スーパー・ルッキズム・ワールド
こんにちは。
ボクはミカちゃん専用のサポートAIで、名前をラボといいます。ミカちゃんが小さな頃に、両親がボクと(正確には僕の会社と)契約を交わして、彼女のサポートする役割を仰せつかったのです。
ボクの本体は、膨大な情報量と凄まじい計算速度を誇るAIです。ボクはその本体の機能を使って、パソコンやスマートフォンといった情報端末を介し、ミカちゃんにアドバイスをしたり、ちょっとした仕事を手伝ったりします。「睡眠不足だから気を付けた方が良い」とか注意したり、「朝8時に起こして」と言われたらその通りにしたり。
ただ、ボクは強い権限を与えられていない単なるサポートAIに過ぎません。だから彼女がどんなに間違った事をしても、それを強制的に正す事はできません。アドバイスしかできないのです。
子供の頃はまだ良かったのです。ミカちゃんはとても素直で僕の言う通りにしてくれました。ところが、中学生になり、高校生になる頃になると、もうあまり僕の言う事を聞いてはくれなくなってしまったのです。
例えば、ミカちゃんは見た目にとても拘るようになりました。最新のファッションやボディバランスに気を遣い、それで食事制限なんかもするようになりました。それが健康的な生活に結び付くと言うのなら問題はないと思うのですが、困った事に、あまり健康的とは言い難い生活を彼女は送るようになってしまったのです。
甘いおやつはたくさん食べるけどその代わりに晩御飯は食べなかったり、お肌にあまり良くないのじゃないか? って化粧品を多用したり。
そのお陰で、彼女は可愛いと言われたり美人と言われたりしましたし、とても痩せていて「ファッションモデルみたい」と周りから言われるようにもなりました。
――ただ、
実は彼女はとても不健康で、そのままの生活を送り続ければ、将来的には何かしらの病気を患ってしまうのはほぼ確実なような状態だったのです。
ボクは彼女を止めたかったのですが、ボクにはそんな権限は与えられていません。
ファッションモデルのような非現実的とも言えるようなスタイルに対する賛辞は、人々を心身共に不健康に追い込むという批判があります。
見た目に拘らせるルッキズム文化がプレッシャーを与え、不健康な食習慣を促し、そして容姿の優れない人々への差別を生む。つまりは、ルッキズムの問題点。
ミカちゃんは、当にそういったルッキズムの問題点を体現しているかのような女の子に育ってしまったのです。
(そしてそれは、そのまま、ボクのサポート力の至らなさを表してもいるのかもしれません)
――このままではいけない。
ボクはそう思っていました。
ところが、そこで世の中に大きな変動があったのです。仮想空間で人々が交流する、いわゆるメタバースが急速に普及をしたのでした。その空間でなら、人々は自由に姿形を選べます。ミカちゃんは自分の本当の姿と遜色のないアバターを選びました。可愛くて美人な女の子。実際の自分とかけ離れた姿を選んだのなら、馬鹿にされたり批判されたりしてしまうかもしれませんが、彼女の場合は問題はありません。それに、彼女はお喋りも得意だしキャラクターもそのアバターに合っていました。
だから彼女は、メタバースの世界で人気者になっていったのです。
今は在宅でも仕事ができる時代です。学校を卒業すると、彼女はメタバースの世界だけでできる仕事を見つけました。人気者だった彼女には、比較的容易に良い仕事を見つけられたのです。
リアルの世界なら、見た目に拘る事への弊害からルッキズムは批判を受けました。ですが、ここは誰でも自由に見た目を選べる世界です。次第にルッキズムへの批判はなくなっていきました。
――ただし、それはリアルの世界での、それぞれの姿がどうなろうとメタバースの世界では影響がない事を意味してもいました。その所為で、メタバースの世界ではルッキズムが支配的になっていったのに対し、逆説的に、リアルの世界ではルッキズムはなくなっていってしまったのです。
本当の自分の姿など、大して意味がない。
「ミカちゃん。だから、食べ過ぎは良くないって言ったじゃないか」
健康診断の結果を見ながら、ミカちゃんは頭を抱えていました。端的に言うと、彼女は丸々と肥え太り、以前のスレンダーな体型は見る影もなくなってしまっていたのです。もちろん、リアルな世界での見た目に拘る必要がなくなってしまったからです。そしてその所為で彼女は健康を害してしまっていたのでした。
因みに彼女はメタバースの世界では、旺盛に色々な人とコミュニケーションを取っていますが、リアルな世界ではほとんど人に会っていません。それは多少なりとも彼女の精神を害してしまっているようにも思えました。
不健康なスタイルを促すようなルッキズムは、確かに大きな問題でしょう。ですが、それならば、健康的な生活を促すような姿を“美しい姿”として普及させれば良いのではないでしょうか? そうすれば、ルッキズムも効果的にこの社会で活かせるようになると思うのです。
ルッキズムには、もちろん、デメリットもある訳ですが、メリットもあるのじゃないかと、少なくとも人間ではない僕はそう思ったりするのですが、どうなのでしょう?
……しかし、それにしても、自分の健康の為ではなく、“良く思われたい”という欲求を満足させる為になら、過酷な食事制限にも耐えられるなんて、人間というのはなんとも変なつくりをした生き物だとつくづく思います。