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命の実  作者: 不動坊多喜


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命の実(11)3③

3③


イマニームは、絶えず望遠鏡を覗いている。片手で手綱を操り、頭を右から左へ、また左から右へと動かす。けれど、見ていて不安定な様子は無い。凛として気高く、ユーバ一匹見逃すまいと真剣だった。

それを見ていると、恥ずかしさと後ろめたさで胸が苦しくなった。

(わたし、ちっとも本気じゃなかった)

エフィルを探すと言って旅立った。でも、探してなんかいなかった。逃げてきただけだ。

ラムダに跨ったまま何とか荷物の口を開け、望遠鏡を取り出した。ぐらぐらする体を腹筋とひざで支え、それを目に当てる。どこまでも続く砂の波が、ぐっと迫ってくる。


太陽が真上に来る前に、二人は天幕の下で向かい合って座っていた。畳一畳ほどのスペースだが、日光はほぼ真上から射してくるので十分日よけになっていた。

イマニームは、二頭のアドゥカルを連れていた。名前は、カイとファイ。二頭ともまだ若く、人間でいうと、ひかりやイマニームと同じ、十代半ばらしい。長い毛にはつやがあり、鳴き方にも溌剌としたものがあった。

彼女はカイに乗り、力持ちのファイを荷物用にしているため、水も食料もたくさん持っていた。


二人は、イマニームの荷物から出した干し肉を食べ、水を飲んだ。

少量の水で指先を清めたあと、地図を広げた。


「ィアーケス・オニーシャでは、太陽、太古の言葉でヌースと呼ぶんだけど、それは、フー山から出て魔女の山を通りイロット山に沈むの」

イマニームの指先が、ゆっくりとその軌跡をなぞる。

「一年中?」

「そう、一年中。月も星も、みんなそう。アームとエーンを結ぶ線を軸にして、対称な位置に出入りするの。だから地図を見るときは、ヌースの出入りする方向を確かめてね」

実際に方向を確認し、それに地図をあわす。

「磁石はあるかしら」

ひかりは黙ってうなずくと、言われた物を取り出した。

文字盤が無い以外は、理科の時間に使うものとほとんど変わらない。昨夜は、これを頼りに西に向かったのだが、それも大間違いだったのだろうか。

地図の上にのせると、針がくるっと回り、だんだん揺れがおさまっていく。

「磁石の赤は、魔女の山を指すわ」

(北じゃないんだ)

「そこはこの世界の中心だから、ィアーケスの内でも外でも、必ずそちらを示してくれるの」

(つまり、魔女の山が極なんだ)

「それで、今どこにいるかというと」

言いながら、イマニームは磁石に手をかけた。地図の上をゆっくりと滑らせ、赤い先が魔女の山を指す場所までそれを動かした。反対側、黒い針先はイムの山を指している。

「分かるかしら。私たちはイムにいるのよ」

それは、イギリスが中心に描かれた世界地図を見たときよりもショックだった。

グチャグチャとからまった頭の中を整理しようと努力する。

(つまり、北極を中心に描いている地図ってことだよね。そんでもって、太陽は赤道を通るんじゃなく、北極を通るってことだよね)

それにしても、見にくい。どこがそう思わせるんだろう。

ひかりは、唇をとがらせながら考えた。テントから顔を出し、わずかに傾き、なおかつ、強烈な光りを放つ太陽の位置を確かめた。それから、紙をゆっくりと動かし、ちょうど百八十度回したところで、止めた。

「どうして、エーンを上に描かなかったのかなあ」

そうすれば、太陽は右から昇って左に沈むことになる。上が北ではないにしろ、太陽の筋道は地球と同じになって、ずっと分かりやすかった。

それは、かなり自分勝手な意見だと分かっていたが、イマニームは気にも留めずにあっさり答えた。

「アーム製だもの」

「他は、違うの?」

「普通はエーンが上よ。王宮のある国だから」

「じゃあ、どうしてアーム製は、エーンが下になるの」

「さあ。よくは知らないけど、伝説が正しいなら、原因ははるか昔のことね」

「戦争でもしたの?」

「人間の生まれる前にね。でも、伝説よ。だって、その話が正しいなら、人はまだいなかったはず。それなのに、それを見ていて伝えた人がいた。おかしいでしょ」

「まあ、確かに」

「本当のところは、アーム人のプライドのせいだと思うわ。

アーム山は鉱物が多くて、それを使って良質の絵の具が作られるの。それで、昔から絵師が多くて、技術も技法も最高のものが伝えられてる。絵を学ぶものは皆、アームへ来るわ。

地図だって、他の国のはただの図面だけど、これらは芸術品だと思わない」

言いながら、自分の地図を隣に広げた。

それは、エッチングのような細い線で、非常に細かいところまで精密に描かれていた。かといって機械的ではなく、色合いの微妙さには、人の温もりを感じさせるものがあった。右隅には、控えめだが力強い文字で「イーヒットゥ」というサインが読めた。

「アームの絵師は、みな、自分の仕事に誇りを持っていて、それで自分の国を上に持ってくるのだって、母さんが言ってた。私も、きっとそうだと思うわ」

なるほど、日本製の地図では日本が真ん中にあるのと同じ理論だ。

ひかりは、自分にうなずいた。


次に、時間と星の動きの説明が始まった。

「ヌースは、朝零時にフーを出て、十五時にイロットに沈むの」

ううっと、思わず顔がゆがむ。

(時間も違うんだ)

よほどひどい顔をしていたのか、イマニームはクスッと笑った。が、にこやかに説明を続ける。

「ヌースが沈むと同時に、一の月、ナーキッシュが出てくる。ナーキッシュはいつも満月で、一晩中世界を照らしてくれる。二人の動きは一年中変わらないから、昼はヌースの、夜はナーキッシュの高さを測れば正確な時間が分かるわ」

(えーと、一日が三〇時間で、一周が三六〇度だから……)

数学は得意教科のはずだが、神経回路は行き先が分からずウロウロしている。代わりに、やたらと瞬きが起こる。

「日付は、二の月、マーキッシュが示してくれる。たとえば、今日はイムの月二十四日だから、真夜中すぎの二十四時に二十四日月が出る」

「ちょっと待って。真夜中とか真昼とか言うけど、三〇は四で割り切れないよ」

イマニームは、意外そうに瞬きした。

「割り切れなかったら、困るかしら」

ぐっと、言葉に詰まる。

この世界では、夜明けと日暮れが大切なのだ。真昼と真夜中が零時になる地球の感覚は、ここでは不用だ。

文字通り割り切れない気持ちは置いといて、質問を続ける。

「毎月同じ?」

「そう、毎月同じ。一月は三十日だから」

「一年は?」

数字の数え方は同じでありますようにと、祈りながら聞く。

「三百六十日よ。月の数は十二。それぞれ山の名前にちなんで呼ばれているわ」

だんだん分かってきた。

この世界は、とても規則正しいのだ。割り切れないどころか、その逆だ。


地球は、一年三百六十五日で、それこそ割り切れなくて、四年に一度の閏年やら百年毎の調整やらがある。

月も、きちんと二十九日で回るわけじゃない。月齢も微妙にずれていく。


けれど、この世界は、そういうずれが一切ない。きちんと割り切れる世界。整然と動くマスゲームのように星の運行は決められていて、精密機械のように月日も時間も刻まれていく。

初めて地図を見たとき「時計のようだ」と思ったけれど、そうではなく、時計そのものだった……。




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