命の実(12)3④
3④
「ところで、他には何が入っているの」
イマニームに指さされ、袋の中身を一つずつ取り出した。
「まあ。測量器があるじゃない」
それは、ひかりが分度器だと思っていたものだった。
半円の中心から円錐形の錘が細い紐でぶら下がっているので変だとは思ったが、目盛りは百八十に区切られているし、沙漠のどこかで使うのだろうと、あまり気にはしていなかった。
イマニームに言われてよく見ると、直径の両端に小さな金具がある。望遠鏡をその間に挟み込むようにして取り付ける。
「これをのぞいて焦点を合わす。そしたら、錘が垂れて仰角が測れるの」
「使い方、知ってるんだ」
ひかりは、すっかり感心した。なにしろ、地球の測量器のことなんか、これっぽっちも知らない。
「もちろんよ。エフィルを見つけても、そこの位置が分からなければ水遣りにいけないじゃない」
「あ、そうか」
考え無しが恥ずかしく、思わず手のひらで口を隠した。
「大丈夫よ、教えてあげる。そうねえ、昼寝のあとで、ヤーキッシュの位置でも測ってみましょうか」
「昼寝!」
「そうよ。暑いときは動かないで眠るに限る。あせったって何もできない。ユーバでさえ昼は眠る。涼しくなったら活動再開よ」
「時間が来たら起こしてあげる」と笑って、イマニームは、隣に立てた自分の天幕に戻って行った。彼女が横たわるのを見て、ひかりも絨毯の上で体を伸ばした。
横になると、天幕のすそは目の高さよりずっと高かった。
イマニームの背中が見える。寝つきがよいのか、それは早くも上下していた。その向こうを、砂がゆっくり動いていく。それを動かす風が、ひかりの上を同じように吹きすぎていく。それだけで、体にねとついていた汗がひいてしまった。
(涼しい)
昼間の沙漠がこんなに涼しいなんて、思ってもみなかった。
砂が体にかかるのにも、もう慣れた。
(案外、沙漠も捨てたもんじゃない)
目を閉じると同時に、ひかりも寝息を立てていた。
イマニームにつつかれて目を開けた。
太陽高度はずいぶん下がり、影もほんの少し長くなっていた。
「まず、ヌースの高さを測って時間を求めましょう。その後で、あれを」
そう言って、イマニームは天空を指さした。
そこには白い月が一つ、頼りなく引っ掛かっていた。
「第三の月、ヤーキッシュ。あの月は、毎日出る位置が変わるの」
「え!」
この、調和のとれた世界に?
全ての星は、月も太陽も、出る位置と動く道筋が決まっている。
エーンとアームを中心にして円を描くように、イシューから出る星はイーへ、アロットから出る星はウーニへと、一年中変わらない。確かにそう言った。
「でも、ヤーキッシュだけは違うの。どこから出るか分からない、どこに沈むかも分からない。出る時間も同じじゃない。
だから、『ヤーキッシュのような』っていう言葉は、『当てにならない』とか『気まぐれ』とかいう意味に使われるのよ」
ものすごく不思議な気がした。同時に親しみを感じた。
この世界にあって異質なものは、自分とあの月だけかもしれない。
ひかりは、イマニームの指示を受け、まずヌースとヤーキッシュの高度を測った。それから、ヌースと魔女の山がなす角と、ヤーキッシュと魔女の山がなす角を測った。
これはイマニームも同時に測量し、値が同じになるまで、三度測り直しをした。
人々は、ヌースの(夜はナーキッシュの)高度や位置から、時間を割り出すらしい。それに魔女の山とのなす角が分かれば、早見表を使って自分の位置を求めることができる。
早見表は、地図に挟まれていた数字のたくさん書かれた紙で、縦に月齢、横に角度が記入されてあり、その交点を見つけると位置が分かるようになっていた。
ひかりは、イマニームと出会った記念に、求めた値をきちんとメモした。
午後の旅を終え、二人はキャンプの場所を決めた。
アドゥカルたちは、さっそく、べちゃーと砂の上に体を伸ばす。
その近くに、イマニームは細い薪を積み上げた。きつい臭いから、パクスであることはすぐ分かった。
細かな刺で身を傷つけぬよう、慎重に枝を折る。火打石を取り出し、カッカンと音を立てて火をつける。パチッとはぜる音がして、煙が香りを風に乗せる。
「この香りが、ユーバやクォッフを遠ざけてくれるのよ」
「クォッフ?」
「これくらいの動物なんだけど」
イマニームは、猫ぐらいの大きさを手で示すと、言葉を続けた。
「耳が長くて目はくりくり。短い毛皮はつやつやで、本当に可愛い。見かけはね」
「怖いの」
「どんな大きな生き物でも襲うわ。牙が何重にもなっててね、喰らいついたら、肉をえぐるまで放さない。すばやいし賢いし、人間の裏もかくわ。集団で狩をするから、一匹見かけたら即逃げること。必ず、近くに仲間が潜んでる。絶対近寄っちゃダメよ」
ひかりは、辺りをきょろきょろ見回した。こうしている間にも、砂の上に身を伏せて、匍匐前進で近づいてくるのではないか。
「大丈夫、まだ出てくる時間じゃない。もっと涼しくならないと動けないのね」
「本当に」
「そう聞くわ。沙漠は日陰がないから、日中は大きな岩のある場所に隠れてるって。夜ともなれば、涼を頼りにかなりの距離を移動するらしいけどね」
「夜中に、寝ているところを襲われたりするとか……」
「もちろん、不用意に眠ってしまったらそういうこともあるでしょうね。だからこうして、しっかりパクスを燃やし、その香りを砂に染み込ませておくのよ。
もっとも、危険を察知したアドゥカルが知らせてくれるから、あまりそういう話は聞かないわ。それに、このあたりはまだ、活動範囲外だと思うわ。たぶん、だけど」
ひかりはホッと胸をなでおろすと、改めてラムダを見つめなおした。
彼は、カイとファイと雑談でもするようにもぐもぐと口を動かしている。間の抜けた表情は、何度見ても賢そうではない。が、彼は、確かに旅慣れていて利口だった。ひかりには薪も火打石もなかったが、おそらく彼が、それ以上の働きをしてくれるだろう。
夕食を終え、パクスティーを飲む。
空には一の月ナーキッシュが、決して欠けることの無い姿を現し、沙漠を金色に照らしている。砂の文様は影となり、風が吹くと、その黒い皺は生き物のように伸び縮みする。
怖い。けれど美しい。
小さな焚き火をかきまぜた後、イマニームが口を開いた。
「沙漠を旅する人たちは、夜、火を囲んで、みんなが順に自分の話をすることになっているの。でも、私は今まで一人だったから。だから、聞いてくれる?」
そうして、教会で懺悔するように話し始めた。




