忘れられた遺跡
「この遺跡は当たりだぞ!!」
初めて聞いた……というわけでもないその父の言葉に、フォウはまたか、とこっそりとため息を漏らした。
一人張り切った様子で少し前を歩く父の背中を見つめた後そのまま今度は自分の横を歩く母の顔をうかがえば、母はこちらを見て苦笑いしている。
たぶん思っていることは、同じ。
「まあ、もともとはそうかもね。」
母のその言葉には理由がある。
確かに、父の言う通り、この遺跡は『当たり』なのだろう。
風化した岩山の陰、奇跡のように崩壊を免れていたその遺跡は、珍しい彫刻を施されている。
幼いながらも、数々の遺跡を両親に連れられ巡ってきたフォウも見たことのない意匠である。
彫刻の類は長い年月で風化してしまうことが多いものだが、運のいいことにそれらは周囲の生い茂った草により守られていた。
ついでにその草によって遺跡の入口も上手い具合に隠されていたのだが……フォウは子供ながらに知っていた。
この広い世界、自分達以外の誰も見つけたことのない場所なんて、それこそ無いに等しいのだ、と。
実際、ここを見つける前に潜った遺跡だって同じように手つかずに見えたが、蓋を開けてみればすでに大したものは残っていなかった。
これがかつて稼げる仕事NO.1!とまで言われた発掘屋がどんどん減っている大きな理由だ。
それもそうだ。遺跡は有限、したがってお宝も有限である。
早く早く、と自分たちを急かす父の年甲斐もなく無邪気なそのしぐさに、十になったばかりのフォウはやれやれといった様子でその後を追う。
母にやってることが親子でまるで逆ね、と揶揄われるのはこういうやりとりがしょっちゅうだからだ。
だが、今回ばかりは毎度のこと、とは言っていられなかった。
年の割に冷静なフォウも、暴走しがちな夫を支える母も、遺跡を進んでしばらくしてすぐに顔色を変える。
「なんだ、これ。」
「祭壇だな…年月による風化らしきもの以外で崩れた様子がないぞ!」
興奮した様子の父の様子に少し顔を強張らせながらも、母も進み出てその祭壇と思わしきものの検分を始める。
「魔力の鍵かな?……っ!まだ生きてる!掛かったままみたい!」
「本当か!!ディレニア!!」
かつて某王国の首都にある学園で学んでいた母は、こういった知識が豊富である。
優秀な卒業生を輩出し続けていることで有名なその学園を、これまた優秀な成績で卒業したはずの母が、なぜ不安定極まりない発掘屋の男と結婚したのかは永遠の謎である。
その母が珍しく興奮気味に、祭壇に施された鍵の構造を分析する。
フォウも後ろから覗き込んでその作業を見学するが、いつもよりてこずっているように見える母の様子に目を細めた。
「難しいの?」
「かなり高度な仕掛けみたい。でも負けてらんない。」
穏やかな見た目に反して、負けず嫌いな母。
魔道具をいじる音とブツブツと唱えられる呪文か呟きかわからない声がしばらく続いた後、遺跡の奥からかしゃり、と小さく、しかしはっきりとした音がしたと思えば、目の前の祭壇が大きく左右に開いた。
先には真っ暗な道が続いている……と思いきや、魔法の光が手前から奥に向かって順々に灯っていった。これなら灯は必要ない。
「うっひょー!すごい仕掛けだ!なあ、これこの仕掛けだけでも高値になるんじゃないのか!?」
「あのねぇ、どーやって運ぶの!こんな大きいの。」
はしゃぐ父に釘を刺す母だが、表情は興奮を隠しきれていない。
それはフォウ自身も同様で、一刻も早く遺跡の奥に進みたかった。
灯の燈る道はまるで三人を歓迎しているかのように見えたのだから。