大学病院の清掃バイト
夏だし。こういうのもいいよね。夏の怪談、的な。
@短編その69
また実話とフィクション
さあ、俺のとっておきのオカルト話をしてやろう。
大学生の時、変わったバイトをしてたんだ。
それはな・・・大学病院の清掃のバイトだ。
オペ室清掃だよ。
仕事と思うと、全然気持ち悪くない。
時々センセがケースに入れ忘れて落としているかもしれない注射針とかを気にしてな。
不織布がオペ室にどばーーっと広げられていて、赤い血が点々、そして寝台にはどろっと染み付いててさ。
「この患者さんの血液には直触しないでね」
オペ看がしれっと言ってくるが、教えてくれてありがとう!だ。
触って感染は困るからね。
まあ、リアルで怖い話だろう?
いやいや、まだまだあるぞ。
清掃の機材を置く場所で待機所となる『清掃室』は、オペを済ませたセンセ達が、切り取ったブツ『病理』を仮置きしているんだけどな?既に5日は放って置かれているジャーキーみたいなものがあったりする。早よなんとかしてくれと俺達清掃は思っているんだが、この間センセがスッゲー嬉しそうにスキップして清掃室に来てな。
「見て見て見てーー!これすごいでしょ!」
と嬉々として見せてくれたのがいつもの『病理』。でもでかい。フォアグラみたいなのが丸鳥並に大きい。
「これ、子宮筋腫だけど、このサイズは初めて!論文にする!」
そして、その病理もそのまま例の場所に放置され、見る見る縮んでいく。
いつも思うが、ここの『病理』、冷蔵庫に入れているわけじゃない。
そのまんま、常温ですよ。なのにカビない!!怖いな?
今日もまた病理放置、コレクションは増えて行く。
な?結構怖いだろう?
清掃のバイトは、夜8時45分までに清掃依頼が来なかったら帰れるが、なんでかなぁ・・・大体39分とか、44分とか!!
こんなタイミングでオペ終わって『お願いします〜』って言ってくるんだよ。
なんでかなぁ〜〜〜。まあ、俺たちがやらない時は、新米看護師がやるんだけどね。だからだなー。
ぎりぎりじゃなくてさ、せめて25分には着てくれないかなぁ。残業出るけどさ、帰りたいじゃん?
終わり間際で、救急車が運んできたのは、交通事故の患者さん。こういうのも困る。
患者さんには申し訳ないが。
「これ頼むわ」
新米の看護師が持ってくるんだよ、ストレッチャーとか補助板とか。
もう時間外だぞ、お前ら新人がやる時間だぞーー。
俺はもう看護師には夢をもっちゃいないぜ!
特にオペ看にはな!オペ看はエリートとボンクラに分類されるが、エリートの方は礼儀正しい。偉そうにしない。
『お疲れ様です』『ありがとうございます』『遅くまで大変ですね』って言ってくれるんだよ。
はぁーーー、プロだわ、エリートオペ看なら付き合いたいわ。たとえ10歳、歳が離れててもいいわ。
で、下っ端のくせして偉そうなオペ看新米が持ってきた、折り畳まれてる板を広げたら、髪の毛付き皮膚が血と一緒にべったりでな?ああ、この新米はボンクラの部類だ。馴れ馴れしく声を掛けてくるが、お前みたいな役立たずで無能で礼儀知らずなんか相手にはせん。
ああ、あのエリートオペ看様・・・
いつもマスクをしているから御尊顔をお目にかかったことはないが、目が綺麗だ。見たい。
それはいいとして、続き。
血が固まっているから、湯で流すんだよ。そして押すと染みている血がじわーーと出るんだ。
ストレッチャーにも垂れた血がこびり付いている。
俺たち清掃は、器械とかに血一滴でもついてちゃいけない仕事だからな。
まるで間違い探しレベルで探す探す。
『残ってたよ』って言われないように、やるのがモットーだ。
さあ想像しろ。
多分頭部の皮膚に、髪の毛がビッシリのブツは血がべったりだ。
それをな、俺は手袋越しだが摘んで捨てるんだ。髪を摘んで剥がそうとするが、もう固まっていてな?
肉片と血が、板に残っているんだ。びち、びっ、なんて音がするんだ。
な?結構くるだろう。
でも俺に合っていたのか、大学附属病院の清掃は卒業まで続けてたんだ。
社員の飯田さんに、このまま社員にならないかとか言われていたが、誰が行くかと思った。
ウロの手術後の清掃をするんだが、あのタンクな?タンクって言ってもわからんか。汚水を入れる容器だ。
手術する時、ジャンジャン経口補水で流しながらタンクに貯めるんだが、それを回収して感染性廃棄ボックスに入れて捨てるんだよ。だが一緒になった新米の馬鹿が廊下にぶっこぼしやがったんだ。
それが1本5リットルは入る代物でな・・・ピカピカにした廊下に、落としやがってドバーーー。
ウロの汚水はな・・・嗅いだ瞬間気を失うほど臭いんだ。
これが廊下にドバーーー!!だぜ?馬鹿のしでかした事アピールをしつつ、モップとT字で拭き取るんだよ。
でも不思議だね!仕事と思うと鼻が効かなくなるんだよ!
馬鹿はエリート嬢に切々と叱られていた。ザマアミロ。
仕事に随分慣れていた俺だ、清掃も器械の組み立ても出来るからね。
繊細な器械は、滅菌が大変だ。細かい部分に肉片や血液が入り込むから、ブラシで擦ってから滅菌洗浄をする。
信じられないくらい細いのに、血って残るんだよ。
俺はどの部署も出来るから、今日は鉗子とかの洗浄と組み立てだ。
だが作業をして少ししたら社員が『内視鏡洗浄を先にやって』と言ってきた。
ああ、今日のスタッフはあまり・・・うん、社員の飯田さんは他の作業で大変だな。
仕事の出来るお母ちゃん達が少ない代わりに、おばちゃん予備軍だもんな・・
あの人たち、仕事出来ねーからな・・・
「わかりました」
なんと7本も!!洗っていない内視鏡だよ!!なにしてんだよ!!
え?オペ室に『置きっぱ(置きっぱなし)』だったって?深夜に緊急のオペをしたのに、持って来なかったって?
今からオペだよね?残りが3本。急げば間に合うか。
文句は無しだ、やるぞ。
内視鏡を洗浄する機械は洗濯機に似た形だ。
特殊なブラシで中の血液を落とし、お湯で柔らかくして落としやすくしたら洗浄機にセット。
すぐ使うであろうサイズのを優先して洗う。・・まったく!今年の新米はダメだな!!俺に言われてちゃ世話ない。
ようやく作業を終え、中材に戻ると飯田さんがへにゃと笑っている。疲れているのをみると、絶対にここには就職すまいと再度思ったもんだ。
「ああ、今日は中村くんがいてくれて助かった!ありがとうね」
「バイト代そろそろ査定ですよねー。上げてくださいー」
「うん、押してみるよ。じゃ、組み立てお願いね」
手術に応じた器械をセットして、専用ケースに入れるのだ。
今から眼科セットと形成セットを組む。
洗浄を済ませた器械が綺麗になっているかをチェックしつつ、専用のケースに入れるのだ。
もう俺は手術別の全器械を覚えているので、めちゃくちゃ早い。
パズルみたいに組んでいくんだ。楽しいぞ。
そしてチェックして洗い残しの器械を貯めておいて、組んだ後に再び滅菌洗浄に戻すわけだ。
この仕事は黙って黙々と出来るので、面倒な人付き合いが少なくて良い。
でも世話好きのパートのお母ちゃんズは、母親の相手をしているようでなんとなく話せるんだけど、、きゃぴきゃぴのおばさん予備軍が話しかけてくるのがウザい。俺はまあ、大学生で若いし、正直モテる顔だし、背も高いし。
でもいくらなんでも、おばさん予備軍とは御免蒙る。『年近いし』とか言ってベタベタされると、玉ヒュンする。狙われてる感がして怖い。
な?好きでもないのにべた付かれる、というか憑かれる恐怖よ・・・
まあ、なんだかんだしつつ、その日もお仕事終了。
お母ちゃんズとエレベーターに乗り、1階に行くと駐車場だ。
『お疲れ様ー』と言い合い、それぞれ散って車に向かう。
すると俺の後をキャピキャピおばさんがくっついて来たのだ。怖いっ!
「ねー、中村く〜ん。今日ね、私車で来てないんだ。乗せてよ」
うわ。俺はお母ちゃんズに助けてもらいたかったが、皆遠くに車を停めていて、もう向こうに行ってしまっていた。
とにかくしつこいこのおばさんを追っ払わなければ、そう思いおばさんをみると・・ギラギラしている。怖いよぅ!
「すんません、今から彼女のところに行くんで」
「家まで送ってくれるだけでいいのー」
「いや、彼女、すごくやきもち焼きなんで、車に乗せたのバレたら喧嘩ですんで」
「ねえ〜、同僚が困ってるんだよ〜?」
「なんで他のみんなに聞かなかったんです?俺にだって用があるんです」
ああ〜、粘るな。しつこいぞ!だがここで押し負けてはいけない。
まあ、今彼女なんていないんだけどね?
一度でも負けたらなし崩しになる、だから拒否一択。
飯田さんに相談だな・・・まあ、俺の方が有能だからどっちをとるかは明白。
ま!俺が辞めたら飯田さんが苦労するだけだからね。
「山本くん、どうしたの?」
え?誰の声だ?
俺は声のした方を向くと、あの目!オペ看エリート嬢だ!俺は名前を知らないけど、向こうは知ってくれていたんだ。
・・なんか嬉しいぞ?多分清掃室に貼ってある日程表を見たのかな。
「あ、丁度だった?さあ、送るよ。じゃ、お疲れ様でしたーー」
俺はエリート嬢を助手席に乗せ、運転席に戻ると早々に発進した。
エリート嬢はびっくりした顔でちょっと固まっている。可愛い。運転しながら先程のピンチを説明。
「すみません、同僚がしつこいんで。お礼に何か食べませんか?で、食べたら駐車場に戻しますので・・・あ!もしかして彼氏さんか旦那さん、いますか?」
少し黙っていたエリート嬢は、俺をじろりと睨んだ。
「拉致されちゃったわ。彼氏も旦那もいません。・・・じゃあ何か食べに連れて行って頂戴。もう、ペコペコだったの」
そして笑ったんだ。
なんか、綺麗だなあ、俺はちょっとときめいてしまった。
少し走らせると、ファミレスがあったので、そこでお喋りしながら食事。
俺が大学3年だと言うと、彼女はなんと24歳!俺は10歳くらい年上でも、オペ看なら許容範囲内だと思っているので速攻交際を申し込んだ!で、OKもらった!やった!!
さて、ここまではいいんだ。
翌日もあのおばさんが出勤で、ねちねち言ってくる。
なのでパートのお母ちゃんズのドン、澤田さんに相談すると、俺はお母ちゃんズに信頼されているようで、このおばさんから庇ってくれるようになった。やっぱり頼りになるのはお母ちゃんズだ!お母ちゃんズ最高!
いつも『中村くんみたいな息子が欲しかったー』ってお母ちゃんズは褒めてくれるんだ。
大学通いながらバイトをして、真面目で仕事もきちんとする、お母ちゃんズに挨拶も欠かさない、などなど。
うん。どんな職場でも、お母ちゃんズを味方にすれば円滑に物事は進むんだ。家庭でもそうだろ?
お母ちゃんズとの会話は、息子扱いされるんだけど、『飯はちゃんと食っているか』『勉強は頑張っているか』とか。
すごく心配してくれるのが嬉しいんだよな。
で、たまにうちのおかんにも連絡しとこうかって思うんだ。
この間おかんが桃を送ってくれたんで、お母ちゃんズに振舞ったらすごく喜ばれた。
もちろん、エリート嬢・・・光さんにも一番良さそうなのを選って差し上げましたとも。
で、こう言う時は公表するべき。
「実はオペ看の猿渡さんとお付き合いしてまして」
「まーー!!光ちゃん(お母ちゃんズとの仲が良い)?やるわね、いい選択よ」
お褒めいただいたよ!
で、清掃の時、二人きりにしてくれようとするんだ、まったくもう〜。
と、順風です。
で、あのおばさんですが・・・なんと研修医にしつこくしたようで、解雇ですよ。
自分は清掃の仕事程度だよ?なんで医者とどうにかなれると思ったのさ!
この女、本当怖い。
え?怖いって話なのに怖くないって?
今からですよ。
さて、オペ清掃はオペ室楝に『清掃室』があってそこで待機。手術が終わり次第、清掃という流れ。
中材という手術に使う鉗子やらを清掃する場所は地下1階にある。『清掃室』と中材はエレベーターで移動だ。
オペ室は2階、一階は素通りというか降りるドアがない。そのまま地下一階に直通だ。
で。
深夜は俺たち清掃のスタッフは帰っているので無人。
夜中の緊急オペが済むと、下っ端看護師が俺たちの清掃道具を使って清掃するんだ。
雑な扱いをしやがるから、本当許せねえ。翌日お母ちゃんズがやり直すんだ。お母ちゃんに謝れ。
でも深夜に清掃は辛いだろう。眠いし、不気味だし。
ある日の深夜・・
救急搬送された患者さんがオペを受けたんだ。
なんとか命は取り留めて、家族も医師もやれやれと安心したんだ。
器械を中材に運ぶ看護師、清掃をするのは2人の看護師で。
医師に呼ばれひとりが行ってしまって、残った一人は清掃道具を『清掃室』に戻しに行った。
もう清掃は終わっていたから、戻したら休める。だから彼女は急いで清掃カートを引いて行く。
すると医師が『これ戻してきて』と器械を彼女に渡したんだ。それは鉗子だった。
『え〜〜?』と彼女は思ったが、医師は上司だ。仕方なく引き受けたんだ。
器械を中材に戻す看護師はもう戻ってきていたので、清掃のエレベーターを使って中材のある地下一階に降りて行く。
通常手術で使用した器械は、オペ室にあるエレベーターで下ろすのだが、清掃のエレベーターでも行けるのでそれを使った。丁度1階辺りを降りた時、恐ろしい高音が響いた。
よく聞くと・・赤ん坊の泣き声だ。
そして看護師は思い当たる。ここ、霊安室側だ・・・
地下1階に着き、ドアが空いた途端、彼女は走った。中材の部屋に行き、先程のオペで使った医療用カートに鉗子を置くと、一息つく。
だが・・ある事に気が付いた。
帰りもあのエレベーターに乗らなくてはならない。
中材は、夜間は外と出入りが出来ないように施錠される。
オペ室のエレベーターは、先程の器械を運んだ看護師が止めているはずだ。
意を決して、看護師は先程のエレベーターに乗った。
上昇・・・
1階を、通過・・・
「大丈夫?看護師さん!!」
看護師がエレベーター内で倒れていたのを、警備員が発見したのだ。
彼女はエレベーターに乗ったところまでは覚えていた。
で、結局彼女は病院を辞めてしまった。
記憶が戻ったのかは、彼女が何も言わなかったのでそれっきりだ。
何があったのかもわからないままだ。
これは・・・光さんの体験談。
今も時々夢を見るらしく、魘されるから、俺が慰めている。
言ったらいけないとでも言われたのかな・・・大丈夫、俺が一緒にいるからね。
そして俺が就活も終わり、バイトもあと少しで辞める・・そんな時に起こった事。
土日も仕事があるんだ。だって手術は毎日するんだし。
俺も月に4、5日くらい入っていた。
その日はお母ちゃんズのボス澤田さんと、最近応援で入るようになった社員さん3人で昨夜のオペで使った器械を洗浄してたんだ。
洗浄機に入れる時、ステンレスのラックに乗せるんだ。
で、そのラックを纏めて机に乗せていたんだ。
洗浄機の前に社員さん、洗い終えた器械を組んでいるのがお母ちゃんボス、俺は吸引とかに使用する塩ビのホースを纏めたり、雑用をしていた。
洗浄機は右ドアの奥、洗い終えた器械を並べてある部屋は手前、俺は広い無人の部屋で作業していた。
カシャーーーン
突然、ステンレスのラックが落ちた。
俺はそれを拾おうとして・・固まった。
ステンレスのラックが置いてあるのは、右の大きなテーブル。
落ちているラックからは、3メートルは離れている。
机のラックが落ちて跳ねてもそこまで飛ばない。
どこから・・・来た?
俺一人しかいない。
向こうの部屋にはお母ちゃんボス、そして社員さんがいる。
幽霊が出たわけでも、怖い声がしたわけでもないが、シンプルな恐怖が俺を揺さぶった。
結局、お母ちゃんと社員さんに泣きついてしまった。
「大丈夫、みんないますから!」
「中村くんたら可愛いわねー」
二人の声を聞いてやっとホッとした。
散々茶化されたが、それで俺もようやくホッとしたんだ。
だが・・これですまなかったんだ。
この社員さんが、急に死んでしまったんだ。
落ちたラックを拾ったのは、この人だった。
その後、少し早いけど俺はバイトを辞めたんだ。
今は就職もして、光を嫁にして、子供もいる。
そして毎年お参りとお祓いは欠かさないんだ。
今もぞくっとする時がある。
病院系にはこのくらいの話って、ザラだよな。
でも用心はするに越したことはないってね。これで俺の話は終わりだ。
話の後書き的な・・・
@本当のこと
病理ではしゃぐセンセ、そして特大子宮筋腫。最近もっとすごいサイズが発見されたよね。
研修医に迫ったおばさん。ぼんくらオペ看。綺麗にする。滅菌!滅菌!!
エレベーターに乗ると赤ん坊の声が聞こえる。
ラックが落ちて、それを拾った人が本当に死んだ。
タイトル右の名前をクリックして、わしの話を読んでみてちょ。
4時間くらい平気でつぶせる量になっていた。ほぼ毎日更新中。笑う。
ほぼ毎日短編を1つ書いてますが、そろそろ忙しくなるかな。随時加筆修正もします。