砂。
不思議に美しかった。
『さばくが美しいのは、どこかに井戸をかくしているから』
そう言ったのは、『星の王子様』だ。
「本当だ」
口に出して、確認する。
けれど、隠しているのは井戸じゃない。エフィルだ。
イマニームのエフィルは、きっとどこかにある。
赤く染まった夕暮れの砂は、そう信じさせるのに十分な美しさがあった。
イマニームの強さも、こんなところからきているに違いない。
「わたしが探すエフィルも、きっと、ある」
口に出せば、真実が近くなる。
ひかりは、その日もヤーキッシュの位置を測った。
二人の進行方向は昨日とほぼ変わっていないにもかかわらず、昨日は右斜め前に出ていた月は、今日はほぼ正面から姿を現した。また、出てくる時刻も、昨日より遅かった。
その位置と時刻を、記入する。
それは、変化の無い沙漠で、けじめをつけるのに最適の作業だと思えた。
(毎日測ろう)
ひかりは、丁寧に器具をしまいこんだ。
夕食を終え、パクスティーを飲めば、お話タイムだ。
「今夜は、あなたの話を聞かせて欲しいわ」
そう言われ、困った。うつむいて、空になったティーカップの底を見つめる。
彼女がどんな話を求めているかは分かっていた。自分が話すべき内容も分かっていた。
けれど、それは、はばかられた。恥ずかしかった。自分のしたことを、自分の罪を、人に話すのは勇気のいることだ。なぜ、イマニームはそれができるのか、分からない。
「ごめん。話すこと、ない」
「それじゃあ、答は見つからないよ」
小さなため息をついた後、薪を一本追加する。
「じゃあ、私が小さい頃母から聞いた話で、アームの国で語り継がれている伝説を」
話が始まる合図のように、薪のはぜる音がした。




