理不尽な力に翻弄される
久しぶりの投稿です。
「本当にただの石板ね。」
「だね。」
母もフォウと同じような感想を持ったらしい。
それ程、その石板は地味な色合いの石で、彫刻らしきものさえない。
ただ、謎の文字が刻んであるだけ。
「読める?」
「神聖文字かな?ちょっと待って。」
荷物をガサゴソ漁り一冊の小冊子を取り出すと、母はそれを眺めながら少しずつ内容を確かめていく。
「ええと……『時間はすべての者に平等であり、また、無慈悲である。そしてこれは触れてはならない物。』…何これ。」
「おいおい、お前ら小難しい話はナシだ!とにかく今は運び出せるだけのお宝を持っていこう。他は少しずつ運び出せばいい。」
石板の内容に首をかしげる二人とは対照的に、興奮しっぱなしの父はとにかくこのお宝をどう捌くかを考えているらしい。
まあ、発掘屋は別に研究者ではないからその反応の方が正しいのだが。
「そうね。調べるのは後からでもできるし。」
「ああ。暗くなる前に一旦ずらかるぞ。」
この遺跡も結構な山奥にある。明るいうちに町か野営できる場所に戻らないと危険だ。
ちなみに、遺跡の中に泊まるのは最終手段である。特にこういった未知の遺跡には侵入者撃退用の仕掛けがしてあることが珍しくなく、閉じ込められたまま数か月そのまま……という例も過去にあるらしい。
やれやれ、とフォウも無理のない程度のお宝をバッグに詰めると、両親の後を追おうと……。
ぞわり。
だが、その瞬間フォウの背筋に今まで感じたことのないような悪寒が走ったのだ。
「え。」
突然の感覚に戸惑うフォウ。
それと同時に、フォウの体はまるで時を止められたかのように動かなくなった。
更に視線の先には同じように動かない両親の背中。
フォウの頭の中は、今まで生きてきた中で一番混乱していた。
「久しぶりに、人間を見たと思えば……ふん。」
その声は、女。
年若い女の声に聞こえた。
だが、その声はフォウが今まで聞いたことのない程無機質な声だった。
「人の住処にずかずか入ったうえ、堂々と盗みまで働くか。
人とは、勝手なものだな。」
頭に直接響く女の声。
穏やかな口調のはずなのに、底知れぬ恐ろしさを感じさせるその声。
同時にフォウは自分たちがとんでもないものに手を出してしまったことを悟る。
「それにしても、封印を破るとはな。それだけなら褒めてやらんでもないが……ここまで好き放題やられては黙っておれぬ。」
わずかながらに呆れたような色をにじませながら、女の声は続けられる。
「このまま帰してやるのもつまらんなぁ……」
何か思案するようなセリフに、フォウは更に寒気が強くなるのを感じる。
ダメだ、この先はまずい。
それ以上聞きたくない、そう強く思うフォウだったが、そんな思いは通じることなく声の主は心底楽しそうな声色で恐ろしいことを告げるのだ。
「ふふ、お前ら全員の大切なものを今度はこちらが奪ってやろう。」
半笑いのような口調で伝えられたその言葉。
どういう事かと混乱している間に、周囲の空気が変わるのが分かる。
と、同時に、フォウの体の拘束が解ける。
よろけながらも、なんとか倒れこむことは阻止したフォウだったが、視線の先にある両親は変わらず動かないままだ。
「父さん、母さん?」
自分の体が動くにもかかわらず、両親が微動だにしないことに動揺するフォウだが、
「わからぬか?ふふ…。」
今度は頭の中に直接はなく、普通に背後から声がし、はじかれた様に振り向くフォウ。
そこには、藍色の、非常に長い髪した女性がまっすぐ立っていた。
「少し、遊ぼうじゃないか。」
「……は?」
「お前の両親の時間は、私が固めた。」
時間を固める?
その聞き慣れない表現にフォウが戸惑っていると、女は非常に楽しそうにクスクスと笑いだした。
「なあ、私と遊ぼうよ。……ふふ、。両親を助たいなら、私を倒せ。」
「な、何を言ってるんだ、お前……。」
「そのままの意味だ。」
混乱するフォウとは対照的に、女は相変わらず楽しそうな表情を崩さない。
「そうだな、一つくらい希望をやろう。」
「おい、一体お前は、」
「いずれ、わかる。ふふ、ああ、とても楽しみだ……待ち遠しい……。」
全くかみ合わない会話にフォウが混乱している間に、視界は眩い黄金の光に包まれた。
そして、それとは逆に意識は暗転する。
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冷たい雨の感触で目を覚ます。
気づけばゴツゴツした岩場に突っ伏していたようだ。
のろのろと体を起こせば、どのくらい長時間同じ体制だったのか、細かい石の粒が頬からパラパラとこぼれ落ちていく。
どうやら怪我はない。
小さな刺し傷、擦り傷さえない。
「……。」
微妙に霞む視界のずっと上には、最後の記憶にある遺跡への道がある。
だが、とても今すぐもう一度登る気にはならない。
足だけでなく、全身がひどくだるいのだ。
ここで、普通の子供なら、感情的になって再び遺跡に突撃したかもしれない。
しかし、フォウは発掘屋の両親の元で育っていたこともあって、同年代の子供より頭も回るし、体も動く。
ここで一人、遺跡に再度突撃しても遺跡にたどり着くどころか、道中で魔物に襲われてオダブツになることを理解していた。
でも、だからこそ、こんなところで倒れているわけにはいかない。
(とりあえず、人里に行かなきゃ話になんないな……。ここは危険すぎる。)
今までは両親がいた。二人は戦士としても優秀であった。
逆に言えば、彼らがいたため、フォウは両親の背後からサポートに徹する事が出来ていたとも言える。
母直伝の回復魔法と攻撃魔法、そして我流で鍛えた弓の腕は中々ではあるが、それも前衛となる父がいたからこそ。
いくら魔法と弓が使えても相手に距離を詰められてはおしまいである。
1人で暮らしていくのは、今の自分では無理だ。
悔しいが事実はそうなのだ。
フォウは、再び遺跡の方を見上げる。
遥か彼方の、目を凝らさなければわからない程遠くにある遺跡。
同時にあの女の事を思い出す。
(時を固めた、と言っていた。……あいつはもしかして、神、か?)
時間を操る魔法など聞いたことが無い。
そんなとんでもない魔法があれば流石に耳にしたことがあるだろうが、それすらないということは、あれは人が手にすべきではない力ということだ。
なのにあいつは、自分を倒せと言った。
途方もなく、無謀で、滑稽な提案である。
(でも、二人を助けないといけない。)
分かり切っているのは、父と母は人質だ。
何故、一番弱い自分を選んだのかはわからない。神の気まぐれだとしたら非常に腹立たしい話だが、あの短時間でのやり取りでもわかった。
説得やら交渉やらが通じる相手ではない。
つまり、奴の言う通り、あいつを倒すしかないのだ。
(くそ……とにかく、安全な場所に移動しないと。考えるのはそれからだ。)
この短時間でそう結論付けたフォウは、力の入らない体を引きずり、町の方へ歩を進めるのであった。