2 | 頭痛の種
時は一月ほど前まで遡る。
現在、僕は王太子殿下付きの事務官として働いる。
隣国との貿易交渉に行き詰まった時、国内の経済格差、そこから生じる貧困層での疫病の発生とその対応。学院時代の同級生でもある王太子殿下の事務官となって以来、僕の目の前には次々と問題が突きつけられ、途切れることがない。
まるでテーブルの上で、料理をすべて食べ終えるまで帰ることができないゲームみたいだ。
目下の問題は「王妃の病」だ。
我が国の王妃マリー・アレクサンドラ・メアリー殿下。国民の多くが国母と慕う王妃殿下が病に倒れ、半年になる。
王妃殿下は今年御年40歳。実子には恵まれなかったものの、身分の低い側室が産んだ第一王子を猶子とし、我が子同様に育て、王太子となった暁には進んでその後ろ盾となられた。その優しさは多くの民に印象付けられた。
その王妃殿下が病に苦しんでいる。
繰り返す高熱、全身の痛み、倦怠感…今ではほぼ、寝たきりの毎日だ。
王家専属の医師団があらゆる治療を試みてはいるが、病状は好転せず。最近では「精神的なものでは」などと言われ始めている。
「やはり実子でない王太子が、将来王位につくことが妬ましいのでは」
などと口さがない噂が広がるのも鬱陶しく感じる。
他の側室たちの産んだ、王子、王女たち、その後ろにいる外戚たちの動きも妙に活発になってきた。
「王妃殿下はまさにこの国の要であられたのだな…」
僕はひとさし指をこめかみに当てた。ここのところずっと頭が痛い。
「失礼します」
ノックの音とともに返事を待たずにドアが開く。僕の秘書官をしているアルヴィンが事務室に入ってきた。
「アシュトン様、少し休まれては?」
アルヴィンは今年学院を卒業したばかり16歳の少年だ。金髪の癖毛にブルーの瞳を持つ彼は、その容姿で十分貴族の子弟に見えるが身分は平民だ。そのため生涯、上級官吏への出世は見込めない。文官の試験をダントツのトップでパスしたにも関わらず。
王太子殿下の周りには、とにかく「人」がいない。出来る人材は手元に欲しかった。なので僕自身の近くに置くことにした。
僕は胸元のポケットからアルミケースを取り出す。医者から処方された鎮痛剤を取り出し、口に放り込む。
「どうした?」
「いえ、最近薬の量が増えていると思いまして」
アルヴィンはデスクの上にコーヒーカップを置いた。
「…医者を変えてみてはいかがですか?」
「医者を変える?」
「アシュトン様が頭痛を訴えて王のお抱え医師の診察を受けられたのが今から5ヶ月前、7の月の…正確には25日です。はじめは1週間分の鎮痛薬を処方されたと記憶しています。次が2週間。さらに1ヶ月分をまとめて。現在では月に一度、薬局に鎮痛剤を取りに行くのは僕の仕事です。
その1ヶ月分の鎮痛剤を、アシュトン様はここ2週間で飲み切ってしまわれる勢いです」
僕は気まずくなり、目をそらした。
「半年もの間、鎮痛剤を飲み続けて痛みは治るどころか薬の量ばかりが増えていく。だったらこれは、薬で治らないものが原因であることは明らかです。だったら医者を変えるしかないのでは?」
アルヴィンはそう言うと、僕の目の前に小さなメモを差し出した。
「…聖メアリー病院の一般診療?」
「予約は取りました。アシュトン様のスケジュールも空けてあります。担当はクリストファー・ガイル医師。僕の恩人でもある人です。必ず行ってください」
「わかった、いくよ」
僕はため息をついた。
「…まったく、僕の秘書官は優秀だね。それに比べてこの僕ときたら」
僕は天井をあおいだ。
「半年間、さしたる効果もないまま王妃殿下の治療を続ける王の医師団の、首をすげえ変えることすらできない。なすすべもなく、ただ黙って見ているだけだ。これが仮にも王家の禄を食む王太子殿下の事務官など、全く笑わせる」
自嘲気味につぶやいた僕の言葉はまるで天井に吸い込まれていくみたい消えた。
後には何も残らなかった。