最悪なプレゼント
※グロ表現注意です。
どのくらい歩いただろうか。
陽が傾き始めるころ、小さな畑が道路脇にぽつり、ぽつりと点在し始める。
人里が近いのだろう。
そう確信したフォウは、歩く速度を速めた。
フォウの読み通り更に畑が増えてきた頃、近くの畑で作業していた1人の中年女性が目ざとくフォウに目を止めた。
「おや、坊ちゃん、ひとりかい?」
「……うん。」
「かわいそうに…。教会に行くかい?」
大きな教会には高確率で孤児院が併設されている。女性はそれを言いたいのだろう。
「うん。行く。」
「そうかい。ついておいで。」
女性に気付かれぬよう、そっと大きく安堵の息を吐くフォウ。
今の自分では今日の食事すらままならない。
孤児院に行けば、最低限の衣食住は保証されるだろう。
フォウは無言で、女性の手を取った。
「こっちだよ。茨があるから気を付けて。」
どうやら町へは小さな小路を抜けていくらしい。
あまり整備されていない道は、足元も悪いが、勢いのある草に浸食されてしまっている。
「刈払いが追いついていなくてねぇ。」
申し訳なさそうに呟く女性とともに草をかき分けるように進んでいくが、そんなことをしていれば否応なしに小さな傷ができてしまう。
時折ピリっとした痛みに顔をしかめながらも、フォウは女性の後をついていくのだった。
そして更に歩き続けるのだったが、途中でフォウは何の気なしに自らの手を見てぎょっとした。
(傷がふさがっている。)
先ほど草で切ったはずの手には、なんの跡も残っていなかった。
傷を癒す魔法はある。
だが、フォウはそれを唱えた覚えはない。
(勝手に治った?まさか??この短時間で??)
心臓が嫌な音を立てる。
だが、それに対しての答えは出ないまま、フォウは町に足を踏み入れるのだった。
**********
完全にマズった。
はあ~っと大きく息を吐き、町から離れた雑木林の中でフォウはしゃがみこんだ。
フォウが落ち込んでいるには訳がある。
両親と離れ離れになったフォウが、自分の肉体に起こった更なる変化に気づいたのは、孤児院に来てから2年目の春だった。
孤児院にはフォウと同じくらいの年代の子が複数世話になっていた。
当然ながら子供たちは日に日に大きくなっていく。
だが彼らとは違い、自分は孤児院の来た頃と何も変わっていない。
まるで、あの日から時が止まっているかのように。
その事実に、まさかと思いながらもその考えを必死に押し込めるフォウに追い打ちをかけたのは、修道女の何気ない一言だった。
「あれ、お前さん、去年と服のサイズが変わらないねぇ。」
彼女は「見た目じゃわからないけど、エルフの血でも入ってるのかねぇ」と続けていたのだが、混乱するフォウの耳にはそんなものは入ってこなかった。
その瞬間、確信してしまったのだから。
(肉体の成長が止まっている……?)
後年、フォウはこの時のことを「子供ゆえの短慮」と後悔することになるが、とにかく彼はその日の夜に最低限の荷物だけ持って孤児院から姿を消した。
自分のことなど、誰も気に留めることのない場所に行きたかった。
そうすれば、誰も彼の肉体の異常に気付かない。
怪我がすぐ治るというだけなら、初歩とはいえ回復魔法が使える彼ならある程度は誤魔化せる。
だが、いくら何でも子供の体が数年間成長しないというのはあり得ないことだ。人間ならば。
大体、あの日までフォウは普通に成長していたのだ。
原因はあの時の事意外に考えられない。
肉体の損傷がすぐに治る時点で嫌な予感はしていたが。まさか、だ。
「はあ、はあ……はは、…ははは……。」
もう、人里には戻らない方がいいかもしれない。
乾いた笑いを漏らしながら、フォウは大きな木の根元に座り込んだのだった。
「どうしようか…これから…。」
陽が暮れ始めるころ、フォウは流石に夜を森で過ごすのは危険と判断し、重い腰を上げる。
今までいた町とは比べ物にならないが、小さな村なら付近に点在している。
(とりあえず、今日はそこで休もう。)
全く金目のものが無いわけではないが、無駄遣いをしたくないので村のどこかで野宿でもすればよい。
そう決意したフォウが一歩足を踏み出した、その時だった。
「!!!!」
暗闇の中から、何かが現れ、フォウはとっさに構えを取る。
だが、それは一瞬遅かった。
「ぐっっ!!!」
突如、腕に感じた激しい痛み。
大型犬のような姿をした魔獣だと認識したころには、相手はフォウの右腕に牙を突き立てていた。
それでも、必死にもう一方の手で腰のナイフを抜き、食らいつく魔獣の頭に突き立てるが、利き腕ではないからか、はたまた怪我のせいで力が入っていないのか、先端が軽く刺さる感触しかしない。
そのため、刃先は魔獣が首を数度振るだけで簡単に外れてしまう。
最悪なことに、魔獣は振り払われることを危惧したのか、さらに顎の力を強める。
それに気付いたフォウは今まで経験したことのない痛みと、混乱した思考の中、なんとか打開策は無い物かと必死に思案していた。
いくら何でも、この怪我は不味いだろう。
どくどくと流れ続ける血がそれを物語っている。
だいたい、魔獣にかみつかれたままの部分がどうやって治るというのか!!!
そうこうしているうちに、ぶちっという音がして右腕がちぎれる。
痛みはすでに感じない。あまりの痛覚に、感覚がマヒしたのだろうか。
代わりにじんじん熱い感触がした。
右側を見る勇気はない。
だけど血が流れ出ているのは感覚でわかる。
だいたい、怪我が治るといっても即座に治るわけではないのだ。それはこの二年間で理解している。
回復魔法や、魔法薬を使わなくても数分程度で、つまり自己治癒力が異常に高いというだけで、こういった戦闘には殆ど役に立たないという事も。
それに効果を検証したくても、自分で付けられる傷などせいぜい切り傷程度である。
成功するかどうかわからない実験のために自ら指を切り落としたり、昏倒するほど頭を殴ってみたりなどできるはずがないのだ。
実際こうしている間に、別に腕が生えてくるわけでも、痛みがすっと消えていくわけでもない。
母の高度な回復魔法を知っているフォウとしては、そっちの方がずっと役に立つことを理解している。
この役立たず!と何に対してかわからない悪態を心の中でついている間にも魔物はいったんフォウから距離をとったかと思えば、勢いをつけて今度は首に食らいついてくる。
血を失い、精神的にも疲弊していたフォウは、これに反応することができなかった。
先ほどとは、また違う息苦しさを伴った凄まじい痛み。
流石にこれはフォウの精神も肉体も、限界を迎えたようだ。
(ああ、死んだな。)
そのまま視界がぼやけるのを感じ、フォウは意識を手放した。